第14話 巨大なる脅威

 今日も暑い。

 湖の畔に腰を下ろしたまま、ロードは空を仰いだ。眩しい陽の光に、思わず目を細める。空には、相変わらず雲一つない。

 この街に来てから、今日で三日目。ワーム族の襲撃もなく、やけにゆったりとした日々が過ぎている。街の人々は平和に、穏やかに暮らしていた。

 退屈だな、とロードは思った。平和なのは、この街にとっては良いことなのかも知れないが、冒険を生業とするロードにとっては、穏やかな日々はいささか倦怠感をもたらす。早いところワーム族を倒して、宇宙に戻りたい。それが、ロードの今の正直な気持ちだった。

 ローラやライロックたちは、街の人々と打ち解け、時には畑仕事を手伝ったりして、ここでの生活を楽しんでいる。それに対してロードは、食事の時と寝る時以外は、大抵ここにいた。そして、何をするでもなく、静かに波打つ水面を眺めている。

 別にこの場所が気に入ったわけでない。ただ、この街はここが一番涼しいのだ。もちろん、冷房の効いたシュルクルーズの中のほうが涼しいのだろうが、この暑さの中、密閉された部屋にはいたくなかった。たとえ冷房が効いていても、だ。

 ロードは小石を拾って、湖に向かって投げた。小石は放物線を描き、水中に沈む。波紋が幾重にも重なって広がり、やがて消えた。

「あーあ」

 欠伸を一つして、ロードは地面に寝転がった。

「早く宝探しに出てえな…」

 そう呟いた時。足音が近づいてきて、ロードのすぐ側で止まった。

「ん…?」

 首をそちらに向けると、黒髪の少女が立っているのが見えた。

「シーアか」

「はい」

 シーアははにかむように微笑んで、ロードの隣に遠慮がちに座った。その様子を、ロードが目で追う。

「何を…してたんですか?」

「何も…ただ、湖を眺めてただけさ」

「そうですか…」

 シーアが湖に目を向ける。ここだけに吹く涼しい風に、気持ち良さそうに深呼吸する。

「よく…ここにいますね」

「ああ、街中は暑いからな。何か、用事か?」

「い、いいえ。ただ、あたしも涼もうと思って」

「ふうん…」

 ロードはシーアを一瞥してから、目を閉じた。シーアは落ち着かない目で、ロードを見つめていた。

 しばらく、二人は何も言わず、ただ風の音と木々の葉擦れの音だけが聞こえていた。

「あの、ロードさん…」

 どきまぎしながら、シーアは口を開いた。

「ん…?」

 目を閉じたままで、ロードが返事をする。半ば、眠そうな声だ。

「ロードさんって、どこから来たんですか…?」

「遠いところさ。ずっと、な」

「北の大陸、ですか…?」

「もっとさ。もっと遠く…そうだな、空の向こうだ」

「空の…向こう?」

 シーアには、ロードの言っている意味がわからないようだった。それが可笑しかったのか、ロードはクックッと喉の奥で笑った。シーアは何が可笑しいのか理解できず、目を瞬かせる。ここの人々には、宇宙の概念がないのだ。

「わからないだろうな。とにかく、ここからは遠い。北の大陸なんかよりも遥かにな」

「そうですか…」

 そこで、また会話が途切れた。どうも、うまく話せない。シーアは焦った。ロード、もっと話がしたい。シーアの知らないことを、色々聞きたかった。それなのに、いざとなると言葉が出てこない。そんな自分が、もどかしかった。

