第18話 熱砂の決戦-前編-
ワーム族と戦う決意を固めたその日から、クレイ族の街は、穏やかな生活を中断した。
来たるべきワーム族の襲来に備え、皆、忙しく働き始めたのである。
街の広場では、戦士ではなかった男たちが、半月刀を振るっている。戦士たちの指導の下、刀の使い方を訓練しているのだ。カールスもまた、指導役に加わっていた。
「だめだ! もっと腰を入れろ!」
ロードが訓練用の剣で、ライロックの剣を押し戻した。ライロックはよろけて、そのまま尻餅をついた。
「つっ…!」
「剣を腕で振り回そうとするな。腰から上全体で操るんだ」
「は、はい!」
ライロックは立ち上がり、再び剣を構えた。訓練用だが、本物のヒート・ソードと同じ重さだ。ライロックにとっては、少し重そうだった。
だが、ロードは手を抜かない。すかさず剣を振り上げ、ライロックを攻める。ライロックはそれを必死で受けていた。
「相手の肩の動きから、剣の軌道を読め! 剣が来てからじゃ遅いぞ!」
「はい!」
ライロックは、ロードの剣技を少しでも身につけようと、懸命だった。
昨夜、ライロックは心に決めた。この戦いが終わったら、惑星ユーフォーラへ戻ることを。おそらく悪政の下で苦しんでいるであろうユーフォーラの民を、一刻も早く救うために。王たる才覚を身につけるのを待っていては、その間民が苦しむことになる。自分が王になり得る力を得るより、民の苦しみを少しでも早く取り除くことが最も大事なことだと、ライロックは考えたのである。
だから、ロードに剣の稽古を申し出た。自分の手で、エルマムドを倒すために。そのことは話さなかったが、ロードは何も言わず引き受けてくれた。ロードは、ライロックの真意に気づいていたのかも知れない。
「たあっ!」
ライロックが剣を振り下ろす。ロードはそれを軽く受け流し、逆に攻撃に転じた。
「相手に攻めに回る隙を与えるな! 攻めて攻めて、攻めまくるんだ!」
二人の稽古は、休みなく続いた。むろん、他の男たちの訓練も。
その一方で、街から離れ、罠を仕掛けている者たちもいた。
スコップで、砂漠に穴を掘っている。まだ深さは大したことはないが、計画では二メートルは掘り下げる予定だった。
落とし穴である。堀った後、布を張り、砂を被せて穴を隠す。そうして、突進してくるワームの戦士たちを落とすのだ。単純な罠だが、敵が多い場合には有効だ。落とし穴自体で敵を倒すことはできないが、穴に落ちた者を弓で射ることはできる。
「急ぐぞ! 奴らはいつ来るかわからねえ!」
会合の時、真っ先にバドに味方した、あの体格の良い男が檄を飛ばす。名をブロイという。彼は、ここの指揮を執っていた。
「おう!」
穴を掘っている男たちが、力強く声を上げる。彼らは主に、負傷した戦士たちだった。リハビリを兼ねて働いているのである。
また、街の南側では、別の男たちが、家を解体して調達した丸太で、壁を作っていた。敵の侵入を防ぐための防壁である。主戦場を突破してきたワーム族を、ここで迎え撃とうというのだ。女たちが、ここから弓や熱線銃を撃つことになっている。
ここのリーダーとなっているのは、カインという、あの片目の男だ。
そして女たちは、林の入口辺りで訓練をしていた。木を的に見立てて、弓や熱線銃を放つ。弓は通常より軽い弓なので、威力はないが、その分命中率が高い。また熱線銃は未知の武器だが、クレイ族の女たちは呑み込みが早く、セレナが教えると、瞬く間に使い方をマスターしていった。
女たちは、確実に狙った木の幹に矢や熱線を命中させていた。
女たちの表情は、逞しかった。光る汗を流し、訓練に没頭している。男たちを助けるために、女たちも立ち上がったのだ。
