妹、あやしい通販をする

 ある日、俺が家のポストを覗くと見慣れた灰色のビニールに包まれた外国からの郵便物が届いていた。有り体に言うと例の国から送られてくる商品の梱包だった。はて? 何か注文していただろうか? 確かに注文してから届くまでにかなりの時間がかかるので忘れていることもあるかもしれない。しかしこのサイズのものなら覚えているだろうというくらいにそれは大きかった。


 ポストから取りだして宛先をよく読んでみると名字はウチだったが名前が『Nemu』になっていたので妹宛だと気がついた。そういえばPaypal対応したから睡でも簡単に買えるようになったんだっけな、あそこ。


 どうせ大したものじゃないだろうと判断して家の中に持ち込んで放っておいた。あそこから万単位の買い物をする気にはならない。安いのが取り柄なんだからそんなに高いものではないだろうしぞんざいに扱っても壊れるような貴重品ではないはずだ。


 朝の郵便チェックを終えてキッチンに戻ると睡が朝食を作っていた。俺はいつも通りコーヒーを淹れながら睡に言う。


「睡、通販でお前宛の商品が届いてたぞ」


「へ? …………ああ、今更届いたんですか」


 まあ忘れるわな。国内通販の異様な発送速度になれると外国から個人で通販をするとその遅さにビックリするものだ。もっともそれが普通であって日本国内での配送が異様に早いだけではあるのだが。


「玄関に置いておいたから到着通知出しておけよ?」


「到着通知?」


「ああ、届いたら届いたって発送元に通知を出さなきゃならないんだよ、基本信用がない業者が多いからそうなってんだろうな」


 通知がされると販売元に保留されていた金額が支払われる。届かないことを考慮されたシステムなあたり配送網の信用の無さがうかがわれる。


「何を買ったんだ?」


「ああ、イヤホンですよ。なんかやたら安かったので注文してみたんですがね」


「イヤホン? 持ってなかったっけ?」


 睡は気まずそうに目をそらす。


「まあ……落としたのを踏んじゃいまして……」


「ああ……」


 一言でお察しだ。気の毒なのでそれについては追求するのはやめておいた。イヤホンかあ……まともなのが届いているといいな。


 基本的に商品説明を信用してはいけない。イヤホンを注文してちゃんとイヤホンが届けば当たりな方だ。


「玄関に置いてるの確認してきたらどうだ? 俺はコーヒーを淹れてるからさ」


 睡は逡巡してから席を立った。


「そうですね、朝ご飯はトーストとベーコンエッグですがちゃんと私が席に着くまで待っていてくださいね?」


「分かったよ、行ってこい」


「はーい」


 そう言ってスタスタと玄関に向けて歩いていく。しばらくして睡が黒いイヤホンを持って帰ってきた。


「梱包が雑すぎませんかね……イヤホンが箱にも袋にも入らず直で入ってましたよ……」


 あるある、よくあることなので破損していなければ問題が無いと思えるメンタルが必要だった。


「ところでお兄ちゃん、このケーブル繋ぐところ、私が見たことのない形をしてるんですが?」


「どれどれ」


 見たところmicroUSBだった。Type-Cにしろというのは激安商品への要求としては酷だろう。最近じゃあスマホもlightningとUSB-Type-CになってしまいmicroUSBを見かけることもすっかり減ってしまっていた。


「古いUSBだな。給電側は普通のUSBポートでいけるが、ケーブルは持ってるか?」


「いえ、この上下非対称の型は持ってないですね。と言うかUSBなんですかこれ? 普通の長方形の奴ともスマホに繋ぐ奴とも違うみたいですが」


「昔はコレが最先端だったんだよ……ケーブルなら余ってるから一本やるよ」


 睡は笑顔になって俺にお礼を言う。


「ありがとうございます!」


「ちなみにこのコネクタは無理な力かけるとすぐに壊れるから注意な? スマホ用のと比べて段違いに脆いぞ」


「商品写真と違うんですが……」


「それはよくあることだ」


 商品写真通りのものが来るなんて思っていたら個人輸入なんてできたものじゃない。全部話半分程度に受け取っておくのが商品説明の正しい読み方だ。


「じゃあ朝ご飯の前にケーブル持ってくるよ。食べてる間に充電しておけば使えるだろ?」


「お兄ちゃんありがと。なんでこんな古い規格なんですかねえ……」


 作る上で安いからだろ、と想像はついたが言ってもしょうがないのでやめておいた。部屋に戻ってケーブルを入れている引き出しからあまり使うことのないレガシーなケーブルをわけているところから一本を取りだして持って行く。