 ロードはいつしか、寝息を立てていた。もう、シーアの言葉は耳に入らないだろう。シーアは悲しそうな顔で立ち上がった。そして、逃げるようにその場を立ち去る。

 街に戻る途中で、シーアはローラに出会った。ローラは、ロードのいる湖に向かっているようだった。シーアを見つけると、にっこり笑って手を振ってくる。

「シーア! ロード、見なかった?」

「あ…はい。すぐ先で、お休みになってます…」

「そう。昼食ができたから、呼びに来たの。シーアも早く家に戻って。あたしの自信作なのよ」

「ええ、そうします…」

 シーアは力なく頷いて、ローラの横を通り過ぎた。ローラは不思議そうな顔で、その後ろ姿を見送った。

「どうしたのかしら…?」

 シーアの姿が見えなくなると、ローラはまた歩き出した。ロードはすぐに見つかった。シーアの言葉通り、草の上で眠っていた。

「ロード、ロードったら」

 ローラが、ロードの身体を揺すった。小さく唸って、ロードがうっすらと目を開ける。

「ん…ローラか…」

「昼食の用意ができてるの。家に戻りましょ」

 それを聞いて、ロードは跳び上がるように起き上がった。ローラが驚いて小さな悲鳴を上げた。

「お前が作ったのか?」

「うん。久しぶりに、腕を振るってみたの。うまくできたと思う」

「そうか! じゃあ、早いとこ戻らないとな。ローラの料理は、久しぶりだ」

 嬉しそうにロードは立ち上がって、街のほうへ歩き出した。ローラが並んで歩く。

 ところが。

 街に戻ると、人々は慌てた様子で通りを行ったり来たりしていた。女や子供たちは急いで家に入り、男たちは半月刀を手に、街の南に向かっていた。

 何が起こったのか。ロードとローラは、即座に事態を理解した。

「ちっ…最悪のタイミングだな…」

「ロード…!」

「ああ、わかってる。お前も、早くバドの家に避難しろ」

 ロードはそう言って、腰のヒート・ソードを確かめると、自分もクレイ族の男たちと同じ方向に走って行った。

 遠くで、誰かが叫んでいた。

「ワーム族だ!」

 ローラは、走り回る人々の間を抜けてバドの家に向かった。せっかくの料理が無駄になってしまったことを、少し不満に感じながら。

 ロードも走りながら、昼食の邪魔をされたことに腹を立てていた。この代金は高くつくぞと、心の中で呟いた。



 街に近づくと、ベルツーアは部下たちに命じて、クウェイの歩みを遅らせた。

 街は、ここからもうはっきりと見える。街の前に集結しているクレイ族の戦士たちの姿も。その数は、目算で三十人強。こちらの数は五十だから、あの不可思議な機械を操る二人さえ潰してしまえば、楽に勝てる。ベルツーアは不敵な笑みを浮かべ、隣を進む黒いローブの老人に顔を向けた。

「頼むぞ、ファウスト」

「わかっている。そちらこそ、計画を忘れてはいないだろうな」

 ファウストは、からかうような口調で言う。ベルツーアは、声を上げて笑った。

「私はそこまで愚かではないぞ? しっかりと覚えているわ」

「ならばいい。計画通りにやれば、ワーム族の勝利は疑いない」

 ファウストはニヤリと笑うと、街に視線を戻し、

「私に刃を向けたことを、後悔するがいい…」

と呟いた。

「何か、言ったか?」

 ベルツーアが尋ねる。

「いや、何でもない。これから地獄を見るであろう愚か者共に、哀れみの言葉を贈っていただけだ」

「そうか…それはいい」

 ベルツーアは、愉快そうに笑った。彼はおそらく、ファウストの言った愚か者とは、クレイ族のことを指していると思っているだろう。だが、それは違った。ファウストの脳裏には、四人の顔が浮かんでいた。ロードとローラ、そしてセレナとライロックの顔が。

「私の恐ろしさ、思い知るがいい…」

 ファウストの目は、不気味に輝いていた。



「来たぜ…」

 カールスが言った。フライング・プレートに片足を乗せている。ロードの宇宙艇、シュルクルーズに搭載されていたフライング・プレートは三機。そのうちの一機を借り受けたのである。

 すでにヒート・ソードは鞘から抜いて右手に持っている。彼の目は、迫り来る敵を鋭く凝視していた。

「街は渡さない…今日こそ、ベルツーアを…!」

 バドが半月刀を抜くと、後ろの戦士たちも、刀を構えた。

 ワーム族は、クレイ族の戦士たちの百メートルほど手前で止まった。皆クウェイを降り、刀を抜く。クウェイに乗ったままでいたのは、族長であるベルツーアと、その隣にいる黒いローブの老人だけだった。

「あいつは…!」

 バドたちと共に集団の先頭に立っていたロードは、その黒いローブを見て驚愕した。セレナも気づいたようで、ロードに目を向ける。

「ロードさん…!」

「ああ…間違いない。あいつだ…!」

 魔導士ファウスト。シュルクルーズで死んだはずの、恐ろしい老人だ。

「生きていたのか…!」

「知ってる奴か、ロード?」

 カールスが問う。ロードは、厳しい表情で頷いた。

「こいつは、ヤバいかも知れねえ…」

 ロードが呟くと、カールスは笑った。

「何言ってんだ。ただのジジイじゃねえか。お前たちがいりゃあ、余裕だよ」

「だと、いいのですが…」

 セレナも、深刻そうに言った。

「おいおい、セレナまでそんなこと言うのかよ。考えすぎだぜ」

「来ました!」

 バドが声を上げた。視線を向けると、黒装束の一団が、雄叫びを上げて駆けてくる。部隊を分けているのか、今回はいっぺんに来ない。押し寄せてくるのは、二十人ほど。ベルツーアは後ろに待機している。

