妹の不機嫌の理由
「おはよう」
そう言ってキッチンに入るがそこには誰もいなかった。はて? 睡が寝坊をしたのか? 珍しいこともある物だな。思えばいつだって俺より早く起きていたのに何故寝坊? いや、睡だって人間だそりゃあ眠たい朝だってあるだろう、確かに今日は布団にこもっているのがとても気持ちいい気候だったしな。
「お゛に゛いちゃん……おばようごじゃいまず……」
「わっ!? どうしたんだよ睡!? 目の下にクマができてるぞ? 眠れなかったのか?」
珍しいな、エナドリやコーヒーも飲んでいなかったはずだが……
「じゃあ゛料理しまずね……」
「落ち着け! とりあえず座れ! そんな状況で任せられるわけないだろうが!」
睡はぼんやりとしたまま椅子に座る。俺も向かいに座って何があったのかを聞くことにした。
「で、なんでそんなに調子が悪そうなんだ?」
「いえ、ぢょっど夜更かしをしましたので……」
「夜更かしって……いつ寝たんだ?」
「5時ですかね……」
「一般的にはそれを徹夜と言うんだよ! もういいから寝てろ! 朝食はカロリーメイトでいいな?」
「いえ……私がまともな……」
「
「はい……」
俺はこっそり買っておいた夜食用の袋からカロリーメイトのブロックを二つ取り出し、麦茶をくむ。徹夜明けにカフェインを投入するのはマズい気がしたのでノンカフェインの麦茶にした。
テーブルに突っ伏している睡の前に一つを置いて向かいに座る。袋を開けながら睡に聞く……その前に食事が先だな。
「ほら、食べないと体に悪いぞ」
「お兄ちゃん……食べさせてください……」
「しょうがないなあ……」
俺は睡の前に置かれているチョコ味のブロックを開けて睡の前に差し出す。パクりと睡がそれに食いついた。なんだか小鳥に餌をやっているような気分になる。
パクパク……モソモソ……
麦茶の入ったコップを睡の顔の前に持って行くと口を付けて飲んだ。いよいよ餌付けの様相を呈してきている。
二本目を差し出すとやはりそれもパクパクと食べていった、麦茶を差し出して飲ませる。完璧とは言えないが朝食として最低限のカロリーは取れただろう。
「ぷはっ……お兄ちゃんに食べさせてもらうと生き返りますね……」
睡が俺の心配は他所に呑気なことを言っている。
「で、なんで徹夜なんてしたんだ? お前らしくもない」
「ああ、これです」
睡がスマホを差し出してきた。この前のガチャで出てきたキャラが表示されている。
「ちゃんと引けたんだろう? 徹夜する必要はないじゃないか」
「引けたんですけどね……限凸が四凸まであるんですよ、イベントでのクエスト報酬に凸用のアイテムがあったんですけど今朝七時までの限定イベントでして……まあ……スタミナ回復アイテムも溜まってたので周回したわけですね……」
はぁ……何をやってるんだコイツは……
「で、結局徹夜になったわけだな?」
「二時間くらいは寝ましたよぅ……」
それを睡眠にカウントするかは微妙なところだ。仮眠ならカウントされてもいいだろうが、寝たと言えるほどの時間ではない。
「今日は寝ておけ、後は俺がなんとかする」
「ダメです! お兄ちゃんのお世話は私の使命ですよ! そんなぞんざいにして言いものじゃないです!」
「ああもう! ソシャゲをするなとは言わんがな、生活を犠牲にするんじゃないよ!」
睡は不服そうに言い返す。
「あくまでも犠牲になったのは私の生活であってお兄ちゃんの生活レベルを落とさないよう最大限の配慮を……」
「とにかく寝ろ! 自分だけが犠牲になったから良しとかじゃねえんだよ! 家族だろうが! 大人しく寝ろ!」
つい声を荒らげてしまった。自分のモノはどれだけ犠牲になってもいい、それは楽な考え方で素敵なように見えるかもしれないが自分のまわりがどう思うかを考えていない勝手な考えだ。俺は妹にそんな考え方を認めるつもりはない。
「お兄ちゃんに一日任せるとか心配なんですよ! 私がいないと食事も出来ないでしょう?」
失礼なことを言う奴だな。
「俺だってちゃんと作れる物くらいある! シリアルとか……グラノーラとか……」
