妹のガチャ祈願

「お兄ちゃん、涼しくなってきましたね!」


 睡が突然そんなことを言い出した、現在九月後半、お世辞にも涼しいとは言えないと思う季節なのだがコイツの体内の気温計は氷水に浸かっているんじゃないだろうか。しかし実際にエアコンの効いた部屋で汗を軽くかいている俺に対して湿り気すら見えない睡、実際に涼しいと思っているのかもしれないがこの時期から本気で涼しいと思っているなら冬場はどうなるんだろうな。


「まだ暑い気がするが……何の用なんだ? どうせまた何か思いついたんだろう?」


 睡はゆっくり頷いて俺に語りかけた。


「実は町外れの神社にですね……なんと幸運祈願の神様がまつってあるそうなんですよ!」


「不幸を祈願してる神社なんて無いし、この暑い中出かけることが不幸だとも思うんだが?」


「そんなことは置いといて、ガチャを引きたいのでお守りを一つ買っておきたいんですよね」


「その金でガチャを一回でも多く回した方がいいと思うんだが……?」


「お兄ちゃんは十連を何回回しても最高レアが出なかった時の悲しさを知りませんね? マジで神頼みでも何でもしたい気分なんですよ!」


 よく分からないがとにかく睡が無駄遣いをしていることだけは分かった。本人のお金を使うのは自由だが使っちゃいけないお金に手を出しそうでそこら辺が恐ろしい。


「お兄ちゃん! お願いですから私と一緒にガチャで最高レアが出るように祈願してくださいよ-!!!!」


 神様もしょうもないお願いに来られても迷惑するだけじゃないだろうか? というかソシャゲの神っているんだろうか? 運営のことかな?


「さあレッツゴーです!」


「普通に考えてお前のガチャ祈願に俺がついていく必要無くない?」


 睡は当然のごとくついてこいと言っているが俺がなんで睡のガチャ運を上げる必要があるんだ……


「何を言ってるんですか? お兄ちゃんには私に借りがあるでしょう? それを今返さなくていつ返すと言うんですか!」


 確かに幾らか前借りした時にお願いしたし借りには思ってるけどさあ……本当に借りを返すのがガチャの祈願でいいのか? まあ本人が満足しているならそれでいいのかもしれない。


「もちろん断りませんよね?」


 ニッコリしながらそう問いかけ……もとい強制してくる。さすがに八月ほど暑くは無いとは言え空調の効いていない空間へのお出かけは遠慮したいところだ、ところなのだが……


「分かったよ、行きます、それで貸し借り無し。いいな?」


「オーケー、またいつでも私に借りを作ってくださいね?」


「こうして返すのが大変だから嫌なんだよ……」


 まあそんなことを言ってもしょうがないので諦めて出かける準備を始める。買い物の予定は無いけど財布とスマホは持って行くことにする。ポケットにそれらをしまって出かける準備をする。


「さて……睡の準備はいいか?」


「こっちは完璧ですよ、というかお兄ちゃんにお願いする前から準備してましたから!」


 なるほど完璧なのだろう。俺が断るという可能性は想像しなかったらしい。まあ俺も自分が多分断らなかっただろうと思うだけに予想も残当と言ったところだ。


「よし、じゃあ行くか! 神社はどこにあるんだっけ?」


「町のスーパーがある方ですね、スーパーを超えてしばらく行ったところですね。自転車でもいいですが……せっかく涼しくなったので歩いていきましょう!」


「えー……自転車の方が楽だろ」


「お兄ちゃんは私に借りがあるのを忘れたんですか?」


「わかったよ」


 こればかりはどうしようもない、貸し借りは作った方が悪いんだ。俺も大概目先の欲に目がくらんだなあ……


「よし、じゃあ行くか」


 諦め気味に俺は玄関に行く、睡もパタパタと後からついてくる。スーパー向こうの神社って言えばあそこだな、歩きには少し遠い気もするが行くとするか。


 ガチャ


 玄関を開けると熱波が降りかかってくる。九月のくせに生意気だ、と言いたいところだがこの辺の皆は空調の効いた車で移動するのであまり徒歩生活者に配慮しているとは言えなかった。


