妹、風邪を引く

「クシュン!」


 睡がそんなカワイイくしゃみをしている、しかし現実は甘くない。睡は現在体温三八度、誰がどう見ても風邪だ。朝からこうだったので俺はやむなく学校を休み睡の看病をしている。


「うぅ……お兄ちゃん……お世話になります……」


「はいはい、お世話はたっぷりしてやるから寝てろ。


「だって朝食が……」


「俺がなんとかするって」


「お兄ちゃんがなんとか出来るわけがないと思うのですが……?」


 失礼なことを言う睡に対し、俺は誰がどう見ても問題の無い朝食であるゼリー飲料を冷蔵庫から取り出す。睡はあっけにとられている、無理もない、俺が朝食として完璧なものを出すとは思っていなかっただろう。


「お兄ちゃん、それをまともな朝食だとおっしゃる気ですか?」


「CMでも朝食代わりにしてるくらい立派な朝食じゃないか!」


 睡はやれやれと肩をすくめて朝ご飯を作ろうとする。それを俺が押しとどめて椅子に座らせる。


「頼むから寝ててくれ、心配だからさあ! 大人しく寝ててくれないかなぁ?」


「しょうがないですね……」


 そう言った睡はソファに歩いていき寝転がった、一応タオルケットもかけているので問題無いだろう。自室で寝ろと言いたいところだがこういうときに一人だと物寂しいという気持ちは分からなくもない。


 俺はゼリーを撮りだして、ついでにスポドリもつけて睡に渡す。睡は『ん……』と受け取ってそれを飲み出した。


「なんで風邪なんでひくんでしょうねえ……私としたことが……」


「まあそんな日もある。特別だ、今日は俺に甘えていいぞ」


 睡は苦笑した。


「いつもいつも甘えさせて貰ってますけどね? まあでもお兄ちゃんのサービスがいいというのは嫌いじゃないですよ?」


 そう言っているが喋るとゲホゲホと咳をした。睡は病院に行かなくても大丈夫と言っていたが本当に平気なのだろうか? まあ俺が学校を休んでしまった以上病院に行くというのも世間体が悪いという話なのかもしれない。


「ほら、アイスノンを出したから枕にしておけ」


 俺は冷凍庫から出したものにタオルを巻いて睡の頭の下に差し込む。出来れば部屋で寝ていて欲しいところだがソファでも体の八割くらいはカバーできるのでいいとしよう。


「アイスでも買ってこようか?」


「そうですね、出来ればチョコクッキーと言いたいところですが……今日はお兄ちゃんが側にいてくれるだけで満足ですよ」


 意外と殊勝な睡にいくらか驚きながら、俺は冷蔵庫を開けてドクペを取りだした。睡がゼリー飲料を飲んでいる隣で一緒に飲む。


「お兄ちゃんは病人の隣でジュースを飲みますかね……」


 睡は少し非難がましい目を向けてくるが俺も反論する。


「水は苦手なんだよ、お茶のストックもないし、これは何処でも安定して飲めるからな」


「ケホッ……お兄ちゃんちょっとそれ貸してください」


 俺の手からドクペをひったくって飲む睡、どうやらゼリーが喉に詰まったようだ。


「喉が痛いのに炭酸はきつかったですね……」


「大丈夫かよ……その判断力のなさはヤバいな」


「うぅ……お兄ちゃんがせっかく優しいのに何も出来ないです……」


「しょうがないなあ……」


 俺は自室に戻ろうとする、睡が俺に声をかける。


「お兄ちゃん、一緒にいてくれないんですか?」


 泣きそうな目だが俺にも考えってものがあるんだ。


「安心しろ、伊達に偏頭痛持ってるわけじゃないからな、痛み止めならたくさん持ってる」


 そう言って部屋へ戻った。


 さて、ここで状況を整理すると睡は頭痛より喉の痛みの方が酷いようだ。そして発熱もある。となるとNSAIDsを選ぶべきだろう。問題は睡が朝食をあまり食べていないということだ。胃にクルやつは避けた方がいいだろう。アスピリンやロキソニンは胃への負担が大きすぎるか……俺は少し考えてからカロナールの顆粒を選んで手に取り睡のところへ戻った。顆粒なら喉が痛くても飲みやすいはずだ。


