第20話 激闘

「うおおおッ!」

 黒装束の男が、半月刀を振り下ろす。真紅の髪を風になびかせ、セレナはそれをヒート・ソードで受け止めた。ヒート・ソードの高熱に負けて、敵の刀は湾曲する。

「そんな…!」

 動揺する敵に、セレナは剣を突き立てた。心臓を一突き。即死である。苦しまずに死なせてやろうという、セレナなりの敵に対する優しさだ。

 ドウッ、と、敵は白目を剥いて砂の上に倒れた。

 セレナはそれを哀れそうに一瞥した。

 と、その時。

 セレナのすぐ後ろで、刃と刃がぶつかる音がした。振り向くと、新たな敵が一人、ライロックと戦いを演じていた。

 ライロックの剣は、ヒート・ソードではあるが、赤い輝きを帯びていない。ロードがスイッチを押すことを禁じたのである。ヒート・ソードは慣れない者が扱うと、その高熱で自分の身体を傷つけてしまうからだ。セレナもそれは理解していたから、ロードのその意見には賛成だったし、ライロックも承知した。だがそのため、ライロックの剣は相手の刀を使用不能にすることができず、今彼は、防戦一方だった。

「王子!」

 セレナがライロックの元に駆け寄ろうとする。が、刹那、背後に気配を感じた。

「!」

 セレナは反射的に振り向き、剣を真横に構えた。

 すると案の定、敵の刀がそこにぶつかってきた。敵は自分の刀がセレナの剣に触れた瞬間、すかさず刀を引いた。ヒート・ソードによって刀が破壊されることを、この敵は理解しているようだ。

 セレナは、ライロックのことが気になったが、助けに行くことができなかった。新たに二人のワーム族がセレナに向かって来たのだ。彼らは瞬く間にセレナを囲んだ。

 これでは、すぐにライロックの元へ行くという訳にはいかない。しかも敵は、セレナを牽制するだけで、まともに対峙しようとしない。おそらく、敵にとって脅威であるセレナの動きを封じるつもりなのだろう。

「王子…!」

 セレナは早くライロックの元へ行かねばと剣を振るった。だが敵は、後ろに引いてそれをかわしたかと思うと、すぐに前進に切り替えて刀を突き出す。しかもセレナがその刀を振り払おうとすると、すかさず後退して避けるのだ。こうして、セレナは囲いの中に完全に封じ込められた。

「く…!」

 セレナは、下唇を噛んだ。

 その頃ライロックは、未だ敵の攻撃を必死に受け続けていた。

「そらそら! そんな受け方じゃあ、今すぐにでも斬られるぞ?」

 敵は、愉快そうに刀を振る。ライロックはそれをどうにか受け流しながら、この状況を打開する方法を考えていた。

 ──攻めて攻めて、攻めまくれ!

 ロードの言葉が脳裏に浮かぶ。だがこの状況では、攻めに回る隙がない。受けるので精一杯だ。

「どうしたどうした!」

 敵は、完全に遊んでいる。ライロックは、自分の無力さに苛立った。

(どうにか…どうにかしなくては…!)

 何とかして攻撃に転じなければ、殺される。ライロックは、必死に相手の隙を探した。だが相手は遊んでいるとはいえ、ライロックに攻める隙を与えていない。ライロックは、一瞬勝負を諦めかけた。しかしその時、彼の脳裏に、父と母の顔がよぎった。

 ここで死ぬわけにはいかない。ライロックは思った。ここで死んだら、必死の思いでユーフォーラを脱出してきたことが、すべて無駄になる。

「私には…まだやるべきことがあるんだ!」

 ライロックは叫んで、夢中で柄のスイッチを押した。

 次の瞬間、ヒート・ソードはその本来の姿を現した。高熱が刃に宿り、赤く輝く。

「何ッ!?」

 これには、さすがに相手も狼狽した。だが、まずいと思った時には、刀はヒート・ソードにぶつかっていた。高熱に負けて、刃が湾曲する。

「しまった!」

「今だッ!」

 隙を見つけた、とライロックは思った。そしてすぐさま、剣を突き出す。

「ごあああッ!」

 ライロックの剣は敵の腹を貫いていた。

「こ…この…!」

 敵は大きく目を見開いて、ライロックに手を伸ばした。ライロックは素早く剣を抜いて、敵から離れる。敵は血が流れ出る腹を押さえ、うつ伏せに倒れた。気を失ったか、それとも死んだのか、そのまま敵は動かなくなった。