 スタスタと俺たちは歩きながら何でもないようなことについて話をする。学校でのこと、一年の天候における夏の割合が大きくなっていること、勉強のポイントについて、最近呼んだ本のこと、様々なことを話し合いながら歩いていった。睡はガチャも引いていないのになんだか嬉しそうにしていた。悪いことじゃない、これが貸し借りの関係しない話だったらさぞ美談になっただろうなと思う。打算の絡まない関係というのはきっと素晴らしいのだろう、でも現在の俺は暑さにやられ判断力さえ鈍っていた。


 そんな意識をしっかりと持っていないと、意識が飛び去ってしまいそうな徒歩の道を延々と歩いてようやく目的の神社に着いた。


「ふぅ……着いたな……」


「お兄ちゃん、この程度で息が上がるのは情けないですよ?」


 そう言う睡は汗の一つもかいていない、コイツが自動機械だと言っても信じられるレベルの体力だ。


「うっさい……俺はただの人間なんだよ……」


「まったくもう、私だって人間ですよ?」


 残暑厳しい中延々と歩いて息も上がらず汗も全くかいていないとか人間離れしてるんだよなあ……そういえば犬は汗をかかないってどこかに載っていたな……犬……


 睡を一瞥してから意味のない空想を頭から追い払ってさっさと神社の鳥居をくぐる。何かルールがあったような気がするんだが暑さと時間が俺の頭の中から宗教的なマナーを吹き飛ばしていた。


「しかしガチャ運を上げるのに神頼みねえ……お前はそんなもの信じてないと思ったんだが……?」


「まあ百連して爆死したらそりゃ神頼みだってしたくなるってもんですよ……」


 百連!? 一回三千円が相場だし……百連したら……計算したくない数字が頭の中に浮かんでいた。


「さっさとお守りでも買って帰ろうぜ」


「まったく……お兄ちゃんには情緒ってものが無いですねえ……」


 呆れながら睡はさっさと詰め所にお守りを買いにいった。俺はなんとなく神聖な気分になりそうな場所でガチャなんて言う俗の極みのようなことをお願いしていいのだろうかと少し疑問に感じた。まあ俺がお祈りをするわけじゃないんだし責任は睡にあるのだろう。そこについて考えるとキリがなさそうだった。


「お兄ちゃんお待たせ! じゃあお参りしてから帰りましょうか!」


 睡はその手に小さな小袋を持って賽銭箱の方に向かった。俺も後をノロノロと着いていって、鐘を鳴らして手を合わせた。


 神様とやらがいるのかはとんと知ったことではないが、睡が隣で満足そうにしているのをみてそれでいいのだろうと思うことにした。


 パンパンと手を叩いて睡は俺の方に向き直った。


「じゃあ帰りましょうか!」


 そう断言してさっさと神様に背を向けて帰り出すあたりあまり信仰心というものはないんだろうなと、睡のことについて予想はついた。まあ妹が信仰している宗教なんて気にしないからな! 将来コイツの面倒を見る奴に頑張って任せるか!


 そんなことを考えていると睡に足を軽く踏まれた。


「何するんだよ!」


「お兄ちゃんがちょっと私に失礼で無責任なことを考えているような気がしましたもので」


「エスパーかよ……」


「おや、正解でしたか?」


「さあな……」


 そう言って帰途についたのだった。


 帰宅後、睡は部屋に戻ったので俺も冷房をガンガンにかけた部屋に戻ったのだがその時隣の部屋から歓喜の色を含んだ奇声が聞こえてきたので睡のガチャの結果については『おめでとう』とだけ思うのだった。


 ――妹の部屋


「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」


 SSRが来ました!!!!


「ひょっっっほいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!」


 おっと、取り乱しました。久しぶりに最高レアを引いたので思わず昂ぶってしまいました。最近Nばっかりでてましたからねえ……レア確定の十連でもRが出るとか当たり前でしたし……


 私はそのカードを眺めながら、これを引いた運がお兄ちゃんのおかげなのか、あるいは神様のおかげなのかを少し考えた上で前者であって欲しいなと願うのでした。

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