「睡、コレでいけるぞ」


 睡に手渡すとコネクタを見てから『充電してきます』と言って部屋に戻っていった。電源については以前渡したAnkerのUSB-Aポートの充電器からいけるだろう。


 そんなことを考えているとピッとコーヒーメーカーがドリップの終わりを告げた。睡と俺のマグカップを取りだしなみなみとコーヒーを注いでからテーブルに置いて睡を待つ。


 すぐに睡は戻ってきた。


「お兄ちゃん……ケースの中をチラリと見たんですけどものすごい安っぽいですね?」


 睡は一つ思い違いをしているようだ。


「『安っぽい』じゃなくて実際に『安い』だろ? その値段で高級感なんて無理があるだろう?」


 安っぽいと安いには大きな違いがある。高いものがチープな作りだとがっかりするが、実際に安いので値段なりのできと言える。むしろちゃんとイヤホンだっただけマシまである。


「そんなものですか……」


「ああ、安いものは安い作りなんだよ。さ、朝食にしようか」


「「いただきます」」


 食事をしながら睡が聞いてきた。


「お兄ちゃん、返品とかってできるんですかね?」


「まあ無理だろうな。少なくとも商品はちゃんと届いたわけだしな」


「そっかー(´・ω・`)」


 睡がショボンとしているが、性善説で世の中が動いていない以上しょうがない。世の中諦めが肝心だったりする。しかしまあ安いことは確かなので何でもいいから衝動買いをしたいぞという時には安値で買えるのでありがたい存在だったりもする。


 そうして多少の不安材料はあるものの朝食は無事に進んでいった。付記しておくと睡の料理はやっぱり美味いものだった。


「ごちそうさま」


「はい、ごちそうさまです」


「さて、そろそろ充電ができた頃ですかね」


「試聴するくらいには充電できてるだろうな」


「じゃあ取ってきますね」


 そう言ってパタパタと部屋に帰っていった。その後、睡が言うであろう感想は目に見えているのでどうしたものかと思いながら、買ってしまったものはしょうがないなと納得しておいた。


「お兄ちゃん! 一緒に聞いてみましょう!」


 睡がスマホを取り出してイヤホンの片方を俺に差し出す。


「ペアリングは?」


「できてますよー」


 準備はできているようなのでイヤホンの片側を受け取って耳に付ける。


「準備はいいですか?」


「ああ」


「じゃあ再生」


 ポップな音楽が流れてきたのだが、はっきり言って音質は良くなかった。有線に負けるのは当然だししょうがないが、ワイヤレスというところを考慮してもお世辞にも音質がいいとは言えなかった。


「微妙ですね……」


 気まずい沈黙が流れる。俺はどうせこんなものだろうと予想していたので音が出ただけでも御の字だと思っていた。


「まあこんなものだろう、千円いかない金額でまともな商品が届くわけがないだろ?」


「うぅ……お兄ちゃんとイヤホンを共有していい雰囲気になろうとしたのに……ムードの欠片も無い音質です……」


 睡の計画はさておき、時間が登校する頃になっていたので食器をシンクに付けて準備をした。


「じゃあ学校行こうぜ」


「ですね……」


 そうして睡の海外通販は少し苦い思い出となってしまったのだった。ちなみにイヤホンを共有したいと言うことだったが、結局睡は『有線の方がくっつけるじゃないですか!』と気がついたらしく有線イヤホンを使うことになったのだった。


 ――妹の部屋


「なーんか使い道無いですかねえ……」


 私は黒いケースに入ったイヤホンを見ながら使い道を考えていました。ただ単に音質の悪いイヤホンとして寿命を全うさせようかと考えて、結局値段が高いからと言って品質が高いわけではないですが、値段が安いものは品質が悪いという当然の結論にたどり着き、イヤホンは他がなくなった時のために机の奥に保管することにしたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る