妹の砂糖対応
「お兄ちゃん、朝ご飯も済みましたしコーヒーを一杯いただけますか」
「ああ、今淹れるよ」
豆をミルに入れながら睡にちょっと気になったことを聞いてみる。
「睡、お前結構可愛いのに浮いた話を聞かないな?」
すると睡の目が据わって俺をじっと見て言う。
「お兄ちゃん以外にはまともな対応しませんからね? お兄ちゃんが特別なんですよ? あ、可愛いのは誰がどう見ても本当ですが」
「俺が言うのもなんだが……もったいなくない?」
「私はお兄ちゃんの好感度全振りですからね。コレばかりはどうにもなりませんね。有象無象の対応を良くしてお兄ちゃんへの対応が悪くなったら元も子もないですし」
きっぱりそう言いきる睡。俺以外の人間関係を綺麗さっぱり切り捨てるつもりのようだ。俺は顔面こそ普通レベルだろうが、俺の妹とは思えないほど睡は可愛い。それについては確かに分かる。しかしそれに甘んじて対人関係を無視するのはどうかと思うぞ。
「もうちょい人への対応の練習でもした方がいいんじゃないか?」
「でもクラスでは私は皆に区別無く塩対応ってことで認識されてますよ? お兄ちゃん以外対応が一緒なのでそんなに評判も悪くないですし」
マジかよ……睡は俺以外とまともに話しているところをほとんど見ないのに評判が悪くないのか……陽キャでも無理がある気がするんだが。
人間関係に興味が無いというのが悪いことだとは思わないが、将来苦労するんじゃないかという余計なお世話を焼きたくなってしまう。
そんなことを話しながら挽き終わった豆からコーヒーのドリップが始まる。ポタポタといい香りを出しながらサーバーに溜まっていく、気分が落ち着く香りだった。
「お兄ちゃんは私が誰にでもいい顔をした方がお好みですか? そうであればもう少し人間関係に関心も持ちますけど?」
「いや、俺と関係ない人とももうちょっとまともな関係を保とうぜって話だよ」
「でもお兄ちゃんはほぼぼっちじゃないですか?」
「人の痛いところを突くのはやめてくれないかなあ!」
失礼な奴だが、確かに俺はクラスメイトで顔と名前が一致しているのは片手の指で数えられるくらいしかいなかった。
「お兄ちゃんみたいに中途半端なぼっちやるくらいなら私みたいに没交渉の方が正解なんですよ」
そうだろうか? そんなわけはないのに断言されるとそんな気がしてしまうことがコイツの魅力的なものだった。
「まあ、私のことについてはコーヒーを飲みながら話し合いましょうか、幸いちょうどドリップも終わったようですし」
そう言われて気がつくとコポコポという音は止まっていた。睡と話している間にドリップが終わっているようだ。気がつかなかったな……コイツも気が利かないってわけじゃないんだからもう少し人気者になれそうなきもするが、本人に全くやる気が無いのでそれは無理なのだろう。
マグカップ二つにそれぞれコーヒーを注いでいつも通り睡のカップに砂糖とミルクを入れる。なんとなくだがとげとげしている時は甘いものがいいんじゃないかと思いついて、睡の方には二本のスティックシュガーを入れておいた。
コトリ……コトリ
二つのマグカップをテーブルに置いた。
「まあなんだ……とりあえず飲め」
「はぁい」
コクリと睡が一口飲むと満足げな顔で俺に言った。
「やっぱりコーヒーはこのくらい甘い方がいいんですよ」
俺はそれを聞いて返す。
「人間関係もそれなりに甘い方がいいと思うぞ?」
「おやおや、お兄ちゃんはいいことを言ったつもりですか? お兄ちゃんが飲んでるブラックコーヒーは苦いでしょう? お兄ちゃんがそれで困っていないように、私も現状で何も困ってないんですよ」
口の立つ奴だ。俺みたいなコミュ障ではないならもうちょっと楽に生きるのは難しい話じゃないと思うが、睡は誰にでもいい顔をする気は無いらしい。
「俺だっていつまでも一緒にいられるか分かんないんだからいざという時に頼れる人が一人や二人いてもいいんじゃないか?」
睡は途端に不機嫌になった。
「何の心配も無いですよ、揺りかごから墓場までお兄ちゃんと私は一緒にいるんですからね?」
コンとテーブルの下ですねを蹴られた。どうやら俺は睡の面倒を見たり見られたりするのが死ぬまで変わらないらしい。重い話だな……
「おや? お兄ちゃんはそこまでの覚悟が無かったという顔をしていますね? まあ別に私が離れないので選択の余地なんて無いんですけどね」
「勝手な話だなあ……」
しかし睡は全く気にすることがない。俺の愚痴なんてどこ吹く風とこちらを見ながらコーヒーを優雅に飲んでいる。
「私はお兄ちゃんの肉親ですからね! 曰く『血は水よりも濃い』って言葉を知りませんか?」
「発言した人も、お前に自分の正当化のために使われるとは思ってなかっただろうよ……」
「そうですかね? 私としては全く問題が無いと思いますがね?」
頑なな睡を説得するのは諦めてコーヒーに手を付ける。会話中に温度が下がっていったのかすっかり温くなっていた。口を付けると口の中に苦いぬるま湯が流れ込んだ。
「やっぱりコーヒーを飲むときはさっさと飲むべきだな……」
「当たり前でしょう」
睡はすっかり空っぽになった自分のマグカップを逆さまにして飲み終わっているアピールをする。
「ね? お兄ちゃん、飲み物がある時はさっさと飲んじゃうべきですよ? 枝葉末節にこだわるとこんな風に美味しいものだって不味くなっちゃうんですから」
そう自慢げに言う睡。実際美味しいコーヒーを飲んだのであろうことから俺は反論を思いつかなかった。
「いいですか? お茶会で政治と宗教とスマホOSの話題は避けるべきなんですよ」
「最後になんかおかしなものが入ってないか?」
「細かいことですよ」
ジョークでエディタを宗教とか言うこともあるけどさあ、AndroidとiOSで宗教戦争するのはやめないかな?
「お兄ちゃんも私にじゃんじゃん依存してくれていいんですからね? そんな遠慮をすることなんて全く無いんですから!」
「ははは……まあ頼りにするよ」
睡は満足そうに頷いていた。それが良いことなのかは俺には判断がつかなかった。俺も半ば正気を失っていたのかもしれないし、正解なんて無いのかもしれない。だけれど、睡との暮らしは悪くないとも思っているし、依存のしすぎには注意しながらそれなりに生きていこうと思う。
「お兄ちゃん! 言いましたからね! 病める時も健やかなる時も一緒ですよ!!!! お兄ちゃんはいつだって私の側に居ないとダメなんですからね!」
そう言ってマグカップを手に取りシンクで洗い出した。普段は俺がやっているが、さすがに恥ずかしかったのか席を離れるために俺にまだ少し残っていたコーヒーと一緒に持って行ってしまった。
俺は睡を眺めながら、『世界一頼りになる味方』で『世界の誰より怖い敵になり得る』妹のことについて考えていたが結局答えらしいものはでなかった。
――妹の部屋
「今日はお兄ちゃんと良い感じでした!」
完璧ではないですが悪くはない一日だったと言っていいでしょう。お兄ちゃんが私のことを拒否しなかっただけでも十分な成果と言えます。
だからお兄ちゃんが何時まで経っても私と一緒にいてくれるように、今日も私は信じてもいない神様に祈るのでした。
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