兄妹での読書

「う゛ぉえええ……疲れました……」


 睡が読書に音を上げて俺の方に泣きついてくる。


「お兄ちゃん、遊びましょうよ! スイッチやりたいです!」


「お前が本を読んでみたいって言ったんだろうが……」


 そう、俺が以前電子書籍を買った時から『お兄ちゃんの呼んでる本読んでみたいです!』と行ってきたので適当に本を何冊か貸してやったらウキウキで読み出してから数十分後にこれだ。むしろよく数十分持ったなと言うべきだろうか?


 ちなみに睡に渡した本は異世界物の初心者向けのやつだ。


「お兄ちゃん、あらすじだけ教えてください! 読んだ気になりますから!」


「お前つべでファスト映画とか見てそうだよな……」


 あまり難しい表現もないし、難解な言い回しもない物を渡したはずだが……コイツの希望は一体なんなんだろう?


「分かった分かった、じゃあ別の本を渡すから何がいいか希望を言ってみろ」


「兄と妹が愛し合うやつがいいです! 出来ればアレな描写もあればもっと良し!」


「アレって……なんとなくは分かるがそういった本は持ってないぞ」


「ちっ……」


 何故舌打ちをされなければならないのか、理不尽にもほどがないですかねえ……と言ってもブームになったこともある妹モノが無いわけではない、コイツに渡すのは危険と判断して排除しただけなのだが。


「待ってろ、一冊持ってくる」


 俺は一冊、有名な妹モノを一冊取りだして持っていく。睡はもうすでに読書をする気をなくしているのかテレビでアニメの配信を見ていた。


「ほら、これならお気に召すんじゃないか?」


「ほうほう……これが妹モノ……お兄ちゃんお勧めですか?」


「ああ、俺も妹モノは読んだがこれはよかったな」


 そう聞くと、睡は興味津々と言った風に眺めてから読書を始めた。


 …………


 しばらくの間沈黙が流れた。あまりにも静かなので俺は睡の方を見てみた、寝てるんじゃないかと思ったが熱心にラノベを読んでいた。さっきまで本を読む気がまるで無かったとは思えないほど熱心になっていた。


 俺は気にすることをやめ、自分の本に集中した。そろそろクライマックスになると思ったところで隣から嗚咽が聞こえてきた。


「う゛う゛……お゛お兄ちゃん! なんで妹が死んじゃう本なんて薦めるんですか! 面白いですけど……こんな終わり方ってないですよぅ……」


 そう、俺が渡した本はラストで妹が難病で死んでしまう作品だった。だからこそ妹との関係性が尊いものになると思うのだが、睡の方はそうではなかったようだ。


「そこが切なくていいんだろうが。ハッピーエンドばかりだとは限らないんだよ」


「妹が幸せになって欲しいと思うのが悪いことだという気ですか!」


 睡の妹に対する執着はすごいものがあった。最近妹キャラが少ないんだよなあ……とは思っていても言わなかった。少し前に比べて妹モノのラノベが減ってしまっている、異世界物が増えたせいと考える向きもあるが、俺は異世界物でも妹の出てくる作品は知っているのでそれは違うんじゃないかと思う。


