妹とエナドリとコーヒー

「お兄ちゃん! コーヒーを淹れてください!」


 起きてきて早々睡がそう言う。それ自体は全く構わない。


「ああ、いいぞ」


「さすがにエナドリを飲み過ぎましたので糖分無しの飲み物が欲しくなりました! ブラックを所望します!」


「別にいいけどお前ブラック飲めたっけ?」


「口の中がケミカルな甘さに支配されてるんですよ……ちょっと苦いもの飲んでスッキリさせたいんです」


 どうやらエナドリをよっぽど飲み過ぎたらしい。俺は豆をミルに入れて回す、睡のリクエスト通り一番苦い豆を選んでおいた。


 ゴリゴリと豆が砕かれてコーヒー特有の香りが広がる。美味しそうな匂いだが睡は何一つ感じていないらしく無表情だった。


 コポコポと熱湯でコーヒーが抽出されていく。鮮やかな香りと多少の熱源が水を黒く染めていく。


 抽出が止まったのでマグカップを取り出す。


 二つのマグカップを並べてなみなみとコーヒーを注ぐと目が覚めそうな香りが注いでいる俺の鼻に飛び込んでくる。サーバーをメーカーに戻してマグカップを両手に持ってテーブルに持って行く。


「ほら、温かいうちに飲めよ」


「ありがとうございます」


 受け取った睡はくいっとコーヒーをあおる。その顔はあまり美味しそうとは思えなかったが飲めないというわけでもないらしい。


「意外とブラックでも飲めるんだな?」


 てっきり砂糖ミルクマシマシでないと飲めないと思っていたのだが意外といける口らしい。


「やっぱりあんまり美味しくはないですよ……まあこの間本物のマズいドリンクを飲んだばかりですからね。あれに比べればどれでもいけますよ」


 どのエナドリとははっきり言わなかった、察しろということらしい。


 苦味で目が覚める、カフェインについては俺はかなり耐性がついているらしい、一杯くらいならそれほど目が覚めない体になってしまった。とはいえ、マグカップはコーヒーカップと違って量が多いので多少の足しにはなるのだが、やはり目を覚ましたいなら数杯は飲みたいところだ。


 一杯を軽く飲み下して食道が熱に反応して熱さを感じる。喉元過ぎれば熱さを忘れるの言葉通り胃にまで落ちたコーヒーから熱さを感じることはなかった。


「睡、もう一杯淹れるけどお前の分も淹れようか?」


「そうですね、昨日から寝不足なのでもう一杯ください……で、出来れば砂糖とミルクを入れたやつをお願いします」


 どうやら強がりもここまでらしい。コーヒーメーカーからフィルタを取って捨てて新しい豆と水を入れる。先ほどと同じようにコーヒーの香りが漂ってくる。


「お兄ちゃんは寝不足じゃないんですか? 私と同じくらい飲んだでしょう?」


 睡はそこが疑問らしい。


「俺はコーヒーをいつも飲んでるからな、多少のエナドリくらいじゃ寝不足まではいかないよ」


 ドリップコーヒーはカフェインの量が多いがそれにしても俺は大量に飲んでいるので脳がすっかり慣れてしまった。


 なのでコーヒーはもっぱら眠気覚ましよりも風味を楽しむものになっていた。睡の方はさっきの一杯でそれなりに効いたのか半目だったのがすっかりパチリと目を覚ましている。


 俺は二杯目のコーヒーのドリップが終わる前に目を覚ますために冷蔵庫からレッドブルを一本取りだした。


「よく昨日の今日でエナドリがいけますね?」


「昨日の飲み比べで余ってたやつがあったからな、もったいないだろ」


 ゴクリと一息にレッドブルを飲み干す、ケミカルな味が口に広がって個人的にはコーヒーよりよほど目が覚める。


 そんなことをしている間にドリップが終わったらしくコポコポという音は止まっていた。


 睡からマグカップを回収して二つのマグにコーヒーを注ぐ。今度は睡のリクエストということで砂糖とミルクをたっぷりと入れる。糖分が脳に必須の栄養という点では砂糖を混ぜるというのは悪いことではないだろう。


