小噺集
丸井珈琲
第1話
すぅ。と息を深く吸い込んで、頭を上げる。
視界いっぱいに青が広がり、その青を分つように飛行機雲がすぅ。と伸びてゆく。
ふぅ。と吸い込んだ息を吐けば、太陽の光で目がチカチカ。とする。
「またね」
もうこの空を見れるのも、最後だろう。
『ぐろーいんぐ、あっぷ』
「西野、東京行くんだって?」
屋上でサボり。もとい天空観察をしていると、後ろから声をかけられた。
彼女は東谷。この辺一体の大地主の一人娘。
「うん。やりたい事があるからね」
「そっかぁ。東京かぁ」
断りもせずによっこらしょ。と私の横に腰を下ろす彼女。少しだけ身体を右に動かして、彼女を受け入れる。
「東京行って、何するの?」
「音楽。どこまでやれるか試してみたいんだ。自分自身を」
「西野、ギター上手だもんね。私、西野のギター好きだよ」
ありがとう。なんだかその言葉が気恥ずかしくて出なくて、ん。と答える。
「東谷は……ここから離れられないの?」
「まあね。家業を継がなきゃだからね」
「そっかぁ」
東谷は地主の一人娘だが、それを鼻にかけるという訳でなく、普通に私や他の子にも接してくれる。
いわゆるイヤな金持ち。みたいなのは全くない。
「でもさ西野」
「ん?」
「例え西野が東京に行って、私がここに残っても、この空は一緒に見れるよ」
「この空って……私は東京に行くんだよ?」
ここから見る空と、東京から見る空は、絶対変わって見える。東京にまだ行った事ない私だけれど、それは断言できる。
「それでも見れるよ。だって同じ空だもん」
そう言って笑う彼女につられて、私も笑ってしまう。
「そうかもしれないね…。ていうか東谷、アンタもサボってて平気なの?」
「平気平気。今まで無遅刻無欠席だったし、今日くらいサボっても」
「そ……ねえ東谷」
「ん?」
「………卒業おめでとう。」
「………こちらこそおめでとう。西野」
「また会えるように、約束しようか」
「ううん、約束なんていらないよ。だってー」
「同じ空で繋がってる、からか?」
「正解。それじゃあそろそろ行くね」
「うん。………東谷」
「ん?」
「……またね」
「うん。また」
屋上のドアが軋む音を聞き遂げて、もう一回、空を見上げる。
視界いっぱいに広がる青に、太陽の光でやはり目がチカチカする。
けど、それが不思議と、心地良かったんだ。
小噺集 丸井珈琲 @maru_coff
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