妹によるチャットツール策定基準
「お兄ちゃん! 我が家にチャットツールを導入しようと思います!」
睡は唐突にそんなことを言い出した。おそらくいつもの思いつきだろう、振り回される方を身にもなって欲しい。
チャットツール……まさかスマホでIRCを使うというわけでもないだろう。LINEは現在導入しているが、俺がスマホよりPCばかり見ているので気がつかないことが多々あり、睡の不興をしばしば買っている。
スマホなんとスキマ時間に見るだけなので暇がなければチェックしない、しかもPC版を入れるのは面倒くさいという理由もあった。現在PCにはSlackとsignalとdiscordが入っている、その中に新しいメッセンジャーを導入するのは気が滅入るような作業になる。
更にチェックするアプリが増えると言うことは時間もその分余分にかかるということであり無視できないオーバーヘッドになるだろう。
「チャットツールか……何か考えてるのはあるのか?」
睡は一切の迷い無く答えた。
「お兄ちゃんが即レス返してくれるやつですね!」
おおっと……どうやら選定は俺基準らしい。ならば出来るだけ軽いやつを選ばなければならないな、常駐させるとスペックが必要になってしまう。
まずアカウントがプライベートと共用になってしまうためdiscordは選択肢から外した。ゲーム中のボイチャに睡が割り込んできても困ってしまう。そのために却下だ。ついでにいうならdiscordはしょっちゅうアプデが走って重いというのもある、即レスには向かないだろう。
となると選択はSlackかsignalになるだろうか? 一応選択肢にSkypeもあるが、アレはあまりにも重すぎるしアップデートのたびに永遠とも思えるような起動時間がかかるために論外とした。
signalを使う場合、俺と睡だけのチャットなら全く問題は無いし、PC版もスマホとリンクできて軽いのだが、どうしても多人数チャットが出来ない点が問題に思えた。
ふとTelegramのデスクトップ版も存在することを思い出したが、アレはPC上でシークレットチャットが出来ない時点で論外となる。セキュリティを考えてスマホ上でのみ当該機能は使えるらしいが、緊急モードを付ければいいだけじゃないかとも思わないでもない。
まあそんな事情はさておき、チャットツールの選択だが……
「睡、LINEのデスクトップ版もあるがそれを使えば満足なのか?」
睡は渋い顔をして却下した。
「お兄ちゃんがろくにチェックしないようになるのが目に見えているので却下です。ちゃんとお兄ちゃんが普段から使っているもので選んでください」
普段から使っていると言う条件になるとdiscordかSlackか一応、OSに一緒に付いてきたSkypeということになる。
「睡、ボイスチャットは必要なのか?」
「必須ではないですね、急いでる時は素直に電話しますし」
ということはどのソフトでも要件は満たせるということになる。discordだとサーバを立てるという一手間がかかってしまうので家庭内で使うには少々面倒くさいと言える。
一応IRCはスマホにもあるが、常時睡からのメッセージがデスクトップの一角に表示されるというのは気が散ってしょうがないし、基本的にIRCはメッセージに対して一々通知を返さないので気がつかないだろうな。
素直にSlackの軍門にくだろうか……
「一応Slackかsignalかで迷ってるんだが、どっちがいいと思う? 我が家全員を集めるとなると複数人で使えるSlack一択みたいなもんだが……」
「ふむ……」
睡はしばらく考え込んでいた、俺としてはこんな些末なことに付き合うのも面倒なので適当に決めて話を切り上げたかった。
「つまりsignalを使えばお兄ちゃんと二人きりで邪魔は入らないと……」
「睡……?」
「そうですね、signalにしましょうか。WhatsAppという手もありますがセキュリティ考えたらsignalですね」
こうしてチャットツールの導入とPC版のインストールが決定したのだった。導入自体はスムーズに進行してUIに迷うような点もなく無事インストールし、スマホとのリンクも完了した。問題になったのは夕食を食べてお風呂に入り、眠る前までの僅かばかりのプライベートな時間だった。
『お兄ちゃん! 見てますかー?』
ポチ
俺はボタンを押して通知を消す。
『見てるぞ』
そういう風に送信をすると即座に返ってきた。
『今何してるんですか?』
『PC触ってる』
『へー、ところ今日は……(中略)なんてことがありました』
『そうなんだ』
『それでですね……』
『こんなことが……』
ポチ
『お兄ちゃん?』
『見てますよね? 既読マーク付いてますよ?』
『もしもーし!』
ポチポチポチ
『お兄ちゃん!』
こんな調子で延々とメッセージが届いた。質が悪いのはiPhoneのように就寝モードが無いことだ。いくらでもメッセージを送りつけることが出来てしまう。
いい加減通知を閉じるのにもうんざりして睡にメッセージを送った。
『寝るわ、じゃあまた明日』
それで解決したと思っていた、睡の性格を考えれば安易に納得しないことくらい分かったはずなのに……
そのメッセージを送ってgithubに今日の成果物をコミットしたのでちょっとトイレに行ってきた。部屋に戻ると大量のメッセージが睡から届いていた。
『起きてますよね?』
『そんなに私とお話ししたくないんですか?』
『反応してくださいよー!!!!』
『おにーちゃーーーーーーーーんんん!!!!』
そんな感じのメッセージが大量に届いて通知がひっきりなしに知らせていた。
『分かった分かった……悪かったよ、で、何の用なんだ?』
『特に用がないと送っちゃダメなんですか?』
面倒くさい……妹がこんなに面倒な性格だったとは……
『今度こそもう寝るから残りは朝起きてから読むよ』
『はーい』
そして俺は部屋の明かりを消し、物音を立てないように注意しながら夜間の定期作業をPCで行った。正直に言えば目に悪そうな気はしたのだが、睡のメッセージを無視するほどの悪影響は無さそうだった。
結局、メッセージのやりとりに疲れ果てて宿題を含めた全作業を終えたのは十一時を回った頃だった。
俺はベッドに倒れ伏して即寝たのだが、翌日になって睡が「やっぱり直接話した方が楽しいですよね!」と言ってわざわざ用意した環境はほとんど使われないのだった。
――妹の部屋
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん……」
おかしいです、既読マークが付くのにお兄ちゃんからの反応がありません。まさか無視されているのでしょうか? 重いやつと思われたとか……私はメッセージを再びざっと見て問題のあるメッセージが無いかどうかをチェックします。
そこには至って普通の兄のことが好きな妹から送られるであろう平均的なメッセージしか存在しませんでした。
これは……お兄ちゃんは筆不精なんですね!
やっぱりお兄ちゃんの声を聞きたいですし、明日には話せるのですからそれを楽しみに寝るとしましょう。
ちなみに私はユメの中でお兄ちゃんが文字に溺れているのを見ました。
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