妹の怪しい通販
ピンポーン
夕方になりドアチャイムが鳴ったので誰だろうと思って玄関に向かう、睡はその手のことは俺にお任せとばかりにテレビでYouTubeを流し続けながら俺に『行ってきて』と言われてしまった。別に構わないのだが学校ではまともな生活が出来ている割にコイツは家では生活が破綻している気がしないでもなかった。
呆れながらも玄関に行くと郵便で白いパックが一つ届けられた、見たところ特徴の無い包装だが……俺には見覚えのある包装だった。
宛先が睡なので睡のところへ持って行きながらその軽い品物がなんだろうかと考えていた。まあ……あまりいいものじゃないんだろうけどな。
「あ、誰でしか?」
睡がそう尋ねる。
「ああ、郵便だったよ、お前宛のものだぞ? ほら」
その多少大きめのパックを睡に渡した、本人がポカンとしてから少しして思い出したかのように受け取った。
「無事届いたんですね……届いたら儲けものくらいに思ってたんですが」
まあ某国の通販で届く梱包のテンプレみたいなものだしな、届いただけで御の字と言いたい気持ちは分からんでもない。
「アリエク? ウィッシュ?」
「アリエクですね、てっきりブッチされたかと思ったんですがちゃんと届きましたね」
「無駄遣いはどうかと思うが、まあ使うってほど高いものもあんまり無いけどさ」
よほどの大物でなければ高いものは無い。その手の某国通販ではとんでもない安さで売っている、品質どころか当たり前のごとく偽物が届くのが基本だ。なんなら届かないまで当たり前のごとくある。
「何買ったんだ?」
「デジカメです! 四桁のお値段がしましたが三千円くらいでした!」
確かにそれは安い方だな、国産だと安いのでも一万円くらいはするからな。もっとも、国産のジャンク品を買った方が安心じゃないかとは思ったのだが口には出さなかった。そもそも届いたカメラが新品かどうかさえ怪しいとは思うのだがな。
「それで料理でも撮るのか?」
「いえ、お兄ちゃんを撮影しようと思いまして、スマホでもいいんですけど鮮明な思い出を残したいじゃないですか!」
家族のアルバムってやつだろうか? ネットにアップロードするならスマホの方が圧倒的に楽なので外に向けて公開したい類いのものではないのだろう。家族写真なんて微笑ましいものじゃないか、コイツは平気で盗聴器だって買いそうなやつなので思った以上に平和的な発想に安心した。
「へえ、家族写真か、いいな、そういうの……」
「へ!? あ、ああ! そうですね! 決してお兄ちゃんを隠し撮りしようとか考えてないですよ!?」
なんだか全てを台無しにするような発言があったような気がするが聞かなかったことにしよう。まあ他人に迷惑をかけないなら個人の自由の範囲でやる分には俺がとやかく言ってもしょうがないだろう。そして睡は他人様に迷惑をかけるようなことはほぼしない、俺に迷惑をかけることは盛大にやるがな……
「まあいいや、人に迷惑をかけないなら構わないよ」
睡は小躍りしながら喜んでいた。
「いやっほういいいいいい!!!! お兄ちゃんがデレました! 私の努力の勝利ですね!」
楽しそうにそう言っているので俺の盗撮はやめろと言おうかと思ったのだが、それを止めたところでこっそりやるだけだろうし、地下に潜られても困るので止めるのは諦めた。
「お兄ちゃん! 撮りますよ!」
そう言われそちらを振り向いたところ睡がボタンを押して撮影していた。ところで……
「それ撮影音が鳴らないのか?」
「そうです! だから買ったんですよ! これがあれば……ふへへ……」
邪悪な笑みを浮かべる睡に対して俺はシンプルな疑問を一つあげた。
「ところで睡、写真を撮ったとして保存はどうするんだ? 普通PCを使うことが多いけど……?」
恐らく撮影しているストレージはSDカードだろう。SDカードのまま保存することは出来るがあまり信頼性の高い方法ではない。外部ストレージにバックアップを取るのは基本だ。
「へ? 普通に転送アプリは無いんですか?」
そこからか……そこからなのか……
「何処に撮ってるのかは見てみないと分かんないけどデジカメに入れたままだとそのうち消える可能性があるぞ」
「ぴぎゃああああああ!!!! お、お兄ちゃんの写真が消えちゃう! お兄ちゃんなんとかしてください!」
「じゃあそれなりに撮ったら俺のPCに保存しておくか?」
睡は顔を真っ赤にして反対した。
「それはちょっと……恥ずかしいです……」
一体何を撮影する気なのかは知らないが、とにかくなんとかスマホで完結させる必要があるようだ。どうしたものかな……ああ、アレがあった。
「睡、ちょっと待ってろ」
「え!? お兄ちゃん!?」
部屋に戻って一枚のSDカードを机から取り出して持って行く。睡にその小さなカードを渡すと、俺は説明した。
「これでWi-Fi経由でスマホに転送できるぞ。あとはまあ……クラウドなりなんなりに保存しておけばいい」
睡は白いチップをしげしげと眺めてからそれをスマホに差し込む。
「後はスマホのWi-Fiを開いて……そうそう、とりあえずアプリをダウンロードして、そうそう、後はWi-FiのそのIDに繋いで……アプリを開けば……そうそう」
睡は頷きなら操作をする、スマホにカード経由で写真が転送されていく、さっき届いたカメラなのに内部ストレージに俺の写真が溢れているのに突っ込みたかった。
「おおぅ……お兄ちゃんの写真をこれで保存が出来ますね!」
「そうだな、おめでとう」
なんとも言えない気分だったが本人が満足げなのでそれに合わせておいた、俺は一の勢いを止めるのは気後れするタイプだからな……
「お兄ちゃん! ありがとうございます! 上手くいったのでお礼の一枚を撮らせてもらえませんか?」
何がお礼なのかはさっぱり分からん、とにかくこのトラブルが一つ片付いたので俺もそれで終わりということにしたのだった。
それから夕食を食べてお風呂に入って寝たのだが、何故かその日は一日カメラのレンズが俺の方を向いてるんじゃないかとビクビクしながら過ごしたのだった。後日、睡がクラウドストレージの容量を使い切るまでそれほどの時間はかからなかった。
――妹の部屋
「ひゃっほおううううううううううういいいいい!!!!!」
お兄ちゃんの写真が取り放題! もうスマホのシャッター音に気づかれる心配なくお兄ちゃんを撮影できます! やりました!
もうすでにカメラが届いた当日だというのにSDカードの容量一杯までお兄ちゃんを存分に撮影しました! しかも! お兄ちゃんは気がついていないようなのです! お兄ちゃんの自然な写真を簡単に撮れる! 最高じゃないですか!
私はその日、全ての写真をスマホに転送するのに時間をかかるほどたくさん撮影してついぞ経験しないほどに満足なのでした。
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