秋色のティータイム

「お兄ちゃん、涼しくなってきましたね」


「お前は年中涼しい顔をしてるじゃないか」


 そんなやりとりも心地よかった。十月の多少涼しくなってきた頃、俺は睡とお茶会をしていた。


 まだまだ夏の色は褪せておらず、それなりに暑い日々だが我慢が出来ないことも無い程度には気温が下がってきた。相変わらず汗一つかいていない睡を見ると今の季節が分からなくなってくる。


「細かいことはいいじゃないですか、お茶のおかわりどうです?」


「貰おうかな」


 今日はコーヒーではなく紅茶を飲んでいる、もちろん睡と二人で。睡の提案してきたお茶会だが他愛もない話を続けながら順調に進行している。


「それでですね、昨日ガチャでSSRが出たんですよ!」


「なるほど」


 熱っぽくガチャの結果を語る睡に俺は適当な相槌を打つ。ソシャゲにここまで打ち込めるのはすごい物だと思う、役に立つかは別だがそんなことを言ってしまえば世間で行われている経済活動の大半は無くてもいいことになってしまう、こういうことも時には必要なのだろう。


 なんだかもし十年後になってもこんな会話を二人でしているような気がして言い知れない安心感を覚えた。


「ところで勉強はちゃんとやってるのか?」


 俺の質問に睡は狼狽えながらも答えた。


「ええ、人並み……ちょっと足りないかもしれませんが一応やってますよ」


「それは何より」


 睡が勉強をしてくれるようになったのはとても喜ばしいことだった。もっとも『ご褒美』をまた要求されたら困るところだが。


 睡もカードの一枚として取っておきたいのだろうか、それを切り出すことはついぞ無かった。


「睡のいれた紅茶は美味しいな」


 コーヒーは俺が淹れているが、紅茶は睡がいれることが多い。俺もお茶くらいはどうにか淹れられるが、やはり睡には勝てなかった。


「そうでしょうそうでしょう! お兄ちゃんが私と結婚すれば一生飲めますよ?」


 睡がいたずらっぽい微笑みをしている。コイツは俺に対して一々こういう軽口を叩くのが得意だ。俺はいつもその会話に勝てない、睡は無敵に近い、ただし不特定多数とのレスバには負けるらしい。


 気温はまだまだ高いが、近辺の山々はすっかり赤くなっている。気温は時間に忠実ではないが、植物はタイマーでも仕掛けられているかのごとく季節を移ろいゆく。人間は太陽の出ている時間が短くなろうが暑いものは暑いので植物に置いてきぼりを食らっていた。


 俺はもう一口紅茶を飲んで喉を潤してから睡に聞いた。


「睡は普段スマホでどんなことをしてるんだ? ああいや、ソシャゲ以外でな」


「SNSですかね、TwitterとかInstagramとかですかね。Facebookはなんだか好きになれないのでやってないです」


 平凡な使い方だな。今はInstagramはFacebookに買収されただろうとは思ったが別サービスだし重箱の隅をつつくようなことはやめておいた。


「お兄ちゃんはスマホでどんなところを見てるんですか? 気になりますね!」


 睡が俺に尋ねてきたが別に隠すようなことじゃないのでシンプルに答える。


「メッセンジャー以外だとSMSで多要素認証したりGoogleアプリでワンタイムパスワード使ったりかな」


 睡は呆れていた。


「ほとんど認証端末扱いじゃないですか……」


 実際スマホの使い道なんてそんなものだった。PCで大体済ませてしまうのでスマホでまでネットを見るのは不便なのであまりやっていない。とはいえスマホ前提のサイトすら出てきているので素直にそれに順応するべきなのかもしれない。


「実際それで困らないからな。まあネットバンキングとかスマホを使わせたくて仕方ないようなところはスマホでやってるが」


「実際スマホで統一しちゃえばいいんですよ。少数派に合わせて多数派が不便を被るなんて迷惑じゃないですか?」


 多数派のスマホ急進派の睡はそう言った考え方のようだ。


「ところでお兄ちゃん……メッセンジャーは使ってるって言ってましたよね? LINEとsignalでしたっけ? お兄ちゃんから聞いてるのはそれだけなんですが他にあったら教えてくれませんか?」


「別にいいじゃないか、マイナーなものばかりだぞ?」


「それでもいいので! お兄ちゃんのことは全て知っておきたいのです! 余すところなく、全てを!」


「お、おぅ……」


 睡の勢いに押されて俺も返答する。


「TelegramとThreemaだな。ただ……Telegramは日本語非対応だし、Threemaは有料アプリだぞ?」


 睡はシュババとスマホを取り出していじっている、俺が今言ったアプリを入れているのだろう。


「よし! 登録完了! ではお兄ちゃん! フレンド登録を!」


 まあ別に構わないのだが、英語の成績があまり良くないはずの睡が英語のアプリを軽々登録できたことに少し驚いた。本当にやれば出来るんだよなあ……


 俺は連絡先の登録方法を伝えて登録する。ほとんど相手のいなかったメッセンジャーに睡の名前が登録されていった。


 俺はほとんど登録者のいなかったメッセンジャーに一人の名前が登録されたことに少し満足感を得たのだった。


「睡はなんでこんなマイナーアプリを入れる気になったんだ? しかも有料のまで」


「決まってるじゃないですか! お兄ちゃんのことは全て知りたい、それ以上の理由が必要ですか?」


 そういうものなのだろうか? 俺にはよく分からないが、少なくとも目の前の妹が笑顔になっていることだけは事実なのでそれでいいんじゃないだろうかと思えた。


 ピコン……ピコン……ピコン……


 スマホに連続で通知が来る。Apple Watchに届いた通知が表示されるが全て睡からのものだった。


「なあ……目の前にいるんだから普通に会話しないか?」


 睡は愉快そうに笑ってから言った。


「ですね、やっぱりお兄ちゃんの生声を聞いた方が心地いいですね」


 そこで生まれた一つの懸念について睡に断っておいた。


「睡、授業中には送ってくるなよ?」


「ああああ当たり前じゃないですか!? 私は節度を弁える妹ですよ!?」


 ああ、送る気だったんだな……授業中眠られるよりはマシかもしれないと少しだけ思ってしまった。


 それにしてもさすがに紅茶も冷めてしまったな……温くはあるが冷たくなるほど外気温が低くないのでまだぬくもりは感じられた。


「睡、紅茶のおかわりを貰おうかな?」


「はい! 今淹れますね!」


 こうして俺たちのティータイムは過ぎていくのだった。当然のごとく深夜まで睡から各種メッセンジャーに通知が届いたのは言うまでも無かった。俺は適当なところで通知をオフにして寝ることにしたのだが翌日睡に散々文句を言われたのだった。


 ――妹の部屋


「お兄ちゃんへ……最近どうですか?」


 いまいち……


「愛しい私のお兄ちゃんへ……」


 ちょっと露骨ですね……


「敬愛すべきお兄ちゃん……」


 うーん……何かが違いますね……


 私はその夜、お兄ちゃんへのメッセージについて書き出しを延々と悩んだ結果、全て送ってみて反応を確認しようという天才的発想に思い至り、私は全部の書き出しに本文をしたためてお兄ちゃんへと送り続けたのでした。

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