第15話 倒れる戦士たち
「あ…ああ…」
セレナが、声にならない声を上げた。ロードとカールスも、驚愕の色を隠せない。
砂でできた竜は、赤く光る眼で睨みつけ、低い唸り声を上げながら、ロードたちに迫って来る。
第一陣と戦っていたクレイ族の戦士たちにも、その竜は見えた。バドは驚きのあまり一瞬動きを止めた。その隙にワーム族が斬りかかる。危ういところでバドはその攻撃を受け止めた。鍔迫り合いになる。
「カールス!」
バドは振り向きながら叫んだ。
その直後、新たな雄叫びが聞こえてきた。見ると、戻ったはずの第二陣がこちらに向かって突進してくる。この時になって初めて、ロードたちは、先刻の第二陣の行動が囮であったことに気づいた。ロードたちは、まんまと戦場から引き離されてしまったのである。バドもそれに気づいて、悔しげに舌を打った。
第二陣が戦場に到着。半月刀を振りかざし、戦闘に加わる。これで形勢は完全に逆転した。新たに来た敵は、三十人はいる。しかも、全員が無傷で、疲労もしていない。それに対してこちらは、死者はわずかではあるが、皆傷を負っている。疲労もかなりのものだ。さらに頼みの綱のロードたちは、砂の竜に阻まれ、戦闘に参加できない。圧倒的に不利だった。
「くそォ!」
バドはそれでも、部族のために戦い続けた。他の戦士も同様だ。かくして、絶望的な戦いが再開された。
「ちっ…こんなのに構ってられるか!」
ロードは言って、フライング・プレートのエンジンを全開にし、竜の脇をすり抜けようとする。そこへ、竜が長い尾を振るった。しなやかな尾は恐るべき速度でロードを捉え、後方に吹き飛ばした。
「ぐあッ!」
「ロード! このォ!」
カールスがフライング・プレートを急上昇させ、竜の頭部に肉迫した。真正面からヒート・ソードを振り下ろす。だが、相手は砂でできている。竜の頭部は一時的に真っ二つになったが、すぐに元に戻った。
「何ッ!?」
動揺するカールスに、竜は口から大量の砂を浴びせかけた。その勢いに押され、カールスはフライング・プレートごと地面に叩きつけられてしまう。
セレナは、この竜と戦うことは無駄だと考え、向きを変えて、大きく竜を迂回して戦場に戻ろうとした。
竜はそれに気づくと、咆哮して大きく口を開け、砂の塊を連続で吐き出した。それは砲弾のように飛び、セレナを襲う。セレナは必死にフライング・プレートを操り、これを避けた。一発、二発…だが三発目がセレナの肩を掠めた。よろめいたところに四発目。それはセレナの頭部を直撃した。
「あうっ!」
セレナはフライング・プレートから落下した。コントロールを失ったフライング・プレートは少し先の砂丘に突っ込んだ。回路がショートしたのか、火花が散る。セレナは砂の上で、意識を失っていた。
「くそっ…! どうしても行かせないつもりかよ!」
体勢を立て直したロードとカールスが、竜の前で苛ついた表情を見せていた。
「こいつに剣は効かねえ…どうする…?」
「どうするって…」
考えている余裕はなかった。竜は口を開け、再び砂の塊を連続して吐き出したのだ。着弾の砂煙が舞い上がる中、二人はやむを得ず後退した。戦場から、どんどん離れてゆく。
「ちくしょう! これじゃあ、どうしようもねえ!」
ロードが吐き出すように言った。
「そうだ! 上だ!」
カールスは叫んで、アクセルを思い切り踏み込み、フライング・プレートを急速上昇させた。竜の上を飛び越えようというのである。
竜は砂の砲弾を吐いた。カールスは必死にこれをかわす。
「行ける!」
カールスは、竜の上空二メートルのところにいた。このまま竜を飛び越え、戦場に戻ろうとした。
だが──!