 それらを持ってテーブルに持って行くと睡は一つを受け取った。


 睡はそれを一口飲んでから満足そうに頷く。


「やっぱり砂糖とミルクは必須ですね!」


「そうかね」


 俺はやっぱりブラックで飲んでいる。さっきのレッドブルの甘さがコーヒーで流されていく。甘いものの後には苦いものがとても合う。


「睡、冷蔵庫に後何本かエナドリが残ってるけどあれはもう要らないのか?」


「当分はエナドリはいいですね。お兄ちゃん飲みます?」


「有り難くもらっておくよ。時々は欲しくなるからな」


 コーヒー時々エナドリ、糖分が足りない時には個人的にコーヒーに砂糖を入れるより追加でエナドリを飲む方が好みだった。


 睡が二杯目のコーヒーを飲みきって「ぷはぁ」とため息をつく。


「やっぱり良いですね、砂糖とミルクは神の調味料ですね」


「それならMAXコーヒー飲めば良いんじゃないか?」


 あのやたら甘いやつを飲めば嫌でも糖分とミルクは大量に取ることになるのだが。


「お兄ちゃんが淹れてくれた方が好きなんですよ!」


 そういって微笑む。


「ところで睡、今日は休みだけど、素直に寝てれば良かったんじゃないか? 無理矢理起きてると明日に響くぞ?」


「お兄ちゃんとのお休みを雑に扱うわけにはいきませんからね! 平日だったら授業中に睡眠を取るんですけどね!」


「俺は平日にこそお前にコーヒーを飲んで欲しいよ……」


 平日には頑張らないのが睡のスタイルらしい、やる気を出すべき時に出さない当たりが睡らしい。


 俺としては睡が留年でもしようものなら責任は感じる程度には常識があるので勉強くらいはちゃんとやって欲しい。


「ねえお兄ちゃん、眠気がやっぱり限界なので寝たいんですが……」


「そうしろ、休みだから時間はたっぷりあるぞ」


「出来ればお兄ちゃんに膝枕して欲しいかなって……」


 膝枕ねえ……俺の膝なんて柔らかさの欠片もないので枕としては全くもって不適切だと思うのだが、睡的には時々頼みたくなるくらいには気持ちが良いらしい。


 自分の膝で膝枕をすることは不可能なのでそれがどんなものなのかはさっぱり分からないが、睡を満足させる程度には悪くないらしい。


 ソファに歩いていって座る睡、俺も今日は暇だったので隣に座る。即座に睡が俺の膝に頭をのせてきた。


「へへへ……お兄ちゃんの膝は気持ちいいですねえ……」


「そうかよ、眠いんだろう、早く寝ておけ。遅くなると今度は夜眠れなくなるぞ?」


「はーい」


 五分足らずで睡の寝息が聞こえてきた。睡眠欲に忠実なやつだった。


 俺はリモコンでテレビにYouTubeを映しながらくだらない動画やライバーの配信を眺めていた。


 結局三十分くらいしてようやく睡の目が覚めたのでテレビを切った。


「満足いったか?」


 睡は笑顔で答えた。


「はい! とっても!」


 その眩しい笑顔で俺は愚痴を言う気が失せてしまった。


 その夜、やはり昼寝をすると眠れないらしく隣の部屋からの物音がしていたのだった。


 ――妹の部屋


「ふひひ……お兄ちゃんの膝枕……へへ……」


 大変に満足のいくものでした。確かに不満は一つも無いのです。ところがお兄ちゃんの膝枕には一つ大きな問題があります。


「眠れませんね」


 あの感触を覚えている状態だと普通の枕では満足に眠れないのでした……

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