ゲーミングな妹

「お兄ちゃん……おはようございます……ふぁ……」


 なんだかとても眠たげな妹に朝から出会ってしまった。また何かやって寝不足なのだろうか?


「どした? 寝不足か?」


「ふぁああい……ええまあ……ちょっと昨日届いたものをいじってたら眠れなくなって……」


 まーた通販で何か買ったのか、金をどうやってやりくりしているのかは謎だが、驚くべきことに俺のせいかつれベルを全く落とすことなく、この妹は通販でくだらないものを買い集めている。資産運用の手腕は見習いたいな。


「何買ったんだよ? そんなに面白いものを買ったのか?」


 睡はふるふると首を振った。


「いえ、ゲーミング充電器を買いまして……」


「充電器がゲーミングである必要性が分からん……」


 何処で見つけてくるのだろう? ここは電気街とはほど遠いというのにピンポイントで奇妙なグッズを買ってくる才能には恵まれている。


「それでゲームやってて寝不足か……ほどほどにしろよ?」


「いえ、そういうわけではないのですが……」


 ん? てっきり新しく買ったゲーミングデバイスに興奮したのかと思っていたのだが違うのか。


「じゃあなんでそんなに寝不足なんだ?」


 睡は気まずそうに答えた。


「ええ……まあ……ゲーミングなんですよね……要するにスマホの充電に使ってみたんですが……やたらと光りまして……七色の発光を部屋が包んでいたので寝るに眠れず」


 クッソどうでもいい理由だった。ゲーミングと名がつくものはやたらと光りたがるがあの発光に必要性を感じなかった。ゲームと光ることの関係性がない気がする。


「素直に普通の充電器に帰ると言う選択はなかったのか……?」


「いや、まあ……せっかく買ったわけですし……使わないともったいないお化けが出るかなと……ふぁ」


 それで寝不足になっていれば世話もないと思うのだが、どうやらそのゲーミング充電器が原因らしい。とりあえず目を覚まさせないことには何も会話が成り立たない、アレを使うか。


「睡、あーん」


「ふぇ!? おおおお兄ちゃんが私にあーんを!?!? 夢でしょうか?」


「夢じゃないから口を開けろ」


「は、はい! あーん」


 ポイと黒い欠片を放り込む。睡はそれを少しの間咀嚼して突然目を見開く。


「!?!?!? ん゛!!!~~~ んんん!?!?!?」


 俺が放り込んだのは先日買ったサルミアッキのキャンディ。寝不足で何を放り込まれたか確認できなかったようで思い切り味わったようだ。


「みず!!?? みず!?」


 キッチンに駆け込んでから水道に口を付ける。行儀が悪いとは言わないがそこまで不味いだろうか? ただのリコリスと塩味がするだけじゃないか。


 ごくごくとキャンディごと水を飲み干して数回口の中をゆすいでようやく俺の方を向く。


「お兄ちゃん!? 図りましたね! 酷いですよ! もっとロマンチックなあれこれを想像したんですからね!」


「別にあーんとしか言ってないぞ。口を開けて何を入れるかまでは俺は一言も言ってないのに不用心に口に入れる方が悪い」


「~~~!?」


 睡は不服そうだが、とにかく目を開かせることには成功した。


「目は覚めたか?」


「ええ……おかげさまで意識がハッキリしすぎましたよ」


 睡なりの嫌みだろうか?


「で、そのゲーミングデバイスだが……なくても不自由しないなら使わなければいいんじゃないか?」


 睡は首を横に振る。


「いいえ、ちゃんと充電が早く終わるんです! だからきっと意味があるんですよ!」


 充電が早く終わるか……多分アレだろうな。


「睡、今まで使ってた充電器はなんだ?」


 睡があっけにとられたようにこちらを見る。まあ充電が早く終わるなんて原因があるとすれば充電器の違いだろう。確かにその充電器で早くなったのかもしれない。しかし光る必要があるのかは甚だ疑問だった。