「や…やった…」

 荒い息で、ライロックは呟いた。と、視界に、三人の敵に囲まれたセレナの姿が映る。

「セレナ!」

 ライロックは全力で走って、敵の一人に斬りかかった。その男は驚いて振り向き、咄嗟にライロックの剣を刀で受け止めようとした。だが、ライロックの剣も高熱を帯びている。敵の半月刀は、真っ二つに割れた。

「なっ…!」

 ライロックは驚愕する敵に剣を振り下ろす。敵はかろうじて避けたものの、反撃する武器がない。戸惑っているうちに、背後からセレナに斬られた。

 断末魔の絶叫と共に崩れゆく敵の後ろから、セレナが駆け寄ってきた。

「王子! よくご無事で!」

「心配をかけたな!」

 ライロックとセレナは並んで、残りの二人に相対する。

「王子、その剣は…」

「ああ、禁を破ってしまったよ。だけど、どうにか使えそうだ」

 ライロックは、剣を握り直した。セレナは、ライロックの剣の持ち方が、ずいぶん進歩したと思った。ユーフォーラで稽古をしていた時より、しっかりとした構えになっている。ロードの特訓が功を奏したのだろう。

「ち、ちくしょう!」

 二人の敵が、怒声を上げて突っ込んできた。

「行くぞ、セレナ!」

「はい!」

 セレナとライロックは、走り来る敵に、高熱の剣を振るった。敵は横っ飛びでそれをかわし、左右に分かれ、刀を突き出した。

 セレナが剣を振り上げる。相手の刀は根元から切断され、刃が宙を舞った。

「くっ、くそっ!」

 敵は舌を打って、腰の短剣を抜いた。しかし、短剣で敵を倒すには、相手の懐に飛び込まなければならない。だが長い剣を持つセレナに接近するのはほとんど不可能だ。接近する前に斬り捨てられてしまう。

 だが、敵にもプライドがあった。女相手に背を見せる訳にはいかない。その男は短剣を構えたまま、どうしたものかと思案を巡らせていた。

 一方ライロックはというと、激しい戦いを展開していた。ヒート・ソードを持っているとはいえ、ライロックにはまだ相手の突きを払うほどの技量はない。それに敵が気づき、鋭い突きを連続して繰り出して来るである。ライロックはそれをかわすために、一歩、また一歩と下がる。それでも完全には避けきれず、腕や脚に小さな傷がついた。

