第10話 砂の大陸

 翌日の早朝。

 ロードたちは「放浪者」を後にして、ホテルに荷物を取りに寄った後、エレベーターを使って港に上がった。幸いなことに、ロードは二日酔いにはならなかったようだ。

 一泊分の停泊料を事務所で支払い、シュルクルーズに乗り込む。操縦室に入って発進準備を整えた頃、誘導員がシュルクルーズを中央滑走路へと導いた。

『メインエンジン、発進可能出力到達。各部回路チェック完了。機能に問題なし。発進可能』

 ティンクの声が、操縦室に響く。ほぼ同時に、滑走路脇のランプが青く点灯する。発進許可の合図だ。

「よし、シュルクルーズ、全速発進!」

 ロードが操縦桿を前に倒し、右脇のレバーを引いた。

 シュルクルーズは、中央滑走路を弾丸のごとく駆け抜け、射出口から果てしない宇宙に飛び出した。

 機体後方を映すスクリーンの中で、菱形の小惑星がどんどん小さくなってゆく。五分も経たないうちに、小惑星都市ウォーレルは小さな光点となった。もう他の星々と同じになり、どれがウォーレルだかわからない。

『発進による異常、認められず。各部、極めて正常』

「わかった。オートに切り替える。後は頼むぞ、ティンク」

『了解。これよりオート航行に入ります。目的地の指定を』

「目的地は、惑星サリールだ。わかるな?」

『はい。目標、惑星サリール。指定します』

「よし、と」

 ロードは操縦桿を放した。ここからは、ティンクが船をコントロールすることになる。ちなみに発進もオートでできるのだが、ロードは発進だけはマニュアル(手動)で行うことにしている。そうでなければ、船は完全にコンピュータの支配下に置かれることになり、操縦者の必要がなくなってしまう。宇宙船は人の動かす乗り物だと考えているロードは、すべてをコンピュータに任せることをよしとしないのであった。

「さて、後はサリールに着くのを待つだけだな」

「ここからサリールまで、どのくらいかかるの?」

 ロードの隣に座っているローラが尋ねた。

「んー…俺も実際に行ったことはないから、ちょっとわからないな。ティンク?」

『ワープを三度行えば、インターバルを含め、約七時間二十分で到着します』

「だってさ」

「そう…けっこう遠いのね。で、どんなところなの、サリールって?」

「早い話が、砂漠の星だな。ほとんどの大陸が砂に覆われてるって話だ。ま、そのせいか、もの凄いお宝が埋まってるって噂がいくつも立っててね。トレジャー・ハンターにとっちゃ、絶好の仕事場だな」

「カールスも、何かを探しにサリールに行ったのかしら?」

「だろうな。どこかの情報屋からネタを仕入れたんだろうよ」

「その途中で、トラブルに巻き込まれたってこと?」

「そんなところかな。ま、何を探しに行ったのか知らないけど、見つけてることを祈るね」

「…どうして?」

 ローラが、怪訝な顔で聞いてくる。ロードはローラのほうを向いて、ニヤリと笑った。

「助けた後、報酬としてふんだくれるだろ?」



 砂漠。

 目の前に広がるのは、果てしない、黄土色の砂の世界だった。時折吹く熱い風が、砂塵を巻き上げる。

 ここは、科学とは無縁の地だ。そう心の中で呟きながら、カールス・デイは後ろを振り返った。黒い髪に浅黒い肌をした、鋭い目つきの少年だ。

 カールスの背後には、白い、円盤型の中型宇宙艇がある。かなり傷んでいるようで、あちこちの装甲版がめくれ、内部構造が剥き出しになっていた。さらにその向こうには、オアシスに作られた小さな街が見える。この七日間、カールスが身を寄せている街だ。

 砂漠の民、クレイ族の街。カールスは七日前、彼らに命を助けられた。

 カールスがこの惑星サリールに来たのは、砂漠に埋もれているという、この星の先住民族が建設した古代都市を探すためだった。ウォーレルの情報屋から買った情報で、その古代都市には莫大な財宝が眠っているということだった。