「たくさん必要なので百均で仕入れたコンセントに挿す奴ですけど……?」


「ちょっと待ってろ」


 そう言って俺は部屋に戻ってから、おそらくその充電器と同等の性能があるであろうACアダプタを一個机の引き出しから取り出す。余るんだよなコレ……


 睡の待っているキッチンに行き、睡に先ほど取りだした充電器を渡す。


「それで充電してみろ。変わんないはずだ」


 俺は白いキューブ状の味も素っ気もない形状の充電器を睡に渡した。


「コレがですか……なんかすごくちっちゃいですし……光りそうにはないですね?」


「ああ、無発光だから安心しろ。小さいのは窒化ガリウムの力だな。USBPDでも今じゃそこまで小さく出来るんだよ」


「ゆーえすびーぴーでぃー?」


「要するに急速充電機能だな百均なら5ワットまでくらいだろうけど、その充電器なら20ワットまで出る」


「はぁ……? そういうものなんですか? と言うかこれ光らないのに充電がちゃんと早いんですか?」


 睡は素っ気ない作りの充電器を見て訝しんでいる。よく分からないところの作ったゲーミング充電器よりはよほど信用できると思うが睡は見た目がかっこよくないことが気に食わないらしい。


「寝不足の原因が光なんだろ? ま、試して見ろって」


「コレをもらっちゃうとお兄ちゃんのスマホが充電できないんじゃあ……?」


 俺は充電器なんて余っているのだが一方的にもらうばかりなのも遠慮しているのだろう、受け取りはしたが渋っている。


「じゃあ俺がそのゲーミング充電器を借りるよ。でそっちでもスペック的に問題無ければ交換ってことでどうだ?」


「え!? でもあんなに光ったらお兄ちゃんが眠れないんじゃ……」


「俺は基本部屋が多少光ってようがうるさかろうが眠れる質なんでね。遠慮なく使わせてもらうよ。持ってきてくれるか?」


「は、はい!」


 そう言って部屋に充電器を取りにいった。ゲーミングが光る理由などどうでもいいことだが、妹の寝不足は現実的な問題だった。俺は環境が悪かろうが寝る時は眠れるお得な体質なので何の問題も無い。


 少しして睡が俺が渡したそれよりやや大ぶりな充電器を持ってやってきた。俺としては光ることよりその大きさの方がよほど邪魔だろうと思ったが睡の方はそうでも無い様子だった。


「じゃあお兄ちゃん……これです」


「はいよ、じゃあ今日はそれで充電してみろ、多分変わんないよ」


 そうしてその夜、俺の充電器セットの中に光る奴が一つ加わった。試しにスマホとUSB-TypeCでの接続時に間に電力計をセットしてみたところ約20ワットだった。やはりただのUSBPD対応の充電器のようだ。


「ゲーミングねえ……猫も杓子も光ればいいって思ってないかな……」


 睡の言うとおりそれは七色に発光する目に優しくない発光をした。俺はひとまずマスキングテープをぐるりと巻いて光を抑えておいた。別に不自由するわけではないが光らない方が便利と言うことは嘘ではない。


 試しに最新のiPhoneを繋いで一時間ほど待ってみたところ、それまでの充電器と何ら変わらないスペックであることが分かった。俺はその充電器をそっと引き出しにしまって睡の安眠を願うのだった。


 ――妹の部屋


「コレが性能のいい充電器ですか……にわかには信じがたいですが……お兄ちゃんが嘘をつく理由も無いですし」


 私はそれをコンセントに挿したところ何の反応も無くて拍子抜けしました。


 本当にこんなキューブがアレと同じスペックなのでしょうか? ものは試しなのでUSBケーブルを挿して充電をしてみました。帰宅後充電器を付けて夕食を作り部屋に戻ってみるともう充電は終わっていました。どうやらお兄ちゃんの言うことは本当のようです。


 私はそれほど安くはない商品でしたが、お兄ちゃんの愛用品と交換できたのだからしっかりその役目は果たしたと値段なりの価値を認めました。

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