妹とお菓子

「お兄ちゃん、お腹空きました……」


「て言われてもなあ……俺の作った料理がお望みか?」


 ふるふると首を振る睡。それほど俺の料理が不味いのか……ちょっとショックだ。まあ今更感はあるのだが。


「なんか食べるものもってないですか?」


「そんなこと言われたって……お菓子とか買ってないからなあ……」


 ポリポリ


「そう言いつつお兄ちゃんがさっきから何か食べてるのを私は見逃してませんよ?」


「え!? ああこれ……これなあ……」


「なんでお兄ちゃん、そんなに歯切れが悪いんですか?」


 だってなあ、これはちょっと万人受けしないというか、好みが分かれるというか、人を選ぶもんなあ。


「これは腹を満たせるほどの量はないし、睡にはあんまり美味しくないと思うぞ?」


「お兄ちゃんが食べられるものを私が食べられないわけ無いでしょう!」


 その自信はすごいと思うんだが……面倒くさいから一口食べさせてやるか……


「手、出して」


「え? はい」


 俺は手の中の金属ケースから銀色の粒を数個、睡の手のひらに出す。睡はそれをしげしげと眺めてから俺に聞いた。


「なんですか、これ?」


「仁丹」


「じんたん? あの日見た……」


「それは特に関係ない、和製フリスクと思っておけば間違いない。まあ味の方は……うん」


「気になりますね……」


 睡は思いきって数粒をまとめて口の中に放り込む。かみ砕いたのだろう、ものすごく渋い顔をした。やはり口には合わなかったようだ。


「み……水を……」


「ほら、飲め飲め」


 俺はコップに入った水を差し出す。睡はそれを勢いよく飲み干してやはりまだ口の中に味が残っているのだろう、渋みを感じさせる顔をしていた。


「そこまで不味いかなあ……」


 しかし睡は俺を理解できないものを見るような目で見る。水道に行って水をおかわりしてようやく落ち着いたようだ。


「お兄ちゃんはなんでそうもアレなお菓子が好きなんですか……そんなだからドクペが飲めるんですよ?」


「ドクペは普通に美味しいだろ?」


「そういうところですよ」


 失礼なやつだ、まるで人が味の分からない人間のようではないか。俺だって美味いものと不味いものの区別くらいつくぞ。まあ多少好みの差はあるだろうが……


「体にも良いんだぞ?」


「体に良いものって大抵不味いですよね」


 いろいろと失礼なやつだな。俺の味の好みはともかく、商品にケチをつけるようなことは良くないと思うのだが。好みは分かれるだろうが問答無用で不味い判定はどうかと思う。


「人には好みってものがあってだな……」


「私の好みには少なくとも合いませんね、というか水をたっぷり飲んだせいでお腹がいっぱいになりましたよ」


「よかったじゃん」


 しかし睡は不満そうだ。俺は満足しているのだから良いじゃんとは言えない雰囲気だ。


 ところで睡が愚痴っている間俺はポリポリと仁丹をかみ砕いていた。一日の上限摂取量があったはずだが医薬品でもないのであまり気にしていない。体に悪いのかもしれないがそんなことを言い出したらこの世の全ては多少は何か悪いところがあるものだ。


「お兄ちゃん、さっきの味がまだ残ってるのでコーヒーでも淹れてくれませんか?」


 そこまで不味かったか……どうやら睡には仁丹は不評らしい。俺はいつも通りコーヒーメーカーに水と豆を補給して動かす。いつも通りの音とともにコポコポとドリップが始まった。


「お兄ちゃんは素直にコーヒーを飲んでれば良いんですよ、ドクペだのルートビアだの上級者向けの飲み物に挑戦しすぎなんです!」


 そう断言する睡、各方面に喧嘩を売っていきたいようだ。俺は話をそらそうとミルクと砂糖を大量にぶち込んだマグカップを睡の前に置く。


「とりあえず飲めるもの飲んで落ち着け」


「はーい」


 一口コーヒーの味なんてしないんじゃないかと言うほどの甘さをしているであろう、それを飲んでから満足げに微笑んだ。


「やっぱりこれが一番落ち着きますね!」


「そうかい」


 悪い気はしなかった。しかし俺が好き好んで食べているものを悪し様に言われたのは少しイラッとした。大体そういう反応になることは目に見えていたんだがな。


 俺は自分の分のコーヒーをマグに注いでテーブルに着く。確かにブラックコーヒーは落ち着く味だ。目が覚めるほどの量ではないが心持ち落ち着いてきた。


「お兄ちゃん、もうちょっとまともな食べ物を選びましょうね? お兄ちゃんがあんまり好きじゃないって言ってるエナドリの方が大分味が良いですよ?」


 少しムッとしたが俺があまり一般受けしないものを平気で好むので睡も多少受け入れて欲しいとも思う。それは少しのワガママなのかもしれないのだが……


「睡、やっぱりお前の料理の方が美味しいな」


「でしょう! フフン! 栄養剤と比べられるのは不満ですがまあいいでしょう」


 そう自慢げにしながら言った。


「では今晩はお兄ちゃんに『本当に』美味しい料理を作りますよ! 期待しててくださいね!」


 そう言ってキッチンに向かった。


 気がつけばもう夕方で睡も料理を作るような時間だった。夕食前に小腹が空いたというのが食べ物を欲しがった理由だろう。


 とんとんさくさくじゅうじゅうとリズムのいい音と、何かが焼ける匂いが漂ってきた。次第にメニューに予想がつくようになった。


「ハヤシライスか?」


「そうですよ、お兄ちゃんは味が濃いめの方が好みのようですからね」


「よくご存じで……」


 俺はどうにも薄味のものが美味しいと思えることが少なかった。味が濃ければハッキリ分かるので色で例えると原色バリバリのようなビビッドな味付けが好みだ。


「上手に出来ましたー」


「ナイス調理」


 そんなやりとりをしてからご飯に鍋の中のものをかけた皿が二つ、俺たちのテーブルに置かれた。


「では『美味しい』ものを頂きましょう」


「いただきます」


 そうして食事が始まった。トマトの味が濃くてちゃんと俺向けの味付けになっていた。さすが俺のことをよく分かっているなという料理だった。


「お兄ちゃん、こんな料理が毎日食べられるのを幸せに思うべきですよ?」


「そうだな、確かに美味しいよ」


 睡は満足そうに聞いてから食事をゆっくり進めていった。


 結局、俺も睡も二杯を食べて鍋は一日で空っぽになってしまった。


「美味しかったな」


「カロリーがヤバいですね……罪の味がします」


「睡、知ってるか?」


「なんですか?」


「業の深い物ほど美味しいんだぞ?」


「フフフ……お兄ちゃんも分かってるじゃないですか」


「だろう」


 そうして本日の食事はいつもより多めに食べたのだった。なお、食後にお風呂に入ってから体重計に乗った睡がショックを受けている様子だったが、それはまた別のお話。


 ――妹の部屋


「んー……やっぱり私の料理は良い感じですね!」


 問題はそれが美味しいか判断しているお兄ちゃんの舌が信用できないということです。出来ることならお兄ちゃんが一般的な味覚を持っていると嬉しいのですが……


 なんにせよ良い日だったと思いながら眠れることは幸せなことだと思うのでした。

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