妹と人権キャラ
「おにいちゃーーーーーーーん!!!! うわーーーーん!!」
またかよ……睡の嘆願に気を取られるが、どうせ大したことじゃないと相場は決まっている。コイツが本当に真剣な話をする時は泣きつくような真似はしない、それが俺の信頼の根拠だったりする。
「どしたー? 体重でも増えたか?」
睡が俺に飛びかかって文句を垂れる。
「お兄ちゃんは対応が悪いですよ!? 妹が困ってたら一緒に困るのがお兄ちゃんでしょう?」
そんな常識は何処にも無いのだが……コイツが無根拠に断言するのはいつものことなのでそれに構っておいてもしょうがない。俺はドクペを飲みながら適当な対応をする姿勢は崩さない。
「で、何があったんだ? 一応聞くだけ聞くぞ?」
睡は泣きそうな目をしながら俺にスマホを差し出してきた。画面には美少女キャラが出ているが……はてコレがどうしたというのだろう? よく見るとそれはガチャの画面で、『復刻』と表示がされている。
「コレがどうしたんだ? ただの復刻ガチャに見えるが?」
復刻であれば必須ではないキャラで恐らく期間限定だったのだろう。基本的にソシャゲで復刻はサービスがいいことだと思うのだが?
「このキャラが人権になっちゃったんです!」
えぇ……知らんがなと言いたいのを抑えて睡に質問する。
「人権って……復刻だろ? お前なら初めて出た時に引いてると思ったんだが……」
人権キャラ、要するに持っていないとゲームとして成り立たなくなるくらいのばらすんす崩壊キャラだ。しかし熱心にやっていたソシャゲの人権キャラを知らなかったというのはどうにも奇妙だ。
「……せい」
「え?」
「上方修正されたんですよ!! 当時はいなくてもいいくらいのキャラだったのにスキル効果とステータス上昇でアホみたいな壊れキャラになっちゃったんです!」
ああ、あるある。ソシャゲ特有のピックアップ時にそのキャラに有利な環境を作り出すやつか。睡には悪いがそんなものだぞ。
「いいんちゃう? もう全クリしただろ? エンドコンテンツ回すのに必須とかか?」
「いえ、ただ単純に強いキャラが欲しいんですよ!」
俺は呆れながらテーブルの上のサルミアッキを一つ口に放り込んで考える。考えたのだが別にいいじゃんという答えしか出なかった。だって今までのキャラでもメインクエストクリア後のコンテンツを回すのに不自由していないなら問題無いじゃないか。
「大体、恒常枠は全部持ってるんですよ? 限定キャラが人権になるとかおかしいでしょう!」
恒常前部持ってるのか……なかなかの廃人だな……
限定枠は取り逃すと復刻まで手に入らないもんなあ……気持ちは分かるけどさあ……
「エンドコンテンツまでいってるなら他の人権キャラでも間に合うだろ?」
人権キャラというのはソシャゲの宿命だが、一人きりということはない。大抵ぶっ壊れが数キャラは居るものだ。長期運営しているなら圧倒的な強キャラの一人や二人はいる、環境を席巻するキャラを新規がリセマラで狙うのはよくある話だが、数キャラいるために大抵どれか一キャラを手に入れればそこで終了することが多い。
「今回のイベントで火属性が必須なのにこの子が火属性最強なんですよ? こんな事が許されていいんですか!」
俺に言われてもなあ……運営に言ってくれとしか言いようがない。
「クリアは出来るんだろ? 別にいいじゃん」
「SNSでマウントが取れないじゃないですか!? 皆持ってるんですよ!?」
皆とは一体……小学生の『みんなもってるもん!』レベルの言い訳だった。
「で、俺にどうしろと言うんだよ?」
そう聞くと睡は気まずそうに俺に言った。
「二、三日夕食がカレーになりますので我慢してくれないかなあと……」
「ん? それは別に構わないが」
カレー? 塩パスタにするくらいのことかと思ったらカレーとは……全然食べられるものでそんなに申し訳なさそうに言うことでもないだろう。
「要するに食費をガチャに使いたいって話だろ? 十連か二十連くらい構わんよ」
睡は目を丸くして驚いている。
「本当ですか!? ルーだけのカレーになりますけどいいんですね! よっしゃああああ!!!!」
は!?
「いや……ルーだけのカレーってなに?」
「お湯にカレールーを溶かしたものをご飯にかけるんですよ?」
まんまかよ……塩パスタと大して変わんねえじゃねえか……
「肉とまでは言わないから野菜くらいは……」
「無しですよ?」
うわぁ……コレでここ数日の食事が貧相なものになることが決定してしまった。新手の嫌がらせかな?
「ちなみにガチャを回してそのキャラが出なかったら?」
「あと二十連で天井なので絶対に出ますよ?」
立派なソシャゲ廃人でした。運営は渋すぎませんかねえ。
「はぁ……分かったよ。作ってもらう身で贅沢は言えないしな、満足いくまで回していいぞ」
「よっし!!! じゃあコンビニに行きましょう! ダッシュで! ガチャが私を待ってますよ!」
「一人で行ってこいよ」
「せっかくなのでお兄ちゃんも来てください!」
よく分からない理屈でコンビニまで連れて行かれる。幸いしたのは夏ではなかったことだろうか。そのおかげで汗だくになるようなことはなかった。コンビニに着くなりバリアブルカードを一枚迷うことなくレジに持って行った。明らかに買い慣れている奴の動きだ、何処まで廃課金してるんだよ……
睡がレジで一万円を支払ってアクティベートをしているのを眺めながら、あの金額で何が買えるだろうなんてせんもないことを考えていた。
そうしてホクホク顔で帰ることになったわけだが、俺は睡に言っていなかったことがある。あくまで懸念であって実際に起きるかどうかは分からないので不確定なことは言うまいと思っていたからだ。しかし、ガチャで壊れキャラが出来てしまった時にありがちなことが起きるんじゃないかと俺は予想していた。
帰宅後、睡はスクラッチを削ってスマホにコードを入力していた。買ってしまった以上何も言うまいと俺は心に決めておいた。
睡は即ガチャを回しているらしく満足げな笑みを浮かべていた。
そして翌日……
「おにいいっっちゃああああああああああああんんんんん!!!!!!」
「昨日のゲームか?」
「そうなんですよ! それが……」
「ナーフされたんだろ?」
睡がとても驚いている。
「な……何故それを……」
「予想がつくんだよ、バランス崩壊キャラをガチャに入れて運営がヤバいと思って下方修正とかよくある話だぞ? 詫び石もらえたんだろ? 我慢しとけ」
そう、下方修正だ。ガチャの歴史ではよくあることなのだ。ソシャゲにナーフはつきもの、名物といっていいくらいよくあることだった。
「うぅ……せっかく手に入れたのに……」
俺は昨日の具無しカレーの味を思い出していた。確かに不味くはないんだがどうにも味気ないものだったので睡を慰める気にもならないのだった。
――妹の部屋
「うぅ……ぐすっ……酷すぎますよう……」
私はキャラの下方修正を許せませんでした。そりゃあ確かに運営は百連分の石を配りましたよ? だからって許される話じゃあないでしょう!
スマホを取り出し、アプリのアイコンを長押しします。あとは削除を選ぶだけでお悩みとは永遠におさらばできるのですが……私にはどうにもそれができませんでした。
お兄ちゃんとのプレーンカレーの味を思い出しながらお兄ちゃんにごめんなさいと言いたくてしょうがなく、枕を涙で濡らすことになったのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます