第11話 砂漠の戦い

 その頃。

 ロードの乗った宇宙艇シュルクルーズは、惑星サリールの目前にいた。

「これが、サリール?」

 ローラが操縦室の窓際に立って、そこから見える、黄色と青の惑星を見つめた。雲はほとんどなく、惑星の両極に集中している。大陸は黄色く、ここからでも広大な砂漠が見て取れた。

「かなり、乾燥した星ですね。人は住んでいるのでしょうか?」

 ライロックが問う。

「住んでるさ。北の大陸は恵まれた気候で、ちゃんとした国家もある。南は砂漠だらけだが、少数民族が何百も生活してるんだ」

「カールスは、どの辺にいるの?」

「そうだな…」

 ロードはポケットから小型のタブレットを取り出した。

「E132・S21ってことは…ティンク、どの辺りだ?」

『スクリーンに表示します』

 ピッという音とともに、操縦席の正面窓の上にあるスクリーンが、惑星サリールの地図を映し出した。そして、南半球にある二つの大陸のうち、西側の逆三角形をした大陸のほぼ中央部に赤い点が点滅していた。

『この地点が、E132・S21です』

「あそこか…砂漠のど真ん中だな。あいつ…干からびてなきゃいいがな」

「ロード、縁起でもないこと言わないで!」

 ローラがロードを睨み付けた。ロードは肩をすくめる。

「冗談だよ、冗談。それより、早く座れよ。大気圏に突っ込むぞ」

「あ…うん」

 ローラは、ロードの隣の席に座った。

「お前たちは、部屋に戻ってたほうがいいぜ。ここには椅子が二つしかない。立ってたら危険だ」

「わかりました。セレナ」

「はい、王子」

 ライロックとセレナは、操縦室を出て行った。二人が部屋に入るまで待って、ティンクに大気圏突入の命令を下す。

『了解。目標地点は、E132・S21ですね』

「そうだ。頼むぞ」

『了解。船体角度修正。これより、惑星サリールに降下します』

 シュルクルーズが、船首を上げ、サブ・ブースターを上向きに噴射して、サリール星へと降下を始めた。

 惑星の重力圏に入り、船体が小刻みに揺れた。ティンクが各ブースターを駆使して、船体の角度を保つ。

 間もなく、大気圏に突入。すべての窓に耐熱シャッターが下りた。空気の摩擦で、船体が赤く輝く。シュルクルーズの装甲は耐熱装甲だから燃えはしないが、船内の温度が急激に上がる。それを察知すると、冷却装置が働いて、船内温度を下げた。

 ロードたちは、それぞれの場所で、激しい振動に身体を硬くしていた。さすがのロードも、この時ばかりはいつも肝を冷やす。何しろ、少しでも装甲に欠陥があれば、そこから船体は燃え出し、火の玉となってしまうのだ。そうなったらロードたちは、一瞬にして灰と化してしまう。

 しばらくして、振動が収まった。冷却装置が止まり、耐熱シャッターが音を立てて開いてゆく。

『降下完了。機体に異常なし』

 ティンクの声に、ローラは安堵の息をついた。

「着いたのね」

「ああ、到着だ。砂漠の大陸にな」

 ロードは、正面の窓から、外を見ていた。

 見渡す限りの大砂漠。雲一つない空と、黄色い砂。それだけの世界が、広がっていた。

「ほんとに、砂漠だけね…」

 ローラが洩らす。素直な感想だ。

 ややあって、ライロックとセレナが操縦室に入って来た。

「ここが、サリール…」

 セレナは果てしなく広がる砂漠の光景に、圧倒されていた。

「こんな景色、見たことがない…」

「ユーフォーラには、砂漠はないの?」

 ローラが尋ねる。

「いえ、あるにはありますが、ここまで大きいのは…」

 そう言ったライロックも、感嘆の息を洩らしていた。

「さて、こんなところに観光に来たんじゃないからな。さっさとカールスを探すぞ。ティンク、近くに宇宙船がないかどうかスキャンしてくれ」

『了解』

 前方のスクリーンに、少し傾いた十字のラインが引かれた。中心がシュルクルーズで、十字のそれぞれの先には、東西南北を示すマークが表示されている。

 少しの間、ティンクはスキャンのため、沈黙した。ロードたちも何となく黙って、スクリーンを見つめていた。

 と、モニターに白い光点が現れた。ちょうど、南西の方角だ。

『この地点に、それらしき物体を確認しました。南西約四十八キロメートルの距離です。ですが、通信システムにアクセスしても、応答がありません』

「カールスの宇宙艇かしら…?」

「この大陸には、飛行機を作る科学すらないんだ。とすりゃ、あいつのアルークしかねえよ。応答がないってことは、カールスは船を降りてるってことだ。生きてりゃな。ティンク、その近くに人はいるか?」

