第12話 宴の席
太鼓が鳴っている。動物の皮を張った、原始的な太鼓だ。その近くで、骨をくり抜いて作られた笛が、こもるような高音を発している。それらが奏でる風変わりなメロディーに合わせて、白い民族衣装に身を包んだ娘たちが、滑らかに踊っていた。
戦いに勝利した日に、必ず催される宴だ。クレイ族の人々は、街の中心にある広場に集まって、料理を食べ、酒を呑む。酒と言っても、小麦を発酵させただけの原始的なビール──ここではただの酒としか言わない──だけだが。
その宴の中で、戦士たちは、死んでいった仲間を偲び、また次なる戦いへの英気を養う。陽気に娘たちと談笑している者、戦友の死に一人涙する者、酔い潰れて地面に大の字になっている者と、様々な光景が見られた。
むろん、ロードを始め、ローラやセレナ、ライロックも、その宴に加わっていた。この宴は、彼らの歓迎も兼ねているのである。
四人は、族長バドとその妹シーアの近くに座っていた。カールスもそこにいる。
彼らは、広場の中心からは少し離れたところで、周りの陽気な雰囲気とはうってかわって、緊迫した話をしていた。南からの侵略者、ワーム族についてである。バドは、事情をよく知らないロードたちに、ワーム族について、色々なことを話した。それからカールスも、自分がここにいる訳や、ロードたちを呼んだ訳を説明した。
「…つまり、俺たちにも一緒に戦えって言うんだな?」
少々赤い顔で、ロードが言う。どうやら彼は、アルコールが顔に出やすい性質のようだ。
「そういうことだ。アルークの修理を手伝って欲しいのは山々だが、とりあえずは、こっちの問題のほうが切迫してるからな」
カールスは答えて、焼いた馬鈴薯に噛みついた。
それを見て、ローラが不思議そうな顔をする。
「それ…馬鈴薯よね?」
「ん? ああ、そうだが?」
「どうしたんだ、ローラ?」
「うん…馬鈴薯って、涼しいところに育つもだと思ってたから…それに、小麦も」
「ああ、そういうことか」
カールスは軽く笑った。
「ここじゃ、これが普通なのさ。馬鈴薯も小麦も、この星じゃ、暑いところに育つものなんだ」
「そうなの…」
ローラは曖昧に納得した。馬鈴薯や小麦が、オアシスとは言え砂漠地帯で育つなど、聞いたことがなかったのである。
「色んな星があるのさ。自分の持ってる知識だけで物事を判断しちゃいけないな」
ロードが愉快そうに言った。ロードは、こういうことには慣れているようである。
「で、話を戻すけどよ。そのワーム族ってのは、どのくらいの規模で攻めて来るんだ?」
「それは、俺からお話します」
バドが口を開いた。
「初めの頃は、三十人程度のものでした。ですが、来る度に奴らは数を増しています。今回のは…」
「六十人はいたな」
「はい。おそらく次に来る時は、さらに規模を大きくしてくるでしょう」
「次にいつ来るか、それはわからないのか?」
「およそ五日ごとの間隔で攻めて来ます。だから、次も、そのくらいでしょう」
「そうか…しかし、とんでもないところに来ちまったな」
ロードは頭をかいた。
「やってくれるよな、ロード?」
カールスが言った。
「お前たちと、お前たちの持つ熱線銃とヒート・ソード。それにフライング・プレートがあれば、今度奴らが来ても勝てるんだ。幸い、そっちの姉ちゃんもかなりできるようだし」
「俺からもお願いします。ぜひにとは言いませんが、今、あなたたちがいてくれれば心強い」
バドが頭を下げた。
「今日の戦いで、九人が死にました。負傷者も多く、まともに戦えるのは三十人程度しかいません。あなたたちのように強い味方がいれば、その不利も無にできるでしょう」
「んー…」
ロードは唸って、満天の星空を見上げた。大気が汚染されていないここでは、星々は無数に見える。まるで、空が星たちに埋め尽くされているようだ。
「どうするの、ロード?」
「お前はどうなんだ? 人が死ぬのを見たくないお前だから、やっぱり俺が手伝うのは反対か?」
ロードが、ローラに視線を移した。ローラは、少しうつむいた。
「確かに人が死ぬのは嫌。でも、このままじゃ、この街の人が不幸になるし…それに、戦わなきゃいけない時があるって言うのもわかってる…」
「うん。で?」
「だから、ロードがやるって言うのなら、あたしは止めないわ。自衛のための戦いは、仕方ないと思うから…」
「お前さんたちは?」
ロードが、ライロックとセレナを順に見る。
「あの、思ったんですけど…」
「何だ?」
「いえ、バドさんにお聞きしたいんです」
「何です?」
「どうして、ワーム族はこの街を侵略しようとしているのですか? 理由もなく、街を襲ったりはしないでしょう」
「さあ、俺たちにもわかりません。奴らはある日突然やって来て、いきなり街を明け渡せと言ってきたんです。それが、何か?」
「はい。もし何らかの理由があって彼らがこの街を必要としているのなら、理由によっては、和平が可能なのではと…」
「なるほど、そういうことですか…」
バドは悲しそうな微笑を見せた。
「俺も、同じことを考えました。ある時、ワーム族の街に使者を送ったことがあります。何か困った状況にあって我々の街を求めるのなら、ワーム族を受け入れ、共存しても良いといった内容の手紙を持たせてね。ですが、その使者は帰って来ませんでした。そして何日か後にワーム族が攻めて来た時、族長のベルツーアは、俺にその使者の首を投げてよこしたのです…」
「そう…ですか…」
