妹とSF

「お兄ちゃん、SFってあるじゃないですか?」


「ああ、そうだな」


「あれってあり得ないことがもしあったらみたいなのが基本じゃないですか?」


 俺は話の流れが掴めない。


「そうだけど……それがどうかしたか?」


「と言うことはです! 妹と結婚できる法律が出来た日本とかが舞台の小説があってもいいと思うんですよ! 私はそう思うんです!」


 とてもくだらない話だった。というかSFファンに謝れ……


「お前なあ……敵を無闇に増やすような発言はどうかと思うぞ?」


 マジで怒られるからな? ジャンル一つまるごと敵に回すような発言はやめような……


 いくら何でもありなジャンルだからって自分の欲望を丸出しにするのはどうかと思うのだが、本人はいたって真面目なようなのがなお質が悪い。


「睡、一体何を読んでそんな発想になったんだよ? 普通のSFじゃそういう展開は無いぞ?」


「宇宙の孤児ですけど」


「ああ悪かったよ……それを勧めたのは俺だっけ? もうちょっと睡向けの作品を勧めるべきだったな」


 俺としたことが……確かにそういう展開もあるけどさあ……それを繰り返した結果があの作品なわけじゃん? 普通に再現しようと思わないだろ!?


 常識という物が存在しない睡からすれば何もかもが『細かいこと』で済んでしまうようだった。俺は睡に常識を教え忘れたのだろうか? これからは睡に本を薦める時はもうちょっと考えよう。


 昨日のこと――


「お兄ちゃん! 本を貸してください!」


 睡が珍しく本を貸して欲しいというので俺は本棚を指さして言った。


「好きなの借りてっていいぞ、その棚のは全部読んでるやつだからな」


 睡は楽しそうに俺の本棚を眺めていた。最近ではkindleにも頼っているので物理的な本はそれほどないが、睡に合う本くらい一冊は見つかるだろう。俺は安直に自由に本を選ばせたのだった。


 睡は俺が本を読んでいる後ろで本棚を眺めながらどれがいいかと悩んでいるようだった。しかし、本なんて人のお勧めだからという理由で読むものでもないと思って、睡の感性に任せて本選びにアドバイスはしなかった。


 パサパサと本をめくる音が後ろからしていたが、しばらくしてその音が止んで睡の声がかかった。


「お兄ちゃん、この本貸してくださいね!」


「ああ、持ってけ」


 そう適当に返すと睡は部屋を出て行った。


 ――そうして現在に至る……


 どう考えても俺が悪いじゃないかチクショウ! 自由に本を選ばせたのは失敗だった……確かに好きな本持って行けと言ったけどさあ……


 ああもう! なんでも持って行けなんて言うんじゃなかった!


「お兄ちゃんがこういう本を持っているということはお兄ちゃんがこういう欲望を持っているってことですか?」


 睡が顔を赤らめながらそう聞いてくるが、少なくとも俺には炉心に突っ込まれてエネルギーにされるような将来は望んでいない。というか本を持っているからって思想に同調しているわけではないってことくらいは分かって欲しいのだが……


「悪かったよ……少なくとも俺の趣味じゃないけど話としては面白かったろ? 話が面白ければ多少ぶっ飛んだ設定くらい許されるんだよ」


 俺の部屋に本を返しに来た睡とそんなぶっ飛んだ会話をしている。


「で、睡は何の用だったんだ?」


「ああ、本を返しに来たんですよ、読み終わりましたから」


「そうか、本棚のハ行の棚に戻しておいてくれ」


「はい、ついでにもう一度本を一冊借りておきたいんですがお勧めってあります?」


 俺は少し悩む。安直な選択は睡の教育上よくないような気がした。とはいえ俺も普通の本ばかり呼んでいるが、全年齢向けでもあまり無難な本というのは思いつかなかった。結局無難なところを勧めたのだった。


「『たった一つの冴えたやり方』か『アルジャーノンに花束を』あたりを持って行くといいぞ」


「ええっと……これですね。なんだかかわいらしい表紙ですね?」


 実のところ『夏への扉』あたりを勧めたかったのだが、あれはまあ……うん……ヒロインがロリという問題があるのでやめておいた。成長してからくっつくからいいだろうという理論ではないと思うんだ。


 と言うわけで俺は無難に教育的にもそれほど悪くない本を二冊睡に貸したのだった。ライトノベルという手もあったが妹ヒロインの作品をわざわざピックアップしそうなのでそちらについてはお勧めしなかった。ラノベは妹がヒロインの話多いからな……


 俺が勧めた『たった一つの冴えたやり方』を借りて睡は部屋に帰っていく……かと思ったら俺の部屋の椅子に座って本を読み始めた。


「睡、本を読むなら部屋に帰ってくれないか?」


「でも、お兄ちゃんを観察しながら本を読むのって楽しいですし」


「変な趣味をしてるなお前……」


 というか俺を観察してたら本が読めないと思うのだが、本人はこちらをチラチラ見ながらホント視線を行ったり来たりしている。あれで本が読めるのだから大したものだ。


 しかし十分くらい経つと本に目線を落としたまま没頭しているようだった。俺の方を見ている様子も無くなったので追い出す必要も無いと思い放っておいた。そして俺が当日のgithubへのコミットを終えた頃にはすっかり睡は本を読むのに必死だった。あれ面白いもんな……そう考えていると読み終わったのか睡が顔を上げてこちらを見た。


「ふぇええ……いいお話でした……悲しいですねえ……」


「そうか、たまには本を読むのもいいだろう?」


「そうですね……お兄ちゃんが意外といい趣味してるのが分かりましたし、この本買ってきましょうかね……」


「やるよ」


「へ!?」


 ポカンとする睡に言う。


「読書を始める気になったなら記念の一冊だ、俺からのプレゼントってことでやるよ」


 睡は顔を輝かせて俺にお礼を言った。


「お兄ちゃん! ありがとうございます! 今度私のお勧めもお兄ちゃんにプレゼントしますから! 絶対しますからこれは有り難く貰っておきますね!」


「おう、大事にしろよ」


 そう言って睡を部屋に帰した。その夜、睡は夜更かしをしていたのでいい加減寝ろよと光の漏れる部屋のドアの前で言ってから眠ったのだった。


 翌日、睡は非常に眠そうにしていたが顔は非常に満ち足りていたので一応俺は睡の期待に応えられたらしかった。


 ――妹の部屋


「お兄ちゃんの本……へへへ……」


 ニヤけますねえ……お兄ちゃんの大事なものを一冊いただけるとは思っていませんでした。


 私はその本を読んだ後で寝ようと思ったのですが、結局お兄ちゃんにお勧めする本を探すのに時間を使ってロクに眠れませんでした。


 なお、お兄ちゃんに勧めるのはもちろん妹モノのラノベでした。残念ながら一般書籍に妹がヒロインのものが少なかったのです。増えませんかねえ……


 そんなことを考えながら通販サイトの購入ボタンをポチったところで机の上に意識の落ちた頭が倒れ込んでそのまま眠ってしまったのでした。

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