子供たちも何もしなかったわけではない。湖の畔から、スリング用の石を大量に集めてきた。スリングとは、細い革紐の中央に丸い受け口があり、この部分に石を挟んで、紐の両端を握って振り回し、勢いがついたところで紐の一方を放すことで中の石を飛ばすものだ。遠距離戦で使われる武器である。子供たちは主に、防壁の陰からこれを使うことになっている。
まさに、部族全員が戦いに向けて懸命に働いていた。来たるべき決戦に向けて。
そうして、瞬く間に四日が過ぎ、五日目の太陽が昇った。
今日も、快晴。空には、相変わらず雲一つない。今日も暑くなりそうだと、ロードは思った。
ロードは朝早くに目を覚まし、まだ誰もいな広場に来ていた。
暑さはいつもと同じだが、清々しい気分だった。ここに来て、こんな気持ちを感じるようになったのは、あの決意の日からだ。あの日から、毎日が充実している。負けるかも知れない戦いの前だというのに、不思議だった。街の人々も、ロードが初めてここに来た時より活気に満ちているように思える。
「やれるな…これなら」
ふと、ロードは呟いた。この結束力があれば、負けはしない。そう思った。それは確信に近い。後はロードがファウストを倒せば、勝利はクレイ族のものとなる。ロードは身を引き締めた。
「ロード」
ローラがバドの家のほうから歩いて来た。ロードの側に来て、腰を下ろす。
「早いのね。いつもだったら、あたしが起こさなきゃ起きないのに」
「ああ、何だかこの頃、早く目が覚めてね」
ロードは気持ち良さそうに深呼吸をする。ローラはそれを見て、クスリと笑った。
「…安心した」
ローラが言った。ロードが、意味がわからずローラに目を向ける。
「何がだ?」
「ロードが元気だってこと。これなら、ファウストにだって負けないわ」
「…そうかな」
ロードは少し自信なさげに言った。しかし、その目は沈んではいない。
「そうよ。あたしが言うんだから、間違いないわ」
「ローラの保証か…あてになるのかな?」
「いじわる!」
「ハハッ! 冗談だよ、冗談。俺は勝つよ。俺を待ってる娘がいるからな」
「ロ、ロードったら…」
ローラは、赤面した。ロードは愉快そうに笑い、ローラの前にしゃがみ込んで、こう言った。
「帰ってきたら、乙女のキスをいただくぜ」
「…うん」
ローラは、頬を赤らめながら顔を上げ、頷いた。
二人はしばらく間、お互いを見つめていた。ゆっくりと、顔が近づく。
「…先払いでもいいかもな」
ロードはそう言って、ローラの頬にそっと手を当てた。ローラも、抵抗しなかった。
だが、その時。
ロードの左手にはまっている時計が、電子音を発した。この時計はシュルクルーズのコンピュータと直結していて、ティンクと通信ができる。そして、この音は、ティンクから通信が入ったことを意味する。
「ちぇっ」
ロードは舌打ちしてローラから顔を離し、
「何だ、ティンク」
と不機嫌そうに答えた。
すると、いつものトーンの高い合成音声で、ティンクは言った。
『南方より、ワーム族と思われる集団が接近中。距離、五十キロメートル』
「来た…!」
ローラが、緊迫した顔で立ち上がった。ロードも目つきが鋭くなる。もう、キスどころではない。
「とうとう来やがったか…!」
「ロード」
「ああ」
二人は頷くと、ワームの襲来を知らせに、街中を走り回った。
街は喧騒に包まれた。
男たちは刀を持って、女たちは弓や熱線銃を、子供たちはスリングを持って、家を飛び出す。そして街の南側、防壁の内側に大急ぎで集まった。まだ敵は見えていないが、皆、緊張した面持ちだった。ざわめきが途切れない。いよいよだと、皆思っているのだろう。
部族の誇りをかけた戦いが、もうすぐ始まる。これが最後だ。ワーム族は今度こそ、クレイ族を皆殺しにするつもりだろう。おそらくこの前の戦いが、最後の忠告だったのだろうから。そう思うと、人々の心は否応なしに張り詰めた。