「カールス、危ねえ!」
ロードの声。ふと下を見ると、砂の竜がすぐ足下に迫っていた。竜は、その大きな翼をはためかせ、空を飛んだのだ。
「うっそぉ!」
カールスは、思わず叫んだ。竜が鋭い鉤爪のついた右腕を振るい、カールスを殴りつけた。カールスはたまらず吹き飛び、四メートル近い高さから地面に叩きつけられ、気絶した。フライング・プレートも墜落し、横転して煙を吹く。
砂の竜が、ロードの真正面に降りた。まるで、次はお前だとでも言わんばかりに。
「く…!」
ロードはヒート・ソードを構えた格好で、唇を噛んだ。
同じ頃、ローラ・マリウスは、家を飛び出し、街の通りを駆けていた。ライロックがそれを追っている。
「ロード…ロード…!」
走りながら、ローラは何度もロードの名を繰り返していた。
砂の竜の出現は、高台にある家にいたローラたちにも見えた。そして、ロードたちが危機に陥った様子も。
だから、ローラは家を飛び出した。ロードを助けるために。
ローラの走る先には、白い宇宙艇、シュルクルーズがある。ローラは全速力でタラップを駆け上がると、操縦席へ急いだ。ライロックも、息を切らせてそれに続く。
操縦室に入ると、ローラはいつもロードが座る操縦席に座った。隣にライロックが腰掛ける。
「ティンク、急速発進よ! お願い、急いで!」
『了解。ブースター点火。緊急発進』
シュルクルーズが震えた。エンジンの振動である。
「ローラさん、どうするつもりなんです?」
ローラは答えない。ただ黙って、操縦桿を握っている。その目はいつになく厳しかった。ライロックは、それ以上何も言わなかった。
『急速上昇』
ティンクの声と共に、シュルクルーズは青い空に浮かび上がった。そして、ローラの操縦で街を離れる。
スクリーンに、竜を相手に苦戦しているロードの姿が映っていた。砂の砲弾をかわしながら、徐々に後退している。
「ロード!」
シュルクルーズが、ロードの元に到着した。一度竜の横を通り過ぎ、旋回して戻ってくる。
「ローラか!?」
ロードは空を見上げた。それが隙となり、ロードの肩に砂の砲弾が直撃した。ロードがフライング・プレートから落ちる。そこへ、とどめとばかりに竜が前足を踏み出す。ロードを踏み潰すつもりだ。
「させない!」
ローラは叫んで、シュルクルーズを全速で竜に突っ込ませた。武装していないシュルクルーズには、これしか攻撃手段がないのだ。
シュルクルーズの翼が、竜の腹を切断する。砂の竜は、上下二つに分かれて地面に横転した。大量の砂が、空中に散らばる。
ロードは、走って竜から離れた。砂の竜は、倒れたまま動かない。
「やった…のか…?」
ロードは立ち止まって、竜を見つめた。シュルクルーズも空中に停止し、ローラとライロックはスクリーンで砂の竜の様子を見ていた。
竜の肉体は崩れ、砂に戻っていった。だが、死んだのではない。一度砂に戻り、再び形を作り始めたのだ。瞬く間に、砂は竜を象った。
「そんな!」
驚愕するローラ。彼女の心に、恐怖がよぎる。
「逃げろ、ローラ!」
ロードは声を上げたが、遅かった。竜は翼を広げて飛び上がり、物凄い勢いでシュルクルーズに体当たりしたのである。
「キャアアッ!」
激しい振動が機体を襲う。ローラはそのさなか、前方のコントロール・パネルに頭をぶつけ、気を失った。額から、一筋の血が流れた。
「ローラさん!」
ライロックが叫ぶ。だが彼もすぐに、ローラの後を追った。シュルクルーズはコントロールを失い、砂漠に不時着した。その際にライロックも転倒し、頭をどこかにぶつけたのだ。
シュルクルーズを始末して、竜がロードの目の前に舞い降りる。
「…ちくしょう…!」
ロードはヒート・ソードを構え、竜を睨みつけた。剣が通用しないことはわかっているが、今のロードには、こうすることしかできないのだ。