 リビングに戻ると睡が体を起こしてこちらを見ていた。


「よかった……ホントによかった……お兄ちゃんが戻ってこないんじゃないかって思って……」


「自宅内で失踪できるほど器用じゃないね、これ飲んでおけ、水汲んでくるな」


 俺はコップを一つ取り水を汲んでから睡に持って行く。


「カロナールですか、無難なチョイスですね」


「無難が一番いいんだよ。たかが風邪に責めた処方はしないね、それともピリン系の薬をご所望だったかな?」


「私はお兄ちゃんを信じてますよ」


 そう笑って顆粒の袋を開けて飲んでから少しして、ようやく落ち着いたようだった。


 スヤスヤと寝息をたて始めたので俺も安心してスマホを取り出す、さて……何か買い物でもしようかな。


 そんな自由時間を楽しもうとしたんだが、隣で寝ている睡に悪い気がして結局その場で留まるのだった。


「さて、昼飯は……あるな」


 ゼリー飲料はちゃんとまだ冷蔵庫にストックがあった。俺の分がないのは少し困るところだが、幸いレッドブルが二本キープされているのでこれで昼食と夕食をまかなうことにしよう。


 一般的にはエナドリを食事代わりにはしないものだが、睡曰く『俺の料理を食べるならリンゲル液を点滴した方がマシ』だそうなので既製品に頼ることは決して悪いことじゃない。


 そうして1時間後、太陽が空の天辺に来たあたりで睡は目を覚ました。


「お目覚めかな? 昼飯はこれな!」


 そう言って睡にポンとゼリーを渡す。


「お兄ちゃん、もうちょっとまともな食事にしましょうよ……私が作りましょうか?」


「病人は寝てろ」


「強情ですねえ……ところでお兄ちゃんはまさかそれをお昼ご飯だと言い張るつもりですか?」


 俺が手に持っているレッドブルを見ながら言う。


「カロリーは結構あるし、サプリメントは部屋にあるから問題無い」


 栄養的にもサプリで完璧! 全く隙のない布陣だった。


「お兄ちゃん、私がよくなったらまともな食事を作りますからね……お願いですから体を壊さない程度には自分の体を気遣ってくださいね?」


「善処する」


 睡はやはり呆れ顔で俺を見ながら言う。


「行けたら行く並の発言ですね……」


 なんだ、分かってるじゃあないか。


「俺は食事にそんなにこだわらないんでな」


 そう言うと睡はクスクスと笑った。


「やっぱりお兄ちゃんには私がいないとダメダメですねえ……ふふふ」


「俺はメンタルにブレーキがついてないんだよ。基本的にどうでもいいことは徹底的に排除する、そうしてきたし問題無かった」


 睡が昼食のゼリードリンクを飲み終わったようなので水と二包目のカロナールを渡す。


「じゃあこれ飲んで寝てろ」


「ねえお兄ちゃん、熱も下がってきたようなので一つお願いが……」


「なんだ?」


「その……もし嫌だったら断ってくれてもいいんですが……」


「言ったろ? 今日はサービスするよ」


「じゃあ……膝枕をしてください!」


 風邪とは思えないほどに大胆なことだったが、カロナールで熱も下がったのだろう。顔の赤さもひいていた。


「今日だけだからな?」


「はい……」


 俺が睡の隣に座って睡が俺の膝に頭をのせる。


「お兄ちゃん、このまま寝ていいですか?」


「ああ、ゆっくり寝ろ」


 俺がそう言うと睡はあっという間に眠ってしまった。どこかのメガネ小学生並みの寝付きの良さだった。


 そうして俺は少し後悔した、なんと睡は夕方まで起きなかったのだ。つまり俺は数時間にわたって膝枕から離れられない状況となってしまった。


 睡が起きた時、俺は必死に平静を装っていたが、足がピリピリしびれていて辛かった。


「さて、夕食は……」


「もちろんこれだぞ」


 本日三回目のゼリー飲料を差し出してやる。ちなみに今日睡に渡したのは全部違う味だ。その辺の配慮くらいは出来る。


「うへぇ……悪いわけじゃないですけどさすがに三食それはどうなんですかね……?」


「俺の手料理がお望みかな?」


 睡は首をブンブン振ってゼリーを飲み始めた。そんなに俺の料理がダメなんだろうか?


 そうして飲み干してから睡はこちらを向いて笑顔で言った。


「お兄ちゃん! ありがとうございます!」


 その微笑みのせいで愚痴を言おうかと思っていた気持ちも吹き飛んでしまったのだった。


 そうして一日が終わり、睡を部屋に戻して――本人の希望でお姫様抱っこだった――俺は寝ることにしたのだが深夜まで隣の部屋からバタバタ音がして眠れないのだった。


 そりゃそうだよな……半日くらい寝てたんだもんな、そりゃ眠れないだろ。


 呆れながら俺はなんとか寝ようと頑張るのだった。


 ――妹の部屋


「お兄ちゃん! お兄ちゃん! おにいちゃーーーーーーーーーん!」


 ふっふっふ……こんな贅沢が許されていいのでしょうか! お兄ちゃんの足を独り占めしました! 最高の贅沢じゃないですか!


 私は歓喜に震えながらお兄ちゃんの体温を感じていた頭が、風邪はもうよくなっているはずなのに暖かくなってくるのを感じるのでした。

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