人々の前に、若き族長が進み出る。彼もまた、落ち着いた顔ではない。だが、その瞳は決意に満ちていた。
「みんな、いよいよ奴らがやって来た」
バドは、人々の顔をゆっくりと見渡した。
「俺たちクレイ族は、決して負けない。奴らとは比べものにならない団結力と、部族としての誇りがあるからだ」
皆が、様々な表情でバドに視線を向けていた。バドはその視線を、真っ直ぐに受け止めていた。ロードは、彼は以前よりもずいぶん族長らしくなったと思った。
「今日こそ奴らに、俺たちの団結と、誇りの高さを見せてやろう!」
オーッと、人々は腕を突き上げた。男ばかりでなく、女も老人も、まだあどけなさを残した子供たちも。
「よーし、全員持ち場につけ!」
ブロイが声を張り上げる。それを合図に、人々は自分のいるべき場所へと急いだ。
女たちは防壁の内側に並んで、弓の張り具合や熱線銃を確かめる。そのすぐ後ろに子供たちがついて、スリングに石を挟む。男たちは防壁を出て、三つの部隊に分かれた。
まずは、バドの率いる、およそ二十人の精鋭部隊。戦場の中心に展開する彼らは、攻撃専門で、前線で戦う役目を持っている。その目的は、敵の主力部隊を撃滅することだ。ロードはこの部隊に属していた。フライング・プレートをもって、バドをベルツーアの元に送る役を得ている。そして、ロード自身も、それに乗じてファウストとの決戦に臨むつもりだった。
他の二つは、それぞれおよそ五十人の部隊。主に負傷した戦士や戦士以外の男たちで構成されていて、左右に分かれ、前線を突破した敵を迎え撃つことになっている。落とし穴の後ろに待機していて、落ちた敵にとどめを刺すのも、彼らの役目だ。ここには、カールスやセレナ、ライロックがいた。カールスは右側の部隊のリーダーになっている。ちなみに左側の部隊の指揮を執るのは、片目のカインだ。
部隊が配置につき、後は待つだけになった。ワーム族は、地平線に小さく見える。黒い影が接近してくる。砂塵を巻き上げて。
「始まったら、すぐに飛ぶからな。しっかりつかまってろよ」
前線で。ロードは地平線を睨みながら、低く言った。
「はい」
バドは、しっかりと頷いた。腰の半月刀の柄を握る。
「死ぬなよ、絶対にな」
「もちろん。ロードさんも」
「ああ」
ロードはニヤッと笑った。だが、胸の内は穏やかではない。心臓の鼓動が、いつもより大きく聞こえた。さすがのロードも、張り詰めている。ファウストの恐ろしさを知っているからだ。正直言って、勝てるかどうか、確信はなかった。ファウストの魔法に、どう立ち向かえばいいのか。今でも、それはわからない。
だが、とロードは思った。何としても、勝たなくては。クレイ族の勝利のため、そして何より、自分を待ってくれている少女のために。
ロードは、防壁を出る前に、ローラと交わした言葉を思い出した。
「待ってるからね…」
ローラは一言、そう言っただけだったが、ロードにはそれで充分だった。自分を待ってくれている人がいると思うだけで、生きることへの執着が湧いてくる。
「生き残ってみせる…」
ロードは、そっと呟いた。
「必ず帰るぜ、ローラ」
同じ頃、ローラもロードのことを考えていた。防壁の後ろで、熱線銃を持って。
「待ってるから…」
ローラは目を閉じ、祈った。また、ロードと会えることを。
左部隊の待機位置。
暑さと緊迫感に汗を滲ませ、一部の男たちは刀を抜いていた。まだ敵は遠いにもかかわらず刀を抜いてしまうのは、新米戦士であるがゆえだろう。彼らは先輩戦士から落ち着くように声を掛けられ、肩を叩かれていた。
「王子、無駄だとは思いますが、もう一度申し上げます。街に戻って下さい」
セレナが、背後に立つライロックに向けて言った。ライロックは、厳しい顔つきで地平線を見つめていた。