「王子!」

 それを見たセレナが叫んだ。その一瞬が、隙になる。

「今だ!」

 短剣を手にした敵が、足下の砂を掴んでセレナに突進した。向き直ったセレナの顔に、その砂をぶつける。

「あうっ!」

 砂の粒が目に入り、セレナは目を押さえた。絶好のチャンスとばかりに、敵は短剣をセレナの腹を目掛けて突き出した。

 刹那、甲高い音。

 短剣はセレナの腹に突き刺さる前に、何者かに払われ、砂の上に落ちた。

「何…ぐああッ!」

 自分の邪魔をしたのが何者かを知る間もなく、敵は肩から斜めに切り裂かれて死んでいった。

 血のついた半月刀を、片目のカインは残忍な笑みをたたえて舐めた。

「大丈夫か、姉さんよ?」

 カインが、まだ目を擦っているセレナに歩み寄った。セレナの目は、真っ赤だった。

「卑怯な手を使いやがるな。見えるか?」

「わ、私は平気です。それより、ライロック王子を…!」

 セレナが、敵の攻撃に苦戦しているライロックを指差した。

「了解だ」

 カインは走り出し、ライロックを突きの連続で攻めている敵に斬りかかった。

「うおりゃあッ!」

 カインの突然の攻撃に、敵は不意を突かれ、避けるのが遅れた。カインの刀は、敵の刀を右手首ごと切り落とした。鮮血が迸る。

「ぐああああッ!」

 手首のなくなった腕を押さえ、敵はうずくまる。カインはとどめに、容赦のない一撃を敵の首に見舞った。切断された首は砂の上を転がり、身体は崩れるようにして倒れた。ドクドクと流れ出る血液が、砂を赤く染めた。

「苦戦したな、坊主」

「あ、ありがとう…」

「礼はいらねえ。それより、また来たぞ」

 カインが顎で示す。見ると、クウェイに乗ったワーム族が二人、こちらに向かって来る。

「まだやれるな?」

 カインが尋ねると、ライロックは力強く頷いた。

「やれます!」

「上等だ。よし、行くぞ!」

 カインとライロックは、同時に駆け出した。それにセレナが加わる。

「うおおおッ!」

 カインの雄叫びが、風を切った。



 ワーム族の侵攻と、クレイ族の防衛。

 戦いは、いつ果てることなく続いていた。

 戦場は、砂漠の上で二つに分かれている。前線である主戦場と、その後方の第二戦場だ。主戦場は、さすがに手練れの戦士同士の戦いだけあって、甲乙つけがたい戦闘が行われている。第二戦場でも、ワーム族が質の上で勝っているものの、クレイ族はそれを数でカバーし、ここでもほぼ互角の戦いになっていた。