 だがその途中に、トラブルが起こった。宇宙艇、アルークで砂漠の上を飛んでいた時に、巨大な砂嵐が機体を掠めたのである。宇宙空間を航行する船は、普通、砂嵐くらいではびくともしない。だが大気圏突入の際に装甲に亀裂が入っていたのだろう。その亀裂から大量の砂が入り込み、アルークの電気回路が異常をきたした。コントロール不能になり、アルークはこの場所に墜落した。カールスはどうにかアルークから這い出したものの、不時着の際に後頭部を強打していたため、意識を失ってしまった。クレイ族の族長、バド・サーラとその部下たちは、そのまま干からびて死ぬところだったカールスを街に運び、手当てをしてくれたのだ。

 アルークが故障している上、街にはスペアの部品も、燃料もない。カールスは、街に留まらざるを得なくなった。そうして、七日が過ぎて行った。

「早く、宇宙に戻りてえな…」

 カールスは、顔を上に向けた。だが、頭上に広がるのは星々の輝く宇宙ではなく、雲一つない黄ばんだ青空であった。

 何もない空に、何もない砂漠。カールスにとって、ここは何の魅力もないところだ。あの街にしても、心魅かれるものは何もない。彼らは平穏な生活を好み、そのために畑を耕し、家畜を飼う。冒険とスリルを求めるトレジャー・ハンターとは、まったく正反対の生活だ。カールスは早く宇宙艇を修理して、冒険の待つ宇宙に戻りたかった。だから、ロードにメッセージを送った。あの街を離れるために。

 だが、それだけではない。

 ロードを呼んだのは、アルークの修理のためだけではなかった。ロードがここに来て、アルークの修理が終わったとしても、カールスはしばらくこの地に留まらなければならないと思っていた。命を助けられた恩を返すために。

「今日は…来ないか…」

 カールスは、視線を戻し、黄土色の地平線を眺めた。見渡す限り、砂だけの地平線を。

「カールス」

 不意に、背後で声がした。振り返ると、カールスとほぼ同じ年頃の若者と、少し年下の少女が立っていた。二人とも、馬に乗っている。

「よう、どうした、バド? シーアも」

 若者の名は、バド・サーラ。クレイ族の若き族長である。少女はその妹で、シーア・サーラという。

「昼飯を持って来たんだよ」

 バドとシーアは馬を降りた。シーアが、馬の鞍にくくりつけていた包みを下ろす。

「悪いな、見張りなんかやらせてしまって」

「気にすんなよ。俺が勝手にやってることさ。恩返しってやつだよ」

「でも、恩ならもう、充分に返してもらいましたよ」

 シーアがカールスの前に座り、包みを開けた。小麦粉を練って固めたパンや、焼いた馬鈴薯など、質素な食事が顔を出す。だがカールスは、これでもここではご馳走のほうだとわかっているから、文句は言わない。

