妹と映えるモノ
コンコンと部屋が控えめにノックされる、睡だろうかと思ったがアイツなら用事があれば部屋に即突入をするだろうと思い考え直した。そうしてドアを開けたところ睡がしょぼんとしながらそこに立っていた。
「睡だったのか……珍しいな、ノックしてくるなんて」
こっちが何をやっているかお構いなしに突撃してくる睡にしては珍しくしおらしい様子で立っていたので俺は逆に心配になってきた。いつもなら『お兄ちゃん!!!』とやかましく突入してくるだろうに、珍しいことだ。
「ええと……何か用があるのか?」
コクリと睡が頷く、どうやらまーた面倒事を持ち込んできたらしい。
「お兄ちゃん! これを見てください!」
そう言って睡が差し出してきたスマホには写真が一枚映っていた。
「インスタ?」
睡は頷く。
「はい、そしてこのタグを見てください!」
そこにアップロードされた画像のタグには……『リアルが充実しすぎてヤバい』と書かれていた。何の変哲もないカップルで食事をしている様子の画像だった。そんな誰とも知らない誰かさんがどれだけリア充ムーブをしていても知ったことではないのだがな。
というか俺はさっさとPCに戻ってソースコードの続きを書きたかった。できればインスタとか言う自己顕示欲をオーバーフローさせた人たちの大好きなSNSは苦手だった。自己満足している分には知ったことではないがそれを見せられると嫌気がさすというものだ。
「それで、一体なんの用なんだ? 俺にそれを見せられてもどうでもいいとしか思わないんだが」
そう聞くと睡は文句を延々と言ってきた。
「お兄ちゃんはこのアピールが平気なんですか? こんな露骨なマウント取りなんて早々しませんよ! しかもこの投稿をわざわざグループラインに送ってきたんですよ!? 私はレスバとマウント合戦で負けたくないんです!」
全く自慢になっていない自慢をしてくる睡、というかコイツがグループラインに入る程度には交友関係があってよかったなと思う。友人らしい友人のいない俺からすれば別に気にならないし、お好きにどうぞと思うのだが、我が妹様はそれが大層気に食わないことらしい。
そうして延々と自分がいかに充実しているかを語り出す睡。
「私とお兄ちゃんとの暮らしよりこのくだらない二人の食事の方が上だって暗に言われたんですよ! 絶対に負けたくないです!」
ものすごくくだらない理由だった。本人は満足しているならそれでいいじゃないかと思うのだが、社会生活には上下関係というものがあるらしい。俺はできるだけそういったものとは無縁でいたいと思うし、睡もあまりそういったものに気をもませたくはないと思った。
ナチュラルボーン階級闘争な社会に生まれた睡にはどうにも我慢の出来ないことらしい。
「それで、一体俺にどうしろと?」
「はい! お兄ちゃんに私と一緒に食事をして貰おうと思いまして! ツーショットを撮って私のインスタにアップロードしたいんです!」
「えー……」
とても気の進まない話だった。そもそも俺と一緒に写ったところでマウントに勝てるとは思えないし、ネットに自撮りを上げることさえ気が進まなかった。パリピな皆さんがどれだけ楽しもうが俺にとってのネットはリアルとは別の空間だし、そこでリアル知人と関わりたいという睡の気持ちはさっぱり分からなかった。
「それ、俺が映らないほうがマウントには有利じゃないか?」
自分の評価を知らないわけでもないので個人的には俺をうつさなくてもお洒落な『映える』ランチなどできそうなものだと思うのだが、睡はふんすと俺に迫ってくる。
「お兄ちゃん『と』一緒に写真を撮りたいんですよ!」
はぁ……しょうがないなあ……ものすごく気が進まないが、睡と平行線をたどる議論をするのもまた十分に不毛な行為だと思うので俺も不承不承その提案を受けることにした。
「分かったよ……今日だけだかんな?」
睡はすごい勢いで頷いてから俺の手を引っ張る。
そうしてキッチンについてから睡は料理を始めた。
「睡が作るのか? あの写真だとカフェかどこかの外食だったみたいだけど?」
睡は暗い笑みを浮かべて言う。
「お兄ちゃん、大枚はたいて写真を撮るためだけに安くもない料理を注文した人に対して原価のみで手作りしてそれを見せてあげると悔しいでしょう? あなたがお金出して買ったものを私は素材のみで手作りできるんですよ? というマウントがとれます」
ものすごく性格の悪い発想だった、原価厨は人の手間にお金をかけるということを知って欲しいのだが、睡はどうにもそんな気持ちは理解する気などさらさら無いようで、満足げにしていた。
「大概お前も性格がよくないな?」
「お兄ちゃん以外にどう思われても全く構いませんからね!」
だったらマウント合戦からも降りれば良いのにと思ったのだが、睡としては人に負けるのが気に食わないのだろう、こればかりはどうしようもないので諦めてやりたいようにやらせることにしたのだった。
トントン……サクサク……ジュウジュウ
切ったり焼いたり似たりする音が聞こえて、昼ご飯のメニューが肉であることはなんとなく分かってきた。
「睡、昼ご飯はなんだ?」
「ジャンバラヤにしようかと思います! 向こうはパエリアなようですし、近いものを作った方が相手へのダメージには大きいでしょう?」
そんな生活をしていて毎晩夜空に月があると思うなよと言いたくなった。しかし睡なら闇討ちにさえ勝ってしまう(物理)だろうから多分その線で説得をしてもしょうがないだろうな。そんなことを考えていると料理ができあがって持ってきた。見たところ海外風な炊き込みご飯と言ったところが近いだろうか? 確かに食欲をそそる香りはちゃんと漂ってきていた。
盛り付けられたジャンバラヤが俺の前に置かれて取り分けられて二つの皿に盛り付けられた。
「じゃあお兄ちゃん、ここで私にぴったりくっついてください!」
そう、二皿は横に二つに盛り付けられていた、そう、睡の分は俺のすぐ横に置いてあった、向かい側ではないところで気がつくべきだった。
「マジでやるのか……」
ものすごく気が進まないが、睡がそう言っている以上てこでも動かないだろうから諦めて睡と隣同士に座った。そして体をピタリとくっつけてからスマホのインカメラをこちらに向ける。俺と睡の間に隙間は全く無かった。非常に柔らかな感触が伝わってきて非常に居心地の悪さを感じてしまう。
「じゃあお兄ちゃん! 撮りますよ!」
カシャリとスマホのカメラで撮影された俺と睡の画像がそこからインスタにアップロードされ、世界の誰からでも見られる環境に置かれてしまった。
そうしてその夜、睡の部屋からはなんとも不気味な笑い声が聞こえてきて、兄としては妹の交友関係が無事に維持されるかどうかが心配になるのだった。
――妹の部屋
「よっしゃあああああああああああああああ!!!! お兄ちゃんとのツーショットですよオラァ! 私にマウントとったことを反省しやがりなさい!」
私が渾身の勢いで透過した画像に対する反応は……『料理美味しそう』というものでした。くっ……お兄ちゃんに触れている人が誰もいない……
とはいえひとまずの勝利を収めたと言うことで私は満足です。ふひひ……ついつい下品な笑い声がでてしまうほどには私の気分は良いものでした。きっと良い夢が見られるでしょう……私は、満足、です……
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