『生命反応多数。街らしき場所と、砂漠の真ん中に集結しています』

「街があるの?」

 こんなところに、とローラは言いたげだった。無理もない。ここから見えるのは、砂ばかりなのだから。

「オアシスでもあるんだろ」

 ロードが言った。

「しかし、砂漠の真ん中に集結ってのは、わかんねえな…その街から近い場所でか?」

『はい。十キロメートルと離れてはいません』

「何でしょう…?」

 セレナも不思議そうだ。ライロックも首を傾げている。街に人が集まっているのはわかるが、砂漠の真ん中というのは普通ではない。

「集会でもやってるのか…? ま、行ってみりゃわかるさ。街は、それだけなんだな?」

『もう一つ、南南西約百三十キロメートルの辺りに確認できますが、指定の地点からは遠すぎると思われます』

「そうか。じゃあカールスは南西の街か、その近くだな」

「行くのね?」

「当然。ティンク、方向修正。南西に向かう」

『了解』

「ただし、高度千で、速度は七十に抑えてくれ。飛行機も知らない連中を脅かすと厄介だからな」

『わかりました。設定終了。南西に方向修正』

 シュルクルーズはほぼ九十度回転し、高度を上げ、南西へとブースターをふかした。小さな砂の竜巻が、後に残って、消えた。



 戦いは始まっていた。

 黒いターバンに黒いマントを着けたワーム族と、白いマントを身に纏ったクレイ族とが真っ向から衝突していた。

 すでに乱戦状態だ。砂漠の民が好んで使う武器、半月刀がぶつかり合い、甲高い響きを立てている。カールスの提供した熱線銃も、大して効果はなかったようだ。それもそのはず、敵の数は、今までよりも遥かに多かったのである。

 軽く六十人はいる。これでは、接近してくる前に熱線銃で何人かを殺しても、敵の戦力に大して影響はない。今までの戦いでは、敵の数が三十人前後と少数だったから、たった三丁の銃でも充分役に立ったのである。

 もちろん、銃だけでなく、弓も使われたが、クレイ族の弓は射程距離が短い上に、連射ができない。矢を三本も撃たないうちに、敵に接近されてしまった。今、熱線銃と弓の役目は、敵が混乱に紛れて街へ向かうのを防ぐに留まっていた。

 半月刀は、幾人もの皮膚を切り裂く。真っ赤な鮮血が、辺りに飛び散った。

 戦況は、どちらとも言えない。数の上で劣っているクレイ族の戦士たちは、予想以上に奮闘している。クウェイに乗ったワーム族の戦士を二人がかりで引きずりおろし、地面に倒れたところに刀を突き刺す。一方、ワーム族も負けてはいない。隙を見せたクレイ族の戦士をクウェイの強靭な足で蹴散らし、またクウェイの背から刀を振り下ろして相手の頭を断ち割る。

 刀と刀のぶつかる音と、戦士たちの上げる怒声とが、熱い砂漠に響き渡っていた。

 むろん、その中にカールスもいた。カールスは赤く輝くヒート・ソードを操り、ワーム族の戦士を一人、また一人と倒している。高熱を帯びたヒート・ソードは、受け止めようと構えた刀ごと、敵の身体を切り裂く。またヒート・ソードで受け止めた刃は、高熱でひしゃげてしまう。よってカールスは敵にとって驚異的な存在となった。そのため、カールスには常に複数の敵がつく。

「てめえら、無駄だってのが、わからねえのか!」

 カールスは剣を振るいながら、ありったけの声で叫んだ。

 クレイ族の若き族長バド・サーラは、額に金の飾りをつけた男と戦っていた。ベルツーア・ベイラ。ワーム族の族長である。

 砂漠の戦いでは、大将が後ろで戦況を見ている、などということはない。族長は、部族の先陣を切って戦う。それが常識なのだ。

「街は渡さない! 大人しく帰れ!」

 バドの刀が横一文字に振るわれる。ベルツーアはそれを刀で受け止め、そのまま押し返してきた。バドはよろけて二歩後ろに下がる。そこへ、別の男が背後から斬りつけてきた。

「…ッ!」

 バドは素早く体勢を立て直し、振り向きざま、刀を斜めに振り上げた。

 甲高い音がして、男の刀が宙を舞い、その間にバドの刀が男の腹を切り裂いた。返り血をものともせず、バドはベルツーアに向き直る。

「我々は、決して負けない!」

「それは、こちらの台詞だ…!」

 ベルツーアは、激しい形相で刀を構えた。

「我々には、あの街が必要なのだ!」

「あれは、クレイ族の街だッ!」

 両者はまた、戦いを再開した。

 カールスのヒート・ソードが、八人目の敵の胸を切り裂いた。鮮血を噴き出し、絶叫を上げて倒れる敵。だがすぐに、新たな敵がカールスの前に立ちはだかる。

「うおおおおッ!」

 雄叫びとともに敵が刀を振り下ろす。カールスはそれをヒート・ソードで受け止めた。敵の刀はヒート・ソードの高熱に負けてぐにゃりと曲がる。動揺する敵の腹に、カールスは剣を突き立てた。

 しかし。これで終わったわけではない。新たに四人のワーム族が、カールスを囲んでいた。四人は警戒しながら、じりじりと包囲の輪を縮めてくる。

「ちっ…やべえ…かも」

 カールスは小声で呟いた。ヒート・ソードを持っていたとしても、四方から来る攻撃を同時に受け止められはしない。いつの間にか、カールスは危機に陥っていたのだ。

 カールスは、援護が来ないかと周囲を窺った。だが、近くにいるクレイ族の戦士たちは皆、一人ないし二人の敵を相手に、必死に戦っている。援護は期待できそうにない。

「どうする…?」

 じわじわと近づいてくる四人の敵。血糊のついた半月刀が、不気味に輝いている。

「死ねェ!」

 四人が同時に突進してきた。

 ──駄目だ!

