妹の風邪がうつった

「ゲホッ……なんか今日はやけに喉が痛いなあ」


 俺はのど飴としてサルミアッキを一粒口に入れてそう独りごちる。しょっぱさが口に広がって大量の唾液が出てくる。


「さてと……コーヒーをっと……」


 豆を入れてスイッチを……おっと! めまいでふらついてしまった。なんか今日は調子悪いなあ。


「お兄ちゃん! 何やってるんですか!? 顔が真っ赤ですよ!?」


 何を言ってるんだろう? 俺は何も恥ずべきことはしていないので顔が赤くなるはずはないのだ。


「お兄ちゃん、ちょっと失礼」


 睡が突然俺の額に手をあててきた。突然のことに面食らいながらもなすがままにされていた。


「お兄ちゃん? これはどこからどう見ても熱がありますよ? さっさと寝ちゃってください! 後は私がやりますから!」


「でも……コーヒーくらい……」


「はいはい、それも私がやっておきますからお兄ちゃんは大人しく布団を頭から被って寝ててくださいね」


 グイグイと押されて自分の部屋に押し込まれてしまった。昨日の睡の風邪がうつったのだろうか? 困ったことに自覚できていないので普段通りの生活ができそうなことだった。何かやろうとしても止められることが目に見えているのはなんとももどかしい話だ。


 部屋に戻ってきたは良いもののやることが無いし、睡がコーヒーをいい感じに淹れられるのかも心配だった。豆の量やドリップの設定も朝と夕方で変えているのだがそれが分かるのだろうか?


 コンコン


 部屋のドアがノックされた。


「入っていいぞ」


「お兄ちゃん、お加減はどうですか?」


「お加減って言われてもなあ……自分じゃ風邪って分かんないレベルだし……」


 睡は呆れたように言う。


「お兄ちゃんは自分のことに無頓着過ぎますよ! もう少し自分を大切にしてください!」


 そう言ってドンとお粥とコーヒーが置かれる。ミスマッチな組み合わせだが、俺がもうすでにコーヒーメーカーを動かして豆をひいてしまった後だったのでそのまま使ったのだろう。


「じゃあお兄ちゃん、大人しく寝ててくださいね?」


「はーい」


 何はなくとも朝食だということで、お粥をすくって口に運ぶ、俺が買ってきたレトルトは明らかに違う品質の味だった。ご飯を炊いただけの物でここまで違うのかと驚かされるほど見違えていた。いやまあレトルトと手作りを比べるのが悪いのかもしれないけど……


 コーヒーをすすると、睡は設定を適当にいじったのだろう、いつもより苦めの物が出来上がっていた。俺は苦いのでも平気だが、コーヒーメーカーには水をマグカップ二杯分入れていたはずだ、睡はこれを飲めるのだろうか?


 そんなとりとめの無い心配をしながらのど飴代わりにサルミアッキを放り込んで横になった。だがもちろんそんなことで眠れるはずは無かった。寝不足では無いので当然の話ではあるのだが、つい先日睡に『寝てろ』と強く言ってしまった手前俺が風邪だというのに動き回るのはどうにも俺の言葉に説得力が無くなる気がした。


 しばらく横になっていると頭がぼんやりとしてきた、一応風邪らしいので今更になって症状が出てきたのだろうか?


 俺は起き上がって睡が気の利くことに一緒に持ってきてくれていた水があったので、引き出しからセデス・ハイを取りだして一錠口に入れて水で飲み下す。睡の時はピリン系はあまり良くないかと思って避けていたが、自分の場合ならそんなことは気にしたこっちゃないので一番効き目のキツいやつを飲んで横になった。


 じきに効果は現れ、熱っぽさは消えてしまった。さすがピリン系といったところだろうか。


 俺はPCの前に座って昨日書けなかったソースコードを書こうとした、したのだが……その時ちょうど睡が入ってきた。


「お・に・い・ちゃ・ん! 寝ててくださいって言いましたよね?」


「いや、調子がよかったからいいかなと……」


「寝ましょうね?」


「はい……」


 俺は布団に入って大人しくしていることにした。とはいえあまりにも退屈なのでソシャゲのデイリークエストを回していた。暇だったので余分にクエストを回すことにした。欲しいキャラがいたわけではないが、起きたら睡がまたうるさく言うであろうことは予想がついたのでさっと布団の中に隠せるスマホを使うことにしたのだった。


