第9話 メッセージ

「マーヤの幻石だって! すごいお宝じゃないか!」

「見つけたのか、ロード?」

「おお、そう言えば、その話をまだ聞いとらんかったな。どうだったんじゃ?」

 ドイルが、ローラからロードに視線を移す。

「見つけたよ。だけど…」

 ロードが、不機嫌な声で言った。

「だけど、何じゃ?」

「取られちまった。ヤードの野郎にな…」

「何だと!」

 ジョーレスが、憤りを見せた。他の連中も、ヤードの名を聞いて、渋い顔をする。

「あの野郎、また、人の獲物を…」

「まったく、最低の奴だぜ、あいつは!」

「何度も何度も、ゴキブリみたいによ!」

 皆、口々にヤードの悪口を言う。ロードは、悔しさが甦ったのか、カウンターに乗せた両手を、きつく握り締めていた。

「あいつ…俺たちを尾けていやがっんだ…」

「そうか…運が悪かったな…」

 そう言って、ドイルがエール酒の新しいグラスをロードの前に置く。

 ヤード・デ・モローに獲物を奪われたトレジャー・ハンターは、ロードだけではない。ジョーレスも何度かあったし、他にも、この店の常連は、最低一度はヤードの被害に遭っている。トレジャー・ハンターにとって、ヤードはまさに天敵なのだ。だから、トレジャー・ハンターが集まるこの店でのヤードの評判は、すこぶる悪かった。むろん、他でも評判が良いとは言えないが。

 店の雰囲気は、ヤードの名が出たことで、重く、暗くなった。この中にいるトレジャー・ハンターは、おそらく、自分がヤードに獲物を奪われた時のことを思い出して、怒りを覚えているのだろう。ロードも、また然りだ。

 ローラもライロックもセレナも、他の客も、その雰囲気に呑まれ、口を閉ざした。

 これにはドイルも慌てた。いくらヤードが憎いとはいえ、こんな雰囲気では、酒場が成り立たない。ドイルは、少し考えた後、ローラにそっと耳打ちした。

「ローラちゃん。頼めないかね、例のやつ」

「え…? ああ、あれね」

 ローラはドイルの言った意味を理解して、笑顔で頷いた。

「助かるよ。今、持ってくるからね」

 言うが早いか、ドイルは急いで裏へ行って、細長い銀色の棒を持って戻ってきた。

 それは楽器──フルートだった。ローラはそれを受け取ると、ひと呼吸してから唇を当て、演奏を始めた。

 流れるようなメロディーが、店内に響く。

 その美しい音色を聞いて、憤っていたトレジャー・ハンターたちは、一斉にローラに注目した。

 ローラのフルートは、プロの演奏者並みに、見事な旋律を奏でていた。

 曲名は、「幻想の森」という。ローラの十八番で、この店でも、何度か吹いたことがある。その名の通り、美しく、幻想的なメロディーだ。聞く者を、朝靄の漂う、森の中の泉のほとりに誘う。そんな曲だった。

 客たちは、やがて怒りも悲しみも忘れて、静かな気持ちになっていった。ロードやジョーレスも目を閉じ、じっとローラのフルートに聞き入っていた。ライロックとセレナも、気持ち良さそうに耳を傾けている。ドイルは、ホッと胸を撫で下ろした。

 演奏が終わる頃には、怒りの形相を浮かべている者は、一人もいなくなっていた。

 ローラが唇をフルートから離し、軽く客たちに一礼する。客たちは、盛大な拍手をローラに贈った。口笛を吹く者もいる。

 ジョーレスは、すっかり上機嫌だった。先刻までの憤りが、嘘のように消えている。

「いいぜ、ローラちゃんの笛はよ。俺は芸術ってものにはとんと縁がねえんだが、ローラちゃんの笛はいい」

「当たり前だ。ローラは俺のパートナーだぜ?」

 ロードも笑顔を見せている。ただ、少し酔っているようだが。

「素晴らしい演奏でした。ローラさん、そんな特技があったんですね」

 ライロックが感心しながら言った。

「ふふ。小さい頃、かなり仕込まれたの。あたしの両親は、あたしをレディにでもしたかったのかもね」

「本当に素晴らしかったですよ。プロの奏者のようでした」

 セレナも、絶賛した。

「助かったよ、ローラちゃん」

 ローラの差し出したフルートを受け取って、ドイルが言う。

「ロードに飽きたら、いつでもおいで。専属のフルート奏者として雇ってあげるからね」

「そうね、考えとく」

 ローラは、クスリと笑った。

 店内は、もとの和やかな雰囲気に戻った。ロードとジョーレスはまた笑いながら話を始め、ローラとセレナは再び男たちに囲まれた。特に、ローラに話しかけてくる男が増えた。果たして、フルートを吹いて正解だったのだろうか。ローラはちょっと疑問に思った。