ライロックの声が沈んだ。バドの悲しげな微笑の意味がわかったのだ。使者を送ったのはバドだ。つまりその使者は、バドの命令を実行せんがために死んだのだ。言わば、バドのせいで死んだとも言える。バドは、それを今でも悔いているのだろう。
「奴らの頭の中に、共存などという文字はない。奴らにとって他の部族は、支配するか滅ぼすか、そのどちらかでしかないのです…!」
バドは、拳を強く握り締めた。その横で、シーアが心配そうな顔を兄に向けていた。
「それで、結論は?」
ロードが聞く。ライロックは少し沈黙して、
「ならば、戦うしかありませんね…」
と言った。
「セレナはどうだい?」
「私は、ライロック王子の判断に従うまでです」
セレナはあくまでライロックの従者だ。聞くまでもなかったな、とロードは思った。
「じゃあ、決まりだ。乗りかかった船だし、協力しましょうか」
それを聞いて、バドの表情がパッと明るくなった。
「ありがとう! ありがとうございます! あなたたちがいれば、ワーム族など、恐るるに足りない!」
バドは嬉しそうに、ロードの手を取った。
「あんまりあてにされても困るけどな…俺たちにだって、できることに限界はあるぜ?」
「わかっています! でも、今は一人でも味方が多いほうがいい!」
「助かる。礼を言うぜ、ロード」
カールスが、照れながら言う。思えばカールスは、ロードに礼など言ったことがなかった。そのせいか、ロードのほうも、狐につままれたような顔をしていた。そして、うそ寒そうに首をすくめる。
「…よ、よせよ。お前に言われると、気味が悪いぜ」
「な、何だと! 人がせっかく…!」
カールスが、ロードに食ってかかる。するとロードもすぐに、
「気味が悪いからそう言ったんだ。何が悪い!」
と言い返す。
「この野郎!」
「やるか!」
二人は勢いよく立ち上がった。が。
「いい加減にしなさいよ!」
ローラの厳しい叱咤に、互いの胸倉を掴んだ格好のまま停止する。
「おめでたい席なんだから、喧嘩なんかしないで!」
「は、はい…」
ロードとカールスは、ローラの剣幕に押され、素直に腰を下ろした。
「プッ」
とシーアが吹き出した。それが引き金となって、バドも、ライロックもセレナも笑い出した。怒っていたローラ本人も、堪えきれずに笑い出す。そのうち、ロードとカールスも笑いの輪に加わった。
宴も、最高潮に達していた。娘たちの踊りは陽気なものとなり、酒の入った男たちは、赤い顔で騒いでいた。女たちも、楽しそうに笑っている。
「いい街だな」
ロードが言うと、バドは誇らしげに、
「はい」
と答えた。
「この街を、この街に住む皆を守ってゆくことが、我々戦士たちの義務であり、またそうあることは、誇りなのです」
「そうか…」
ロードは、目の前の楽しそうな光景を見て、ふと、ウォーレルの「放浪者」を思い出した。あそこにいた連中も、ここにいる者たちと同じように陽気だった。そのせいか、ロードは、何となくこの街が気に入り始めていた。懐かしさを感じながら。
ローラも同じ気持ちなのか、見ると、微笑んでいた。
「守ってやるか…」
ロードは星空を仰いで、そう呟いた。
夜が更けた。
宴は終わり、人々は自分の家に戻り、床についた。
賑やかな宴は嘘のように消え、街は静けさに包まれた。
バドは、ロードたちを、自分たちの家に招待した。バドとシーアの家は、他の家よりも大きく、部屋も多い。だから、ロードたちにはそこに泊まってもらおうということになったのだ。ちなみにカールスも、バドの家に部屋を持っていた。ロードは本当は、街の東に停めたシュルクルーズに帰るつもりだったのだが、せっかくの厚意を無にしてはいけないと、ローラが主張したのである。
空いている部屋の数は二つ。例によってセレナがライロックとの同室を希望したので、一つはその二人に、もう一つにロードとローラが泊まることになった。
ロードたちは、バドと広間で少しの間話し込んだ後、それぞれの部屋に入って行った。
皆、今日の戦いと宴とで疲れていて、部屋に入ると、すぐにベッドに入り、眠りについた。ロードを除いては。
ロードは、何となく寝つけなくて、夜の街を散歩していた。明かりはないが、月の光で、周りがはっきり見えた。
この街は、小さな湖の南に成り立っていた。湖の畔には、小規模だが林もあり、地面はそこだけ土だった。人々の住む家は、ここの木と土からできている。木材で骨組みを造った後、表面を土で固めるのだ。そうしてできた家は、涼しい、砂漠地帯に適した家となる。
ロードはしばらく、湖の畔に腰を下ろして、静かなさざ波を眺めていた。
星々を映した水面が、ゆったりと揺れている。ずっと見ていると、吸い込まれそうな感覚に襲われた。
「静かだな…」
ロードは呟いた。
風が吹き、林の木々が葉擦れの音を立てた。ふと、寒気が走る。砂漠地帯は、昼は猛烈な暑さだが、夜には急激に温度が下がるのだ。その寒さを感じたということは、酒が抜けたということだ。ロードは、これなら明日頭痛に襲われることはないと安心した。その代わり、身体がどんどん冷えてきた。このままここにいたら、酔いではなく、風邪で頭痛に襲われそうだった。
「戻って寝たほうがいいな…」
ロードは立ち上がり、月明かりの中、街に戻って行った。
街に入ると、真っ直ぐにバドの家を目指す。途中、異様な目つきの男とすれ違ったが、ただの酔っ払いだろうと思い、ロードは気にも留めなかった。
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