第19話 熱砂の決戦-後編-

 ついに二つの部族が対峙した。

 ワーム族は、バドたち前衛部隊の五十メートルほど手前でクウェイを止めた。

 少しの間、静寂が辺りを包む。風が吹き、巻き上がった砂が両軍の間を駆け抜けて行った。

 空気が、張り詰めた。

 と、一騎のクウェイが、前に進み出た。乗っているのは、ベルツーア・ベイラ。ワーム族の族長だ。その顔に、不敵な笑みを浮かべている。

「ベルツーア…」

 クレイ族の族長バド・サーラが、憎々しげに呟いた。

「意外だったな。逃げずに我らを待ち受けるとは」

 ベルツーアが言った。彼の声には、明らかな余裕が感じられる。すでに勝利を確信しているようだ。

「我々クレイ族は、決して敵に背中を見せない!」

 バドが声を張り上げる。ベルツーアの口角が、さらに吊り上った。

「なるほど…負けるとわかっていても戦い続ける、か。その勇気だけは褒めてやろう。だが、その数…戦士でない者までも、戦いに駆り出したか」

 ベルツーアの口から、低い笑いが洩れた。

「それに、街の防壁…まさに、最後の抵抗だな。健闘を祈るよ」

「ずいぶんお高くとまってるじゃねえか」

 バドの隣のロードが言った。すでにフライング・プレートに片足を掛けている。

「相当の自信がおありのようだな。だがな、俺たちを舐めないことだ。今にその顔が泣きっ面に変わるぜ。お前もな、ファウスト!」

 ロードは、ファウストに指を突き付けた。ファウストはそれを見て、あの不気味な笑みを口許にたたえた。

「楽しみにしている」

「フン」

 ロードは、鼻を鳴らした。

「降伏勧告をしても、無駄なようだな…」

 ベルツーアが言う。バドは、

「当然だ! 我々を侮辱するな!」

と、怒りをあらわにして叫んだ。

「ならば、採るべき手段は一つだな」

 ベルツーアはゆっくりと、半月刀を掲げた。陽の光が、刃に眩しく反射する。

 それに続いて、ワーム族の戦士たちも刀を抜いた。

 ロードがヒート・ソードを腰から抜く。クレイ族の戦士たちも、刀を構えた。

「バド」

「はい」

 ロードのフライング・プレートに、バドは片足を乗せた。

 直後、ベルツーアの刀が振り下ろされる。突撃の合図だ。

「皆殺しだァ!」

 ベルツーアが叫ぶと、ワーム族の戦士たちは片手に半月刀を構え、クウェイを走らせた。

「行くぞ!」

「はいッ!」

 ロードは、フライング・プレートのアクセルを思い切り踏み込んだ。バドがロードの後ろに飛び乗る。

 フライング・プレートは、空高く舞い上がった。突撃してくるワーム族の戦士たちの遥か頭上を飛び越える。

「何ッ!?」

 ベルツーアとファウストは、ロードたちの意外な行動に驚き、空を見上げた。ワームの戦士たちも思わず顔を上に向けるが、ベルツーアが即座に、

「構うな! そのまま突っ込め!」

と命じたため、目前に迫っていたクレイの戦士たちに不意を打たれることは避けられた。

 喊声と共に、両軍が激突した。刀のぶつかり合う音が、すぐに鳴り響き始める。

 ロードとバドがそれぞれの相手の前に降りたのは、それとほぼ同時であった。二人とも、フライング・プレートから飛び降りる。バドはベルツーアと同条件で戦うことを望んだし、ロードも、ファウストの魔法の前にはフライング・プレートも役に立たないと判断したからだ。

