妹、風邪をひく

「ヴォエ……今朝のご飯は……」


「睡! 無茶だって! 素直に寝てろ!」


 俺は料理をしようとキッチンに立つ睡を必死に止める。どこからどう見ても体調が悪そうな妹をこき使えるほど俺は一の心を捨てていない。


 朝、俺が起きた時に睡が起きていなかった時点で疑問に思った。しかしまあ寝坊をすることくらい誰にでもあるだろうと思って睡の部屋へ起こしに向かった。朝食を俺が作っても良かったのだが、俺の料理はすこぶる評判が悪い、勝手に作ればグチグチ言われそうだったのでやめておいた。


 少ししてやはり起きてこないため睡を起こしに向かったのだが、その結果が今の状況だった。


 そう、睡は風邪をひいていた。しかし俺が起こしに行くまでそんなことになっている自覚は無かったらしく、寝坊したことに酷い困惑していた。俺は必死に寝かしつけようとしたのだが言うことを聞く様子が全く無いためリビングまで連れてきてソファに寝かしつけたのだった。


 さて……どうしたものか……


 とりあえず学校に休みの連絡は入れておいた。幸い風邪がうつって二人ともダウンしているという嘘を誰一人として疑わなかったので俺は一日中睡の看病ができる。


 とりあえず朝ご飯だな。とは言った物の、何を作ればいいのだろうか? お粥?


「お゛に゛いじゃん……わらしがつくりますから……」


「ああもう! そんなザマで起きてくるな! 無理に決まってるだろうが!」


「でも……」


「はいはい、病人は寝た寝た!」


 睡をソファに押し込んでから俺はおもむろに以前買っていたゼリードリンクをまだ飲んでいないことを思い出した。


 アレがまだ残ってれば……あった!


 幸いなことに俺がしまい込んでいたところに、買った時のままで入れてあった。睡が手料理にこだわってこういったものをあまり消費しないのでまだ残っていたのだろう。


 二つを取りだし、カロリーが大きい方を睡に渡すことにする、風邪の時はとにかく栄養が大事だからな。


「睡、朝ご飯だぞ」


「あ、お兄ちゃん! 大丈夫ですか? ちゃんと食べられるものにしましたか? 蛍光ピンクの食事とかじゃないですよね?」


「お前なぁ……ちゃんとした物だからそれ食べて寝てろ」


 睡の前にゼリーのパウチを差し出す。睡は少し楽しそうにしていた。


「お兄ちゃんの限界ってところですかね……フフ」


 そう言いながら、ぷしゅと飲み口をひねった。俺たちは質素な朝食を食べていた。俺は睡無しで今日をどう過ごそうか悩んでいた。我ながら驚くほどの大部分を睡に頼っていたことに気づく。俺も少しは自立しないとな……


「ところでお兄ちゃん、学校は?」


「今日は二人でお休みだ」


「そうですか……二人だけのナイショですね!!!!」


 楽しげに言う睡だが、本人は端から俺が見ても熱があるのは明らかで、おそらく体調はいいはずはないのに無理をして笑っている。俺も睡に負担をかけてるなぁ……


「お兄ちゃん? お昼ご飯は私が作りますよ?」


「いや、昼は買ってくるよ、その状態の妹に任せるほど俺も人でなしじゃないからな」


「もう! お兄ちゃんは私をもう少し信頼してくれてもいいと思いますよ?」


「ほら、これ飲んで寝てろ」


 ストックしてあったロキソニンを一錠だけ睡に渡して寝かしつける。できればもう少し効き目の穏やかなカロナールあたりが欲しかったのだが贅沢は言えない。アスピリンでもいいとは思ったのだが、アセチルサリチル酸100パーセントのアスピリンよりは体に優しいような気がした。


「じゃあ昼飯買ってくるな」


「ふぁい……お兄ちゃん、絶対に帰ってきてくださいよ?」


「当たり前だろうが」


 俺は財布を持って、薬局にも行く必要があるのだろうかと考える。風邪に消炎鎮痛剤以上のことができるとも思えない。ウイルス性の感冒には抗生物質は無意味だ、ならば栄養を取って大人しく寝ておくのが一番だろう。