 ソシャゲの方はスタミナが尽きたので、githubのアプリを起動してみたが寂しいことにイシューは全く来ていなかった。所詮は弱小開発者だよなあ……


 俺は睡がPCを使えるようになったら開発に協力してくれるだろうかなどと考えていた。正直に言えば一人は寂しいし、誰か仲間がいた方がモチベーションが上がる。


 コーヒーを飲んで頭をリセットする、一人でいるとどうにも弱気になってしまう。


「俺のソフトにユーザはいる……いるったらいる……」


 自己暗示をかけてモチベーションを保つ、現実問題アカウントの全リポジトリにスターもウォッチも付いていない現実からは目を背ける。


「お兄ちゃん、お昼ご飯ですよ!」


 俺の暗鬱として気分をさえぎって睡が入ってきてくれた、いいタイミングだ。


「お兄ちゃん、どのくらい食べられそうですか? ゼリードリンクとカロリーメイトを買ってきたのですが?」


「カロリーメイトフルーツ味で頼む」


「はいどうぞ」


 睡はこちらを見て言う。


「お兄ちゃん、なんだか随分と調子が良さそうですね?」


「ああ、お前の看病のおかげだろうな」


 睡は俺の額に手をあて自分の額と比べる。


「お兄ちゃん、また強めの薬飲みましたね?」


「え!? いやー……たいしたもんじゃないよ?」


 睡はやれやれと首を振る。


「お兄ちゃん、自分の体ももう少し大事にしてくださいよ?」


「それなりに気は使ってるって」


 睡は少し怒ったように言った。


「お兄ちゃんはいつもそうやって自分のことだけは強引な方法で片付けるんですから! もうちょっと私の心配を考えてください!」


「お、おう」


 強く言われて、つい頷いてしまう。


 ピコン


 その時布団の下に隠して置いたスマホが、戦闘をオートで進めていたのが終わったことを知らせる。


 睡は布団の中に手を突っ込んでスマホを掴んだ。


、自分についてだらしなさすぎます! もうちょっと大人しくできないんですか!」


 睡にお説教をされてしまった。ごもっともな意見なのだが自分についてだと、そう簡単に受け入れることもできなかった。


「いや、ソシャゲのボーナスがな……」


「石がたかだか十個くらいでしょう! そんなことのために健康を犠牲にしないでください!」


 ド正論で黙らされてしまった。


「まあお説教はこのくらいにしておきましょう。なんにせよ固形食が食べられるくらいには調子がいいようですしね」


 もそもそ食べながら睡の言葉を聞く。


 水ももってきてあったので一箱食べきった。


「じゃあお兄ちゃん、寝ててくださいよ? 次来た時に起きてるようだったら


 睡にキツく言われてしまったので午後はずっと布団から出ることができなかった。夕食はそれなりにいつも通りに近い食事が食べられたので無事風邪は治ったのだろう。


「睡、ありがとな」


「何がです?」


「いや、看病してくれたじゃん」


「そんなことですか……そもそも私がうつしちゃった風邪ですからね、そりゃあ看病もしますよ。お兄ちゃんは私を責めないんですね」


「当たり前だろ、風邪がうつるのはしょうがないことだ」


「フフ……だからお兄ちゃんのことは好きですよ?」


 そう言って今日は食後の片付けまで全て睡にやってもらったのだった。


 その日、ベッドの中で微睡みながら睡の至れり尽くせりの看病に感謝したのだった。


 ――妹の部屋


「ああ……風邪をうつしちゃいましたねえ」


 私はたっぷり後悔をしていました。お兄ちゃんに風邪をひかせるなんて妹として不覚としかいいようがありません。


 しかしお兄ちゃんは自分のこととなると途端にいい加減になるのはどうにかならないものですかね……


 その分私が大事にされているということなのでしょうか……結局その夜、答えは出ませんでした。

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