 時折戦場を抜けてくるワームの戦士も、防壁と女子供たちの攻撃によって、街への侵入を防がれていた。

 それは、ベルツーアにとっては、明らかに予想外の展開であった。

 クレイ族の思わぬ反撃と善戦に、ベルツーアは苛立っていた。

「早く、竜を!」

 バドと刀を合わせながら、ベルツーアはファウストに呼びかけた。

 だがファウストは、ニヤリと笑っただけだった。

「焦るでない。時間はまだある。この小僧を殺したら、すぐに片付けてやるわ」

「しかし、急がねば…!」

 ファウストは、答えなかった。自分に刃を向ける少年に、鋭い眼光を放つ。

「く…!」

 焦りの色を浮かべるベルツーア。バドは、

「お前たちの負けだ。頼みの綱の魔法使いも、いずれあの人に倒される」

と、チラとロードに目を向け、不敵に言った。

「そして、お前は俺に倒されるんだ!」

 途端、ベルツーアは顔つきを変えて、バドを睨みつける。

「私が、お前のような青二才に? ふざけるな!」

 ベルツーアは鍔迫り合いの中、右足を振り上げてバドを吹き飛ばした。バドは砂の上に仰向けに倒れる。ベルツーアは刀を振り上げ、

「死ぬのはお前だ!」

と叫んだ。

 だがバドも負けてはいない。刀が振り下ろされる瞬間、身体を捻って砂の上を転がる。ベルツーアの刀は目標を失い、砂を切った。

 すかさずバドは立ち上がり、再びベルツーアに斬りかかる。

 素早く上げたベルツーアの刀に、バドの刀がぶつかる。

「おおおッ…!」

「おのれ…!」

 二人の族長は汗を滲ませ、また刀の押し合いを始めた。



 クレイ族は、確かに激しい反撃を見せていた。二つの戦場でも、よく戦っている。

 だが族長のバドに誤算があったとすれば、それはファウストの想像を絶する強さであったろう。

 ロードも剣の腕は一流だ。並みの戦士では、とても歯が立たないだろう。

 だがファウストの魔術は、それ以上に強力だったのである。

 ロードはその魔術の前に、圧倒的な苦戦を強いられていた。

 光が迸る。

「おわああッ!」

 ファウストの放った衝撃弾の直撃を受けて、ロードは後方に吹き飛んだ。砂煙を上げながら、背中で砂漠を滑る。

「ぐ…くっ…」

 ロードは呻きながら、上体を起こした。ファウストの余裕の表情が目に入った。

「くそ…」

 身体のあちこちに、痛みが走る。立ち上がる時に、背骨がきしんだ。

「どうした、もう終わりか?」

 ファウストは、勝ち誇ったように言う。絶対の自信が、その顔から見て取れた。

「あっけないものだ…がっかりさせてくれる」

「何だとォ!」

 ロードは叫んで駆け出した。ファウストの目前で跳躍し、上から剣を振り下ろす。

 だがその瞬間、ファウストの左手がロードに向けられ、白く輝いた。

 閃光。

「ぐああッ!」

 再び衝撃弾を受けて、ロードは吹き飛ばされた。背中を強く打つ。立ち上がる前にもう一発、白く輝く光球が猛然と飛んでくる。

 着弾した。砂が舞い上がり、ロードの姿が見えなくなる。ファウストは口角を吊り上げた。勝利だ、と思った。

 だが直後、砂塵の中からロードが飛び出してきた。怒声を上げ、突きの構えで突進してくる。

 ファウストはわずかに驚いたが、すぐに愉快そうに右手を突き出した。

「ファウストォ!」

「見えざる力よ、呪縛の手となれ!」

「うぐっ!」

 ファウストの元に到達する前に、ロードは急につんのめり、転倒した。砂の中に顔を突っ込み、口に砂が入った。

「しまった…!」

 まただ。シュルクルーズでファウストと戦った時と同じように、また首から下の自由が効かなくなった。いくら力を入れても、身体を何者かに縛られたように、動けない。

 ロードは首だけを上げ、ファウストに目を向けた。

「フフ…いい格好だぞ、小僧…」

 右手を突き出した体勢のまま、ファウストが笑う。ロードは悔しげに歯を食いしばった。脂汗が、額から頬を伝う。

「お前の負けだ。私に逆らうことなど、所詮不可能なのだ」

「う…るさい…!」

 ロードは、ペッと唾を吐いた。それを見たファウストは眉を動かし、右手に力を込めた。強烈な圧力が、ロードの身体にのしかかる。何か巨大な手に強く握られているようだった。

「ぐ…あああッ!」

「ロードさん!」

 バドがロードの危機に気づいて、声を上げる。だがベルツーアに阻まれ、ロードの助けに入ることはできなかった。

「どこを見ている! お前の相手は私だろう!」

 ベルツーアはバドに斬りかかり、笑いながら言った。バドはやむを得ず、ベルツーアの刀を受け止める。

「どうやら、お前の言葉通りにはいかないようだな…」

 ベルツーアの不敵な笑みに、バドは歯ぎしりした。

「愚かな小僧だ…」

 そう言って、ファウストは右手の力を抜く。圧力が弱まり、ロードは荒い息を吐いた。だが依然として呪縛は続いている。身体は動かなかった。

「ハアッ、ハアッ…」

 勝てない。ロードは今、圧倒的な力の差を痛感していた。ファウストの魔術に、手も足も出ない。

 悔しかった。このまま殺されるのは嫌だ。ロードは心の底からそう思った。だが、身体が動かなければどうにもならない。まさにファウストの思うがままだ。ロードの脳裏で、敗北の二文字がちらついた。

「いい加減に理解しただろう。お前の力では、私には勝てぬ。降伏し、私の下僕となれ。さすれば、命だけは助けてやろう」

 ファウストはそう言って、ロードの側まで歩いてきた。そして、ロードを見下ろす。

 ロードは、ファウストの顔を真っ向から睨みつけた。憎悪に満ちた表情で。

「…承諾するつもりはないか…」

「当たり前だ…誰がてめえなんかに…!」

「そうか…」

 ファウストの目が、侮蔑の念を込めてロードを見つめた。

「つくづく愚かな奴だ…」

と呟く。そして、カッと目を見開いた。

「ならば、死ぬがいい!」

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