 だが目的の二人に近づこうとすると、護衛らしき戦士たちが二人ずつ、ロードとバドの前に立ちはだかった。

「今日こそ決着をつけてやるぞ、ベルツーア!」

 バドが叫んで、半月刀を構えた。ロードも、ヒート・ソードに赤い輝きを宿す。

「お前の相手は俺だ、ファウスト!」

 直後、護衛の戦士が、ロードとバドに斬りかかってきた。

 ベルツーアとファウストは、愉快そうにそれを見ていた。

「しばし、見物といこう」

 ファウストが言った。



「来たぞ!」

 カールスが、声を張り上げた。ヒート・ソードを握る手に、力がこもる。

 前線から少し街寄りの位置。

 主戦場を突破したワームの戦士たちが、クウェイに乗って突進してくる。数にして、二十人ほどか。

「弓を構えろ!」

 カールスの命令で、部隊のうちの十五人が、あらかじめ持っていた弓に矢をつがえる。ふと左側の部隊を見ると、そこでも、片目のカインが同じ命令を下していた。

「まだ撃つなよ! 打ち合わせ通りやるんだ!」

「わかってる!」

 そう答えたのは、あの、真っ先に戦いに反対した農夫だった。カールスは思わず笑みを洩らす。

 クウェイに乗った戦士たちが、急速に迫る。彼らは弓を構えた敵を見て、嘲笑った。

 あの程度の数の弓で、俺たちを止められるものか。逆にクウェイで蹴散らしてやる。彼らはそう思った。

 だが、クレイの男たちは、初めから直接ワームを狙うつもりはなかった。それを、ワームは間もなく知った。

 喊声を上げて突進してくるワーム族。が、突然、クウェイの足の下が抜けた。その場所には布が張ってあり、砂をかけてそれを隠していたことをワームの戦士たちは今更ながらに知った。しかも、一箇所だけではない。横一列に五つ、その罠は並んでいたのである。

「落とし穴か!」

 誰かが叫んだ。ワームの戦士たちが、次々にクウェイもろとも落ちてゆく。辛うじて穴を回避した敵が、混乱したクウェイの手綱を必死に引いて御する。

 弓が、この時威力を発揮した。穴の縁に駆け寄って、落ちた敵に向けて矢を放つ。穴の下の敵は的と同じだ。敵は反撃もできず、身体のあちこちに矢を受けて絶命するか、戦闘不能に陥った。

 だが、その攻撃も長くは続けられない。穴と穴の間を抜けて、落ちなかったワーム族が突っ込んで来たのだ。数は減っているものの、街へと行かせる訳にはいかない。

 弓を持っていた男たちは武器を刀に切り替え、敵を迎える。他の男たちは、一足先に敵に斬りかかってゆく。カールスは、先頭に立って突撃した。

「上の奴は無視しろ! クウェイを潰せ!」

 カールスが叫ぶ。乗騎に乗っている敵は、そのままでは攻撃が難しい。刀が届かない場合があるからだ。まず、敵を下に落とすことが先決なのである。

「抜かせるかァ!」

 赤く輝くヒート・ソードを振りかざし、カールスは走った。

 正面から、クウェイに乗ったワーム族が突っ込んでくる。カールスは急停止し、身体を地面に投げだした。こうすればクウェイの上からでは刀は届かない。やむを得ずその戦士は、カールスの横を通り過ぎようとした。

 だが、このまま行かせるカールスではない。一転して跳ね起きると剣を振るい、クウェイの右足を切断した。

「ぐあっ!」

 クウェイはその場で横転する。乗っていた戦士は砂の上に転がった。間髪入れず、クレイ族の男が、まだ立ち上がっていない戦士の胸に刀を突き刺した。

「よし!」

 カールスは満足げに頷いて、次の敵を迎え撃った。

 次の敵は、クウェイに乗っていなかった。すでに乗騎から落とされたのだろう。

「この、雑魚のくせしがって!」

 その戦士が、刀を横に構えて吠えた。雑魚とはおそらく、自分をクウェイから落とした、戦士でない男たちのことを言っているのであろう。

 だが、あいにくカールスは雑魚ではない。剣の腕は、並みの戦士よりも遥かに上だ。

「どっちが雑魚だ!」

 カールスは迫り来る敵を、一刀のもとに斬り捨てた。肩から斜めに切り裂かれ、そのワームの戦士は絶叫しながら倒れた。

「ふう」

 カールスは、息をついた。たまたま、カールスの周りに敵がいなくなったのだ。

 カールスは、周囲を見渡した。クレイ族の男たちは、かなり善戦していた。初めの予定通り、クレイの男たちは、一人の敵に二人かそれ以上で対していた。剣の腕はおぼつかなくとも、敵一人に複数でかかればどうにか対等に戦えるという、カールスの提案によるものだ。