「牛乳を入れるだけじゃないですか! だからお兄ちゃんに任せるわけにはいかないんですよ!」
ああ言えばこう言う……とにかくこの状態の睡に何かを任せるわけにはいかない。無理矢理にでも寝てもらわないと……しょうがない……
「あー……疲れたなあ……椅子に座ろうかな? 膝の上に何か乗っても気がつかないだろうなー……」
わざとらしく俺はソファに映って端のほうに座り目を瞑る。
「ああ……いいんでしょうか? ……いいですよね?」
その言葉が聞こえた後ポンと膝の上に軽い重さが加わった。俺は二三分目を閉じていたのだがすぐに寝息が聞こえてきて目を開けた。膝の上では睡の顔が安らかに寝息をたてていた。
まったく……誰に似たんだろうな……
そんなことを家族の俺が考えても答えはシンプルなものになってしまうのだがな。なんにせよようやく妹が眠ってくれたことに安堵する。ソシャゲで徹夜とか、課金しすぎの方がまだいいんだよなあ……
「こうして寝てる分には可愛いんだがなあ……」
言動がそれを吹き飛ばすくらい残念すぎる。黙っていれば可愛いの典型みたいな奴だ。とはいえ家族には違いないので大事にするくらいの気持ちはちゃんとある。俺だって血も涙もないわけじゃないからな。
手持ち無沙汰になったので俺はスマホを取り出し、マナーモードにしてからニュースを巡回する。そこで一つの記事が目に入った。それは睡がプレイしていたソシャゲのニュースだった。
なになに……『新規ユーザ獲得のためレベリング及び限界突破の難易度を下げることにしました。既存ユーザの方にもお楽しみいただけるようエクストラ装備の強化レベルを倍に引き上げます。これからも当ゲームをお楽しみください』……全力で見なかったことにしたかった。
ちなみに実装予定は今回のイベントが終わってのメンテ明けとのことだ。さすがにコレは睡に同情を禁じ得なかった。
あまりにもあんまりな発表だったため俺は今日くらいは睡に優しくしてやろうと決めたのだった。
そうして一時間と少し経ったところで睡が目を覚ました。
ばっと飛び起きて俺の方を見る。
「お兄ちゃんの膝枕だったのに……寝ちゃうなんて……くっ……不覚です」
「いや、寝てもらうためなんだから寝なくちゃダメだろ」
「お兄ちゃんが膝枕をしてくれたんですよ!? そりゃあもうたっぷりと感触を楽しみたいじゃないですか!?」
滅茶苦茶なことを言い出す睡。
「まあいいです……チャンスはまだまだありますからね! ですよね? お兄ちゃん?」
「ああ、そうだな」
断ろうかとも思ったのだがさっきの記事を見た手前あまり厳しくする気にはならなかったのでそれとなく誤魔化しておいた。
「お兄ちゃん……珍しく優しいですね?」
「失礼な、俺はいつだって優しいぞ」
睡はふぅんと言いながら俺にコーヒーを頼んだ。膝枕込みで三時間くらいしか寝てないんじゃないかと言ったのだが、昼ご飯はちゃんと作らなくちゃいけませんからね! と言われ俺はいつも通りにコーヒーを淹れることにした。
時計をみたところ十時を回るところだった。確か七時からメンテで一二時間だったな……
「ぴぎゃあああああああああああああ!!!!!!」
睡がメンテ明けの報告を見たのだろう、スマホを見ながら変な声で悲鳴を上げていたのだった。
その日はいつもより少し睡に優しくしようと心に決めたのだった。
――妹の部屋
午前四時
「眠いです……しかし素材はコレでコンプですよ! 後は四凸させて……スヤァ」
私は睡魔に負けて意識を落としました。その後お兄ちゃんの膝枕で眠気は飛びました。
ああお兄ちゃんの膝枕がもったいない……そうは思うのですがもう一回と頼んでオーケーしてくれるようなお兄ちゃんではありません。目も覚めましたしね。
さて、お兄ちゃんが眠気覚ましのコーヒーを淹れてくれているうちに……私はスマホを取り出してゲームを起動させました。そこに表示されたのは……
『要望に応えSSRキャラの限界突破に必要な素材を減少させました』
私は声にならない悲鳴を上げるのでした。
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