ところが、ロードが今まさに斬りかかろうとした時、砂の竜は突然崩れ始めた。腕が落ち、頭がなくなる。尾が切れ、翼が消える。みるみるうちに、竜は元の砂へと戻っていった。
ロードは、呆然とその場に立ち尽くした。
戦場でも、同じようなことが起こっていた。クレイ族を追い詰めたワーム族の戦士たちが、ベルツーアの号令と共に、退却を始めたのだ。形勢が圧倒的に有利であるのに、だ。その引き際は、実に鮮やかなものだった。
「どうしたんだ…?」
バドは、呆然とする。なぜ、退くのか。後一押しで、ワーム族は我々を全滅させることができたはずだ。にもかかわらず。
そんなバドの思いをよそに、ワーム族は、数分後には完全に戦場を離脱していた。
生き残った戦士たちは、敗北感に打ちのめされながら、ワーム族を見送った。黒装束の一団が、地平線の彼方に消えてゆく。両軍の死体と、ボロボロのクレイ族の戦士たちが後に残された。バドはがっくりと膝を落とし、うつむいた。
「見逃された、のか…」
シュルクルーズの操縦室。そこにロードが、血相を変えて入って来た。
「ローラ!」
額から血を流して床に倒れているローラを見て、ロードは青ざめた。慌てて抱き起す。そして生きていることを確認して、ホッと息を吐いた。
ライロックも、気を失っているだけで、命に別状はないようだ。
ロードは、ローラを抱えたまま立ち上がり、正面の窓から外を見た。ここからは、戦場は見えない。だが惨憺たる有様であろうことは、容易に想像できた。
負けだ。ロードは歯噛みした。完全な敗北だ。
やはり、戦いの前の不安が的中してしまった。魔導士ファウスト。今回の戦いの指揮を執っていたのは、おそらく奴だ。あの砂の竜も、ファウストの魔法によるものだろう。つまりロードたちはワーム族にではなく、ファウスト一人に敗れたことになる。それがロードには、無性に悔しかった。あの不気味な笑みをたたえた顔が、ロードの脳裏に浮かぶ。
「ちっくしょお!」
ロードは、声を限りに叫んだ。
戦い終わった戦場で。バドは、砂に拳を叩きつけていた。何度も、何度も。
砂漠の乾いた風が、敗れた戦士たちに虚しく吹きつけていた。
ワームの一団は、一路、自分たちの街へと進んでいた。
今回の死者は、およそ二十人。その犠牲は大きかったが、戦果はもっと大きい。
ベルツーアは、クウェイの上でほくそ笑んだ。
「これで、奴らにはもう、我々に逆らう気力はない…」
「そうだ。一度に全滅させずにわざと見逃してやることよって、敵の敗北感は絶対的なものとなる。我々には敵わないという意識が、心の奥底に生まれるのだ」
ベルツーアと並んでクウェイを進ませていたファウストも、口許にいつもの不気味な笑みをたたえていた。
「余裕を見せたというわけだな?」
「そういうことだ。いつでも潰せる。そう思い知らせることが、今回の戦いの目的だ。もっとも、次回があるとは思えんがな」
「次回か。次に来た時には、奴らは我々に降伏するか、すでに街を出て行った後かだろうな…」
ベルツーアが、愉快そうに言う。ファウストも、喉の奥で笑った。
「私の恐ろしさ、思い知ったであろう…」
ファウストは、ここにはいない、栗色の髪の少年に語りかけた。
あの少年が驚愕し、恐怖する顔を見るのは痛快だった。あの愚かな少年は、あの時、確かにファウストを殺したと思い込んでいただろうから。
だが、ファウストは生きていた。咄嗟に魔術で幻影を作り出し、それと入れ替わることで難を逃れていたのだ。
「ふふふ…私は死なんよ…この魔術ある限りな…」
ファウストは、低く笑った。その声に、ベルツーアの笑いが重なる。
「楽しみだな…次に来る時が…」
ベルツーアは、勝利の喜びに酔いしれていた。
「ハッハッハッ…!」
砂漠の空に、二つの笑い声が響き渡った。
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