僕の大学生活は。

 僕は、結局告白しなかった。あの友人の言い分が分からないではなかったが、普通に無理だったのだ。


 僕にとっての彼女は視界に入るだけで胸が高鳴る存在で、目が合えば呼吸が止まってしまって、話しかけられれば不整脈が起こるのだ。朝日奈さんは客観的に見て間違いなく普通の女子生徒なのだが、僕の中の恋心という領域に於いては一種の偶像であり、聖域であり、触れてはならない存在だった。

 朝日奈さんに彼氏が出来るかもしれない、いやきっと出来るだろう。それは想像するだけでご飯が通らなくなる情景だったが、彼女が幸せに笑っているならそれでも良いと思った。

 僕と彼女の間には存在の格として絶対的な隔たりがあるのだ。自分のような存在が彼女に想いを告げる、あわよくば交際しようとするその行為自体が酷く身の程知らずに思えてならなかった。己がもっと格好良くて、運動も出来て、社交的だったらもっと違ったのだろうか。夢想した所で矮小な自分との差異に惨めになるだけだった。


 大学は、受かっていた。朝日奈さんは分からないがきっと受かっている事だろう。友人は大分前から推薦で遠くの大学に決まっていたので、卒業後は引っ越しだなんだとあまり会う機会がなかった。不甲斐ない僕をどうしようもない奴だな、まあ頑張れよと適当に励ましながら一人で飛行機に乗って行ってしまった。


 スマホを掲げると真新しいスーツ袖に皺が入った。桜の写真を撮りつつ入学式会場に入る。

 人の波、波。誰しもがおんなじに見える。僕も同じ有象無象だった。耳を素通りする祝辞の中何となく彼女の姿を探してしまうけれど、全く分からなかった。




 それから数ヶ月経った。夏休みの構内は普段ほどではないもののサークル活動に勤しむ生徒、補講に向かう生徒で、自習する生徒とそれなりに人が居た。

 僕は美術部に入ったので、学祭用の大きな看板を描いていた。中庭に大きく新聞紙を敷いて、パネルを並べる。絵の具は一つのバケツに一色ずつ、絵筆は大きなものと小さなものをそれぞれ絵の具の数だけ。下書きに沿って複数人で黙々と描き進める。

 ーーあれから、朝日奈さんも同じ大学にいると知人から聞いて知ったが、それだけだった。この広い構内で一度も見かけたことはなかった。

 期待していなかったと言えば嘘になる。期待していた、たまにばったり会って久しぶり、と挨拶されるーーそこまで行かずとも、朝日奈さんの事だから友人に囲まれている様を見かけることくらいは出来るのではないかと。

 現実はそこまで都合の良いものではないらしい。僕の中での朝比奈さんは、ガーベラを携えて、セーラー服を着て笑った姿で止まっていた。


 「そろそろ休憩するぞー」

 「あ、はーい!」


 昼ご飯を食べながら先輩が冊子を渡してきた。


 「学祭の日程表大体できたから回って来たわ。出来てる所は紹介ページも印刷されてる」


 美術部は大学入り口の看板を描く以外はブースに作品を展示するだけなので受付を交代でする以外殆ど暇だ。部活の友人と一緒に回ろうかな。


 「ごめん、俺彼女と回るから…」

 「まだ何も言ってないんだけど!?」

 「君結構顔に出るんだよね」

 「えっ嘘…」


 誘う前にフラれたし同類だと思ってたのに彼女いたし顔に出てるとか言われた。横にいる先輩は爆笑していた。クソッ先輩だから怒れない、辛い。

 若干不貞腐れながら出来かけの学祭パンフを物色する。パンフレットとは別にビラもいくつかあった。ミスコン募集要項、5人組参加のクイズ大会、軽音楽部コンサートの詳細……ん?

 軽音楽部のビラの中に朝日奈さんの名前がある。朝日奈さん、軽音楽部だったのか。彼女の名前の横にはGt.と書いてあった。行けばきっと元気そうな姿を見られるのだろうし、ギターを弾く朝日奈さんもきっと素敵だろう。

 当日は一人で回るのがベストだな。頭の中で予定の最優先事項に『軽音楽部 コンサート』と入れていると不意に先輩が紙を覗き込んできた。


 「軽音楽部に好きな子でもいるの?」


 そんなに?そんなに顔に出てる??

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る