「行くぞォ!」

 バドは叫んで、刀を振りかざして駆けた。クレイ族の戦士たちが続いて走り出し、ロードとカールス、セレナはフライング・プレートのアクセルを踏んだ。

 戦いが始まると、ロードは先刻の弱気な考えを振り払った。戦いの中、負けるかも知れないという不安を抱いては、剣が鈍る。それを充分に知っているのだ。戦いでは、戦意の弱い者が負ける。セレナもそれは理解しているようで、迷わず戦場に突入していく。

 間もなく、二つの部族が激突した。熱線銃による狙撃が始まる。数人のワーム族が熱線を受けて倒れたが、敵の勢いは止まらず、たちまち刀と刀がぶつかり合う接近戦になる。戦士たちは、必死の形相で戦いを始めた。

 ロードたちも、フライング・プレートを駆使して敵を翻弄した。ヒート・ソードが赤い光を帯びて、ワームの戦士たちを次々と斬り倒してゆく。

 クレイ族の戦士たちも善戦し、敵の数を徐々に減らしてゆく。砂の上に、ワーム族の血が滴った。むろん、こちらも無傷ではない。半月刀の刃に傷つけられ、倒れる戦士もいる。

 だが、こちらにも死傷者は出たものの、ロードたちの活躍と、数で勝っていたこともあり、第一戦はクレイ族に軍配が上がりそうだった。

 それは、後方で戦況を見ていたベルツーアにもわかった。やはり、あの円盤を何とかしない限り、こちらに勝利はない。

 しかし、ベルツーアに慌てた様子はなかった。むしろ、狙い通りとばかりにファウストに目配せする。

「そろそろかな?」

「そうだな、ベルツーア」

 ファウストが言った。ベルツーアは頷いて、残っていた戦士たちに合図をした。

 戦士たちはクウェイに乗り、走り出した。戦場を迂回するように、左斜め方向へ。

 それを見たロードは、舌打ちした。ロードには、第二陣が戦場を迂回し、街を目指しているように見えたのである。数は三十人ほど。

 街の連中を人質にでも取られたら厄介だ。ロードは思って、セレナとカールスに、

「あいつらを止めるぞ!」

と叫んだ。折しも敵の一人が斬りかかって来たが、ロードはフライング・プレートを浮かせてこれを避け、すぐに急降下して円盤の縁を相手にぶつけた。敵は頭から血を流し、気を失った。

 ロードはフライング・プレートを反転させ、街を目指す第二陣を追った。カールス、セレナもここはもう大丈夫だと判断し、ロードに続く。

 しかし、ここで奇妙なことが起こった。

 砂の上を疾走していたワーム族は、ロードたちが目前に迫ると、急に向きを変え、来た道を戻り始めたのである。そのあっさりとした退却に、ロードたちは呆気に取られてフライング・プレートを停止させた。

「な…何なんだ、あいつら?」

「俺たちに恐れをなしたのか?」

「それにしても、まったく手を出さずに退くというのは、妙ですね…」

 そうこうしているうちに、第二陣は、族長のところに戻って行った。

「どうなってる…?」

 ロードたちは、知らなかった。自分たちが、罠にはまってしまったことに。

「今だ、ファウスト!」

 ベルツーアが、不敵な笑みをたたえて言った。ファウストは、ロードたちのいる辺りに両手を向け、

「出でよ我が下僕、サンドゴーレムよ!」

と叫んだ。カッと両目が見開かれ、瞳が銀色に輝く。

 その瞬間。

 ロードたちのすぐ近く、ちょうどロードたちと第一の戦場との間で、突如砂の一部が盛り上がり、轟音と共に勢いよく天に向かって伸びた。

「なっ…何だ!」

 三人が、慌ててフライング・プレートを後退させる。

 砂は、空中で結集しつつあった。その塊は、どんどん大きくなってゆく。

 ロード、カールス、セレナは、何が起こっているのかわからず、呆然とその光景を見つめていた。

 そして。

 砂の塊は、ある形を取りつつあった。前方が細長く伸び、先端が膨らんで、頭部のようなものを形作る。後方は真っ直ぐ細く、まるで尾のようだ。下から四本の足が伸び、上部からは翼のようなものが広がった。

 それは竜だった。鋭い牙に、長い首。四本足で、背中から大きな翼が生えている。幾多の伝説に登場する、ドラゴンそのものの姿。全長は、頭頂から尾の先まで、十メートルはある。そんなものが、ロードたちの前に、突如として姿を現したのだ。

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