「サンキュ、シーア。いただくよ」

 カールスは馬鈴薯を一個、手に取った。

「…今日は、来ないみたいだな」

 バドが、地平線に目を向ける。

「ああ。さっきから影も見えない。ま、そうそう毎日来てもらっちゃ、たまったもんじゃないけどな」

「まったくだ」

 カールスとバドは、顔を見合わせて笑った。

「でも、お前には感謝してるよ。お前の貸してくれた武器は、奴らとの戦いに、かなり役に立ってる」

 バドはそう言って、腰に下げた熱線銃を軽く叩く。

「まったく不思議な武器だな。光で人を殺すなんて。しかも、弓より確実に命中する」

「だけど、そいつは全部で三丁しかない。おまけに乱戦になったら味方に当たる可能性もあるから、迂闊には使えないぜ。接近戦になりゃ、結局頼りになるのは剣だ」

と、カールスは自分とバドの腰を示す。カールスの腰にはヒート・ソードが、バドの腰──熱線銃を下げているのとは反対側──には半月刀が下がっていた。

「そうだが、少なくとも、接近される前に敵の数を減らすことはできる。こいつのおかげで戦力が上がったのは間違いない。充分感謝するに値するよ」

「言ったろ? 恩返しだって。礼はいらねえよ。それより、聞きたいことがあるんだ」

「ん、何だ?」

「どうして、どこの馬の骨ともわからない俺を助けたんだ? もしかしたら、奴らの仲間かも知れなかっただろ?」

「何だ、そんなことか」

 バドは笑った。パンをちぎって口に放り込む。

「お前の服装から、奴らでないことはわかったよ。クレイ族は、敵でなければ誰でも温かく迎え入れる。ただ、そいつには、さすがに驚いたがな」

 バドは、背後の宇宙艇を振り返った。

「北の大陸に、こういう機械があると聞いたことはあったが、本物を見たのは初めてだったからな」

「だけど、俺が別の敵だったかも知れないじゃないか?」

「ハハッ! たった一人の敵に、俺たちクレイ族は遅れを取ったりしないよ。クレイ族の戦士は、皆勇敢だからな」

「だから、今までも、ワームの侵略を寄せつけないでいられたんですよ?」

 シーアが言う。

「そうか…。ま、何にしても、俺はお前たちにでっかり借りがあるってことだ」

 カールスがそう言うと、バドの表情が少し曇った。

「そういう風には考えないで欲しいな。俺はお前を良い友人だと思っている。だから、貸しだの借りだの、そういうことは忘れて欲しい」

「友人…? 客人の間違いだろ?」

「いや、友人だ。お前は、俺の友人だよ」

 バドが微笑んで、カールスを見つめた。

「お前には、どこか魅かれるところがある。うまくは言えないが…とにかく、俺はお前を友人として見ている。だからお前も、恩返しなどにこだわるのはやめてくれ」

「友人、か…」

 いい響きだ、とカールスは思った。こんな辺境の星に、友人ができた。カールスは何となく可笑しくなり、クックッと笑った。

「どうした?」

 バドが、怪訝な顔を向けてくる。

「いや、何でもない。わかった、俺も、お前を友達だと思おう」

「そうか…」

 バドは、嬉しそうに笑みを浮かべた。友人の数が多いことは、クレイ族の人間にとっては、何よりの誇りになる。それが戦友なら、なおさらだ。そんなことを、カールスはバドから聞いたことがあった。

 と、その時。

「兄さん、あれ!」

 シーアが、緊迫した声を上げた。彼女は、遠く地平線を指差している。

「どうした!」

 バドとカールスが、シーアの指す方向を見つめる。すると、地平線の辺りで砂塵が巻き上げられているのが目に入った。風のせいではない。砂塵の中に、小さく黒い影が見える。

「バド、あれは…!」

「ああ…あれは、クウェイが巻き上げた砂埃だ…!」

 クウェイ。それは二本足の鳥型の動物で、足が速く、背に人を乗せて走る。

 そして、そのクウェイを乗騎としているのは。

「ワーム族だ!」

 カールスが叫んだ。

 ワーム族。遥か南の街に住む部族だ。少し前から、幾度となくクレイ族の街に攻撃をかけてくる。カールスは、彼らの見張りをしていたのだ。

「バド、早く戻れ! 街の連中に知らせて、防備を固めろ! 戦える奴を集めるんだ!」

「わかった!」

 バドは素早く馬に飛び乗り、街に向けて走り出した。シーアも少し遅れて続く。

 カールスはそれを見送って、また地平線に向き直った。砂塵の中、おぼろげに、黒い影が群れを成した蟻のように見える。

 かなりの数だ。カールスは、一抹の不安を感じた。

「奴ら、来る度に数を増してやがる。今回はヤバいかも知れねえ…」

 クレイ族の人口は、約三百人。その中で、戦士として戦いに参加するのは、およそ八十人。だが、今までの戦いで傷ついた者を差し引くと、今戦えるのは、せいぜい五十人前後だ。敵がそれ以上の数で攻めてきたら、圧倒的に不利である。

 カールスは、数の上でこちらが勝っていることを願わずにいられなかった。クレイ族は勇敢だが、ワーム族はもっと強力なのである。

「くそ…! ロード、早く来やがれ…!」

 カールスは、天を仰いで言った。

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