 そんな中、ドイルが突然、思い出したように声を上げた。

「そうじゃ、ロード」

「何だい、マスター?」

 ロードが、赤く染まった顔をドイルに向けた。酔いが回っているらしい。

「今日、お前が来る少し前に、カールスから伝言があったんじゃ」

「俺に?」

「そう。今、持って来る」

 ドイルは、店の奥に下がった。

「カールスから、伝言ねえ…」

「何かしら?」

「んー…思い当たるフシはねえなあ…」

「あの、ロードさん。カールスって…?」

 ライロックの問いに、ローラが答えた。

「カールスっていうのはね、ロードの親友の名前なの。ロードと同じ、トレジャー・ハンターなのよ」

「おいおい、いつからあいつが俺の親友になったんだよ。ライバルと言ってほしいね、ライバルと」

「ライバル?」

「ロードとカールスは、しょっちゅう張り合ってるの。ても、本当は仲がいいんだけどね」

「ああ、そういうことですか」

 ライロックは納得した。喧嘩するほど仲が良い。そういうことなのだろう。よく聞く話だ。

「これじゃ、これじゃ」

 ドイルが、タブレットを持って戻ってきた。ホレ、とロードに渡す。

「カールスの宇宙艇からのメッセージじゃ。相変わらず、ぶっきらぼうじゃがの」

「どれどれ…」

 ロードがタブレットの画面に表示されたメッセージを読む。ローラが横からそれを覗き込んだ。

 画面には、こう表示されていた。

『俺は惑星サリールの、E132・S21にいる。すぐに来い。カールスより、ロードへ』

「…これだけか…?」

 ロードが呆れ顔で言った。座標の指定だけとは、あまりにもぶっきらぼうすぎる。

「すぐに来いって…どういうことかしら?」

「うーん…」

 ロードは天井を仰いだ。

「どうやらあいつ、何かトラブルに巻き込まれたな…?」

「トラブル?」

「ああ。でなきゃ、あいつが俺を呼びつけるわけがないぜ」

 ロードの言葉は、確信に満ちていた。さすが親友ね。ローラはそっと微笑んだ。

「それで、行くんですか?」

 ライロックが尋ねる。その口調は、行くということを前提としていた。ライロックは、王たる才覚を身につけるために、できるだけ色々な星を巡りたいのであろう。様々な社会を見て学ぶことが王への道だと、ライロックは考えているのだ。

「そうだなあ。本当は、新しいネタを仕入れ次第、宝探しに出るつもりだったんだがな…」

「親友を見捨てておけない、でしょ?」

 ローラが言う。わざと「親友」の部分を強めて。

「親友じゃない! ライバルだ、ライバル!」

「そうね。そうとも言うわね」

 ローラは悪戯っぽく笑った。ロードは憮然とした顔をする。

「ったく…とにかく、放っておくわけにはいかねえな。しばらくあいつの顔も見てないし、いい機会かな…」

「じゃあ、行くのね?」

「今夜はここに泊まって、明日の朝、出発だ」

 ロードはそう言って、エール酒のおかわりを頼んだ。

「しかし、あいつ、何をやらかしたんだ…?」

 首を捻ってから、金色の液体を喉に流し込む。それから隣のジョーレスに話しかけようとするが、ジョーレスはいつの間にか、大きないびきをかいて寝込んでいた。

「マスター、寝ちまってるぜ、こいつ」

「んん? 仕方のない奴じゃな。しばらく放っておけ。いよいよになったら、叩き起こしゃいい」

「そうだな。んじゃ、俺一人で飲むとするか」

「ちょっとロード、飲み過ぎよ」

 もう一杯頼もうとグラスを差し出したロードの手を、ローラが掴んだ。

「ん…そうか?」

 ロードは怪訝な顔だ。本人はまだ酔っていないつもりらしい。しかし、すでにロードの顔は真っ赤だった。

「そうよ。そろそろ、ホテルに戻りましょう。明日の朝、出掛けるんだから」

 だが、ローラの言葉はロードに届いていなかった。いつしかロードは、グラスを差し出した格好のまま、額をカウンターにつけて、眠りについていたのである。

「ロ、ロードったら!」

 ローラがロードの肩を揺らすが、効果がない。酔い潰れた後の眠りは、相当に深いのである。ロードのいびきが、隣のジョーレスのそれと重なっていた。

「こりゃ、駄目じゃな…」

 ロードの顔を覗き込んで、ドイルが首を左右に振った。

 結局、ロードは目を覚まさず、置いても行けないということで、ローラたちは店の奥の小部屋を二つ借りて、そこに泊まることにした。

「もう。ホテル代、無駄になっちゃったじゃない…!」

 ローラの呟きは、店の天井に虚しく吸い込まれ、消えてゆくのであった。

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