 結局、スーパーのみでいいだろうという結論を出して昼飯を買いに行く事にした。


 面倒なことにならないようにマスクをして普段着ないような服を着て玄関を出る。知り合いに見られると仮病が一発でバレるので気配に気を使ってコソコソとスーパーに行った。


 有り難いことにレンチンだけで作れるレトルト食品はたっぷりと品が揃っていた。これなら俺でも見本通りに料理が作れる。


 俺はリゾットやお粥、ゼリードリンク等食事としてのカロリーがたっぷりあってできるだけ調理に必要なカロリーの少ない物を選んでカゴに放り込む。ついでにスポドリとカロリーの多そうなジュースを一緒に入れて会計を済ませた。


 少し重めの買い物袋を持って帰宅をしたのだが、睡のためと言うことで俺は買い込めるだけの量を買い込んでいた。


 ガチャリとドアを開けると睡が飛びかかってきた。


「お兄ちゃん! さびしかったれすよう……! もう離しませんよ!」


「暑苦しい、離れろ!」


 睡を引き剥がしてスポドリを顔に押し当てる。冷たさで少しくらい冷静になってくれるといいのだが……


「睡、昼飯は何がいい? お粥とリゾットとポタージュを買ってきたぞ?」


「普通にお粥ですかね、お兄ちゃんも一緒に食べましょう!」


「落ち着け、朝ご飯食べたばかりだろうが! 大人しく寝てろ!」


「ふぁい……」


 睡はそれで力尽きたのか目がとろんとして、まともに立てていないようだった。とやかく言ってる場合でもないので睡を抱きかかえてソファまで運んでいった。できれば部屋まで送るべきなのだろうが、コイツの今部屋まで送り届けたら即座にリビングまで戻ってくるのが目に見えていたのでソファに寝かせてタオルケットをかぶせるということで妥協した。


 俺は自分用のコーヒーを淹れながら、睡と平和な……といってもあまり好ましい状況ではないが、とにかくのんびりした一時を過ごすことができたのだった。


 コーヒーを飲みながら、昔は俺が風邪をひいた時は睡が決まって看病ごっこをしていたななどと思い出していた。温いタオルを頭にのせて、お粥という名のお茶漬けを俺に出していたのを思い出す。微笑ましい日々だったことは確かだが、今は俺が睡を看病する番だ。


 アイスノンを冷凍庫から引っ張り出し、タオルにくるんでソファで寝ている睡の頭の下に差し込む。心なしか表情が穏やかになっているようだった。


 さて……そろそろ昼飯を温めるかな……


 鍋に水を張ってお粥のパウチを二つ入れ、コンロに火をかけた。


 フツフツとお湯が沸いてきて、お粥のパウチを温めていく。沸騰したところで火を止め、大きめの茶碗を二つ出して一袋ずつ開けた。


「睡、昼ご飯できたぞ」


 睡を起こして昼飯を食べることにした。


「お兄ちゃんでもさすがにこのくらいは作れるんですね?」


 何か面白そうに笑う睡、俺は馬鹿にされているような気もするが、気にせずれんげでお粥をすくって食べた。睡もそれに合わせて食事をしていった。


 これといって何事もない昼間を過ごし、夕方になった頃には睡も調子を取り戻していた。慣れないことをしたせいか俺の方が体力を消耗してしまい、結局夕食は睡が簡単な物を作るということでお世話になってしまったのだった。


 最終的には、睡が添い寝をして欲しいとワガママを言ったのだがなんとか説き伏せて睡を寝かしつけることに成功したのだった。


 俺はその夜、昔の思い出を思い出しながら兄妹の関係性も随分と変わったものだとしみじみ思うのだった。


 ――妹の部屋


 お兄ちゃん!!! しゅきいいいい!!!!!!


 お兄ちゃんが私を看病してくれました! 最高じゃないですか!?


 私は風邪をひいているというのにそれがどこまでも楽しくてしょうがないのでした。

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