 カールスがそう思った時。

 突然の轟音とともに、白い機体が戦場を、いや正確には戦場の真上を駆け抜けて行った。砂が巻き上げられ、空に舞う。と同時に、何かが空から降りてきた。

「な、何だ!?」

 カールスを囲んでいた四人を含め、砂漠の戦士たちは驚愕に目を丸くした。

 急速に降りてくるのは、直径二メートルほどの円盤だ。その円盤に人が乗っているのを見て、カールスはその正体に気づいた。

「来やがった…ロードが!」

 カールスはそう言って、自分を囲んでいた敵の一人を斬り倒した。直後に二つの円盤が地表に降りてきて、それぞれに乗っていた人物が、動揺している残りの敵をヒート・ソードで切り裂く。一人は栗色の髪の少年。もう一人は、紅い髪の美しい女性。ロード・ハーンとセレナ・ターレスである。

 二人は、フライング・プレートという、小型のホバー・クラフトに乗っていた。円盤型で、前部に二股の操縦桿が伸びている。

「ロード!」

 フライング・プレート上のロードが、親指を立ててみせた。

「よう、カールス! こいつは貸しだぜ!」

 ロードとセレナは二手に分かれ、フライング・プレートに乗ったまま、黒装束のワーム族を次々と斬り捨てていった。

 ワーム族の戦士たちは、この二人が敵であることを理解し、恐怖に慄いた。逆にクレイ族の戦士たちは、強力な味方の出現に奮い立つ。

 戦いが再開された。我に返った両軍が、再び刀と刀をぶつけ合う。

「味方か…!」

 バドは、あの二人がカールスが呼んだ助っ人だと悟り、笑みを浮かべた。そして、再びベルツーアに斬りかかってゆく。バドとベルツーア、二人の刃が激突して火花を散らす。

 だが、ロードとセレナが来たことで、勝負がついた。二人の乗るフライング・プレートは、上昇下降が自由な上、クウェイよりも小回りが利く。ロードとセレナはこれを駆使し、ワーム族を雑草のように薙ぎ払ってゆく。二人の活躍で、ワーム族戦士は半数に減らされ、三十人程度となってしまった。ベルツーアは、このままでは勝算が薄いとみて、全員に退却を命じたのである。

 ワーム族はそれを聞くと、死に物狂いで戦場を脱出し、ある者はクウェイに乗って、またある者は徒歩になって、南へと逃げ去って行った。来た時と同様、砂塵を巻き上げて。

 とりあえずの戦いは終わった。クレイ族の街は、守られた。

 小さくなってゆくワーム族を見ながら、クレイ族の戦士たちは歓声を上げた。勝利の喜びに、皆顔をほころばせる。むろん、この戦いで命を落とした者も少なくない。砂の上に、いくつもの死体が横たわっている。だが、今は皆、それを悲しむより、戦いに勝利した喜びを味わっていた。

 フライング・プレートを降りたロードとセレナの周りに、たくさんの人が集まっていた。人々はロードとセレナを称賛し、感謝の言葉を雪崩のように贈ってきた。

 誰もが、顔に笑みをたたえていた。これが一時的な勝利でしかないかも知れないことは、皆わかっていた。しかし、今はそれでいい。この勝利を祝おう。誰もがそう考えていた。

 若き族長バドが、ロードとセレナのところへやって来た。カールスも一緒だった。

 バドは自己紹介をし、丁重な礼と、歓迎の言葉を述べた。セレナは恭しく頭を下げたが、こういうことに慣れていないロードは、照れて頭をかいただけだった。

 そして、カールスはロードの前に歩み寄り、

「ロード」

「おう」

「遅いぞ、この野郎!」

と怒鳴って、ロードの頭を殴った。

「ってえ…」

 ロードは頭を押さえ、

「何しやがる! 助けてもらった身分で!」

 そう怒鳴り返し、負けじとカールスの腹に拳を叩き込んだ。

「やりやがったな!」

「うるせえ!」

 瞬く間に、二人は殴り合いの喧嘩を始めた。セレナを始め、周りの人々は、呆気にとられてこの光景を見ていた。

「あーあ、またやってる」

 上空。ロードとセレナを射出した後、待機していたシュルクルーズのスクリーンにも、この様子が映っていた。

 ローラは呆れたように苦笑した。

「ほんと、相変わらずなんだから」

「あの…ローラさん、止めなくていいんでしょうか…?」

 ライロックが言うと、ローラは笑って答えた。

「いいのよ。あれが二人の挨拶なんだから」

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