「よーし、勝てるぞ!」

 カールスは頬についた返り血を手首で拭うと、戦いに参加すべく移動した。



 街の防壁で。

 ローラは心配そうな瞳で、防壁に開けてある拳大の穴から、戦場を見つめていた。

 戦場では、多くの血が流れている。何人もの人間が傷つき、命を落とし、砂漠に倒れる。

 いつものローラなら、こんな光景はとても見ていられなかっただろう。だが今は、ロードへの想いのあまり、見ずにはいられなかったのだ。

 しかしここからでは、ロードの様子は、遠くてわからない。だがローラの脳裏には、ファウストと戦うロードの姿が思い描かれていた。

「死なないで、ロード…」

 ローラは無意識のうちに両手を組み、パートナーの無事を祈っていた。

 その時。

「敵だ!」

 誰かが、声を上げた。男の声。負傷して戦いに参加できなかった戦士が何人か、ここで女子供の指揮を執っているのである。

 見ると、なるほど、クウェイに乗ったワーム族が四人ほど、街に向かって突進して来る。第二陣を突破してきたのだ。

 女たちはあるいは弓に矢をつがえ、あるいは熱線銃を構えた。子供たちはスリングに石を挟む。

 ワームが迫る。防壁の裏で、皆息を潜めていた。

 ワームの戦士たちからは、女たちは見えない。そのため彼らは、あの防壁の向こうで、女子供が家に隠れて震えているのだと思った。

「皆殺しにしてやるぜ!」

 一人が言うと、下卑た笑いを他の三人が浮かべた。

「あんな壁、クウェイならひとっ飛びだ!」

 だが、その言葉は現実にはならなかった。防壁の陰から何人もの女が半身を現し、矢と熱線を放ったのである。

「何だと!」

「うっうああ!」

 完全に不意をつかれ、彼らはそれを避けきれなかった。クウェイに、本人に、矢と熱線が突き刺さる。さらに防壁の向こうから、大量の石が飛んできた。

「ぐあああ!」

 瞬く間に、四人のワームは砂に突っ伏して動かなくなる。砂が、流れた血を吸って赤く染まってゆく。

「やったぁ!」

 女たちは、手を取り合って喜んだ。子供たちも万歳をする。

 その中にあって、ローラは一人、喜びの輪に加われないでいた。人を傷つけた。狙いも威力も絞ったから、ローラの熱線で死んだ敵はいない。だが結果として敵は死んだ。ローラが直接手を下したのではないとはいえ、殺人に加担してしまったのは確かだ。そのことを考えると、背筋が冷たくなる。

 だが、これは自衛のための戦いだ。抵抗しなければ、こちらが殺されてしまう。仕方のないことなのだ。

「そうよね…仕方ないよね…」

 ローラは、自分を納得させるように呟いた。

 そう、今は戦うべき時だ。生き延びるために、生き延びて、またロードに会うために。

「また来たぞ!」

 その声を聞いて、ローラはまた、熱線銃の引き金に指をかけた。



「小癪なことを…!」

 クレイ族の思わぬ反撃を見て、ベルツーアは吐き捨てるように言った。

 彼の前には、護衛の戦士を倒したバドが立っている。その横に、こちらも自分の相手を始末したロードが、不敵な笑みを浮かべていた。

「言ったろ? 俺たちを舐めるなって」

「おのれ…」

 ベルツーアは、顔つきを変えた。怒りが次第にあらわになる。だが、その隣のファウストは、まったく冷静だった。

「そういきり立つことはない、ベルツーア」

「何?」

「私がもう一度サンドゴーレムを出せばいいだけのこと。かの竜をもってすれば、奴らなど地虫に等しい」

「そうか。そうだったな」

 ベルツーアは、落ち着きを取り戻した。ファウストは、ニヤリと笑った。

「そうはいかねえぞ。お前はここで俺に倒されるんだからな」

 ロードはヒート・ソードを構えた。

「どうしても、私と戦うのか?」

「当然だ。お前を連れて来ちまったのは俺だ。始末は俺がつける」

「そうか…」

 いいだろう、とファウストは思った。この偉大なる魔導士に逆らった愚か者を、たっぷりと痛めつけてやるのも一興だ、と。

 ファウストは、クウェイから降りた。ロードを、不気味な目で見つめる。

「後悔するぞ…」

「うるせえ!」

 ロードは、ファウストに向かって突進した。

 同時に、バドとベルツーアの戦いも始まった。刀と刀が、火花を散らす。

「私に勝てると、本当に思っているのか?」

 ベルツーアが、余裕の表情で言う。

「黙れ! 部族の先頭で戦いもしない臆病者に、言われる筋合いはない!」

「馬鹿め! 勝利の見えた戦いに、長が出る必要はないのだ!」

 ベルツーアが、刀ごとバドを押す。バドはよろけたが、すぐに体勢を立て直した。

「クレイ族の誇りにかけて、俺はお前を倒す!」

「面白い!」

 両者は再び、鍔迫り合いを展開した。

 この最後の戦いがどのような結末を迎えるのか、それはまだ誰にもわからない。

 砂漠は、戦いの喧騒に揺れていた。

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