「まあ妹って魔王に狙われたり、呪いにかかったり、悲劇のヒロインになることが多いからな……」


「納得いきません! 妹は兄とイチャイチャしていればそれでいいんじゃないでしょうか?」


「いや、話に緩急がつかないだろうが……日常系ならそれでいいかもしれないけどさ、大抵漫画だぞ、そういうのは」


 睡は考え込んでから俺に対して宣言した。


「私は妹モノの本を探そうと思います! と言うことでとりあえずkindleを買いますかね。無印とPWどっちがお勧めですかねお兄ちゃん?」


「PW広告抜きがいいんじゃないか? ちょっと高いけどな、ラノベなら容量はそんなに要らないから低い方でいいと思う」


「ふむ……なるほどなるほど」


 頷きながらスマホで検索している。


「ところで電子書籍ならスマホで読めるんじゃ……」


「やっぱり本気になって読むならE-inkじゃないですか!」


 そう言って俺に凄むので迫力の押し負ける。正直本が読みたいなら書店に行った方が早いと思うのだがな……睡は既刊から本を探すようだし。


 まあ俺みたいに本で溢れてしまって電子書籍に頼るようになるかもしれないので専用端末を買っておくのが悪いとは言わないが、結構高いんだよな……あの端末……


 広告付を買えば多少安いが、高校生が平気でポンと買える金額ではないと思うが、睡は謎の資金力があるので問題無いのかもしれない。俺みたいに計画なしに金を使うのとは兄妹なのに対照的だ。


 睡はスマホをすいすい操作して『良し!』と言っていた、多分購入が終わったのだろう。


「買ったのか?」


「ええ、保証付でね」


「お金があって羨ましいよ」


 まったくもってお金というやつは欲しい時にない物だ。なぜ余裕のある時に買いたいものが発売してくれないのだろう? 世の中って言う物はかくも理不尽だ。


「ねえお兄ちゃん?」


「もっと妹モノを持っているなら貸してくれませんか? 私の勘がお兄ちゃんはもっと持っていると告げているんですが」


「いい勘してるよ全くもう……持ってくるから待ってろ」


 睡はさっきの本と比べ渡した妹モノの方はあっという間に読み終えてしまって次の本をご所望だ。さて、何を渡したものだろう……


 悩んだ末に義妹がメインヒロインの本を一冊持って睡のところへ持って行った。


「ほら」


「どうもです」


 睡は一言そう言って興味深そうにその本を眺めてから読み始めた。ラブコメをあんなに熱心に読んでいるやつも珍しいな……気楽に読むものだと思ってたが……


 そうして俺はハードカバーを読みながら、ハードカバーってコスパ悪いよなあ、とか、文庫のコスパの良さを感じながら読み進めていった。しばらく読んだところで睡が俺の肩を叩いた。


「お兄ちゃん! これ面白いですね! 義妹なのがちょっと不満ですがやっぱり兄と妹のラブコメはいいじゃないですか!」


 そう熱っぽく語ってから、外出の準備を始めた。


「あれ? 何処か行くのか?」


「ええ、コンビニでプリカをまとめて買っておこうと思いまして……端末が届いたらたっぷり買いたいですからね!」


 そう言って自転車を走らせてコンビニへと睡は消えていった。ものすごい勢いだったので意志の力というのはすごいなあなどと考えながら見送った。


 十分後、一万円のプリカを買って睡は帰ってきた。お金ってあるところにはあるんですねえ……


 羨ましい気もするがこれまでの節約の成果なのかもしれないし、そこを妬んでもしょうがないだろう。


「さあて、買いあさるとしますかね!」


 そう言って睡はスマホで熱心に電子書籍の海を漁っていくのだった。俺は睡に『読み放題サービスもあるんだぞ』と言おうかと思って、コイツはのめり込むタイプだなと判断してやめておいた。


 その夜、睡は夜だというのに熱心にネットを漁っているらしく、隣の部屋からやかましい音が聞こえてきたので俺はスマホを取り出し、Wi-Fiのアクセスポイントをシャットダウンしておいたのだった。


 ――妹の部屋


「妹モノがこんなにある! 楽園はここにあったんですね!」


 私はライトノベルの妹モノの多さに感激しました。こんなフロンティアがあったことを知らなかったんですね……惜しいことをしていました。


 うーん……これもいいですねえ……そうして日が変わりそうな頃まで探していたら突然接続がWi-Fiから4Gに変わりました。


 お兄ちゃんですね……すこし帯域を独占しすぎたでしょうか?


 きっともう寝ろと言いたいのでしょう。お兄ちゃんに文句をつけるのは簡単ですが、きっとこれは私のことを思ってのことなのでしょう。


 私は熱に浮かされながら眠りました。

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