「王子、あなたは…!」
「戻らないよ、セレナ」
ライロックは、力強く言った。
「もう、逃げ隠れするのは嫌だ! 私は戦う!」
その迫力に、セレナは一瞬怯んだ。
「王子…」
ライロックの真剣な眼差しが、セレナに注がれる。セレナは、こんなライロックは初めてだと思った。いつも冷静で穏やかなライロックとは、まるで違う。
セレナは、少しの間ライロックの目を見つめて、大きなため息をついた。ライロックの決意と覚悟は変えられそうにない。彼の瞳から、それを理解したのだ。
「わかりました」
セレナは言った。
「ですが、王子はユーフォーラの王となる御身。ここで死なれては困ります。私から離れないで下さい」
「わかった」
ライロックが頷く。セレナは、微笑んだ。
「逞しくなりましたね、王子」
砂漠の真ん中を、黒装束の一団が進む。間もなく自分たちの所有地となるべき街に向かって。
その数、およそ七十。生き残っているワーム族の戦士を、ほぼ全員集めた数だ。敵に威圧感を与え、降伏せざるを得ないと思わせるために、これだけの数でやって来たのだ。
「もっとも、奴らがまだ、逃げ出していなければの話だがな…」
先頭のクウェイに乗ったワーム族の族長、ベルツーアが、上機嫌で言った。
「奴らは、残っていると思うか?」
ベルツーアは、隣を進む老人に尋ねた。黒衣の魔導士、ファウストだ。
ファウストは、ニヤリと笑った。
「可能性は低いだろうな。あれだけ決定的な敗北を喫したのだ。戦って勝てるとは思っていまい。だが、警戒は必要だ。万が一ということもある」
「たとえ奴らが残っていたとしても、烏合の衆だ。皆殺しにするだけよ。今回は、お前の力も必要ないかも知れんな」
「かも知れぬな。ところで、聞きたいことがある」
「ん、何だ?」
「なぜ、再度の出撃までに、五日も間を置いたのだ?」
「ああ、そのことか」
ベルツーアは、空に目を向けた。
「今宵は、月の満ちる夜だ。満月の夜には、我がワーム族の歴代の族長の魂が、我らの元に戻って来るのだ。勝利の美酒を、彼らと分かち合いたいと思ってな」
迷信か、とファウストは理解した。魂が満月の夜に戻って来るなど、まったくの迷信だ。確かに霊は存在する。だが、それはこの世に怨念を残した場合にだけ実体化するものであって、定期的に訪れるものではない。
(くだらない習わしだな)
ファウストは、密かにほくそ笑んだ。
(だが、それもいい。せいぜい今のうちに、そうやって上機嫌でいるがいい)
ベルツーアの高笑いを聞きながら、ファウストはそう心の中で呟いた。
ファウストの野望は、終わっていなかった。全宇宙を自分の支配下に置くという野望。それはファウストの心の中で、着々と進行していたのだ。
(いずれ、この部族は私のものとなる。私の、忠実な部下たちにな)
そのことを、ベルツーアは知らない。何も知らず、ファウストに信頼を置いている。
愚かな男だ、と思った。まだ、口には出さない。ワーム族の長の地位を奪うには、まだしばらくベルツーアの指揮の下で戦って、ワーム族の信頼を得なければならない。そうしてじわじわと勢力を伸ばし、やがてベルツーアよりもファウストのほうが長に相応しいと、民に思わせるのである。幸い、ワーム族は力を信奉する部族だ。力を見せつけていけば、いずれ人心は自分のものになるだろう。
時間は有り余るほどある。ファウストは、無限の寿命を手に入れているのだから。
ゆっくりと時間をかけて、ワーム族を自分の配下にしてくれる。
ファウストは野望に向かって、考えを巡らせていた。
その時、何も知らないベルツーアは、目的達成の喜びに、早くも酔いしれていた。
「これで、我が部族も救われる…」
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