第8話 ウォーレルの酒場

 ローラが意識を取り戻したのは、昼を過ぎた頃だった。

 照明の消えた部屋のベッドの上で、ローラはゆっくりと上体を起こした。右の肩が、少し痛んだ。

「痛…」

 ローラは左手で右肩をさすった。途端、魔導士ファウストのことを思い出し、身震いする。

「あれから、どうなったんだろう…?」

 ロードに、自分の下僕になれと強要してきたファウスト。ロードは、それを受け入れてしまったのだろうか。ローラの記憶は、ロードが「やめろォ!」と叫んだところで途切れている。だから、それからのことはわからない。

 ただ、ファウストは、従わなければローラを殺すと言った。そして、ローラは今、無事でいる。もしかしたら、ロードはファウストの要求を呑んでしまったのかもしれないと、ローラは思った。不安が、ローラの心を包む。

 その時、部屋のドアが開き、栗色の髪の少年が入って来た。

「ロード…?」

「あ…起きてたのか?」

 ロードはそう言って、部屋の照明をつけた。ローラが、一瞬目を細める。

「具合はどうだ? 身体、痛まないか?」

 ロードが、ローラのベッドに歩み寄った。

「うん…右の肩が、ちょっとね。でも、大したことないわ」

「そうか…よかった」

 ロードはホッとしたように微笑む。

「あの…ロード…?」

「ん?」

 ローラは答えを聞くのが怖かったので、ちょっと躊躇ってから、

「あの人、どうなったの…?」

と尋ねた。

「あの人って、ファウストのことか?」

「うん…ロード、あの人の下僕に…?」

 それを聞いて、ロードは軽く笑った。

「心配するな。俺が誰かの手下になるなんてことは、絶対にないさ」

「じゃあ、ファウストは…」

「…死んだよ。もういない」

「そう…」

 ローラは、安堵と悲しみの入り混じったような表情を見せた。ロードがファウストの下僕にならなかったことは嬉しいが、人が死ぬのは、やはり悲しいことなのだろう。

 ロードはそれを悟ったのか、

「俺を人殺し、なんて呼んでくれるなよ」

と言った。

「あの時は、他に方法がなかったんだ。殺らなきゃ、お前が殺されていたんだぜ」

「わかってる…わかってるわ。ロードは、あたしを助けてくれたんだもんね…」

 ローラは微笑んだ。が、まだどこか儚げである。

「忘れようぜ、ファウストのことは。お前が、人の死をとても悲しく思ってることはわかってる。けど、殺らなきゃならない時もあるんだ。今回みたいにな」

「うん…」

「あと一、二時間もすれば、ウォーレルに着く。ローラの暗い顔なんて、ドイルの爺さんが喜ばないぜ」

 ドイルとは、小惑星都市ウォーレルにある、ロードの行きつけの酒場「放浪者」のマスターの名である。年甲斐もなく、ローラのことを気に入っているのだ。

 ドイルの名が出て、ローラはクスリと笑った。

「そうね…わかった。忘れることはできそうにないけれど…納得する。仕方なかったんだもんね」

「そう。奴はお前を殺そうとした。お前を守るためには、殺るしかなかったんだ」

「そうよね…ありがとう、ロード」

「今回は、キスはなしかい?」

 ロードがニヤッと笑い、悪戯っぽく片目をつむった。

 ローラは驚いて、頬を赤く染めたが、すぐに小悪魔のような笑みをたたえて、ロードに人差し指を突きつけた。

「乙女の口づけが、そんなに簡単にもらえるわけないでしょ。昨日のは、特別大サービスなの!」

 ロードは、大きな声で笑った。

「ハハハッ! 参ったな。それだけ元気なら安心だ。セレナやライロックも心配してたから、大したことないなら、出て来いよ」

「うん、着替えてから行くわ。何だか、眠ってる間に、汗かいちゃったみたいで」

「そうか。んじゃ、先に行ってる」

 ロードはもう一度ローラに笑いかけてから、部屋を出て行った。

「ウォーレルか…」

 ローラはベッドから降りて、衣服を脱ぎながら、「放浪者」のマスター、ドイルの髭もじゃの顔を思い出した。そして、一人、微笑んだ。



 小惑星都市ウォーレル。

 それは、横幅約七十キロメートル、高さ約四十キロメートルの、菱形をした小惑星をくり抜いて造られた、巨大都市である。

 内部は、宇宙港を含め、十三の層に分かれていて、そのうちの十一層が、ビル群の建ち並ぶ都市となっている。

 そこは、銀河中の人や物が集まる場所であり、トレジャー・ハンターや傭兵なども多くがここを拠点にしている。日々、様々な情報や商品がここで売り買いされ、別名「銀河の闇市場」とも呼ばれる。

 白く美しいラインの宇宙艇、シュルクルーズが、ウォーレル最上階の宇宙港に到着した。オレンジ色の作業服を着た誘導員が、シュルクルーズを白線で囲まれたスペースに誘導する。

 エンジンが停止すると、下部のタラップが開いて、ロードたち四人が降りてきた。

 宇宙港には、大小様々な宇宙船が停まっており、その数は、数え切れないほどだ。ライロックとセレナは、こんなにも多くの宇宙船を見たことがなかったらしく、タラップを降りて周りを見た途端、目を丸くした。

「すごい数ですね」

 ライロックが、ロードに並んで言う。

「ああ。何しろ、銀河中から人が集まってくるからな。こっちだ」

 ロードはライロックたちを引き連れて、宇宙港の端にあるエレベーターに乗り込んだ。最大百人まで乗れる、大型エレベーターだ。ロードたちの他にも、派手な鎧を着た傭兵らしき男や、両手に大きなスーツケースを持った商人らしき男、肌も露わな衣装に身を包んだ女性などが乗ってきた。

 エレベーターがロードたちの目的地である五階に着くまで、ライロックは緊張し、セレナは万一のためにと、ライロックを庇うように立ち、油断なく周囲に視線を巡らせていた。

 三、四分でエレベーターは五階に着き、ロードたちは降りた。

 そこでライロックたちが目にしたのは、天にも届こうかという高さの高層ビル群と、にぎやかなネオンの光、そして何より、数え切れないほどの人通りだった。

 途切れることのない人の流れに、ライロックとセレナはすっかり圧倒されていた。

 ライロックの故郷、ユーフォーラ星の首都も都会だ。だが、このようなビルの建ち並ぶほどではなく、また、人通りも、ここまで隙間のないくらいごった返してはいない。

 ライロックは、驚くと同時に、大都市も、ここまで来ると考え物だと思った。あまりに窮屈そうで、ゆったりと暮らすことは望めないように思えるからだ。

「ほら、何してんだ、行くぞ」

 ロードとローラが、少し先で、こちらを振り返っている。ライロックとセレナは、慌てて二人に追いついた。

 ロードたちは、大通りを五分ほど歩いて、大きなホテルに入った。そこもかなり混雑していたが、どうにか、二人部屋を二つ取ることができた。最初は男女別で使おうと考えたのだが、セレナがライロックとの同室を頑として譲らなかったので、一つはライロックとセレナ、もう一つをロードとローラで使うことにした。

 四人はそれぞれの部屋に入り、少し身体を休めた後、ホテルを出て、ロードの行きつけの酒場「放浪者」へ向かった。そこには何人もの情報屋がいて、宝探しのネタを売っているのだという。ロードが「放浪者」によく行くのは、マスターが義父バイ・ザーンの親友であったことと、そこには信用できる情報屋が来ることからである。

 酒場「放浪者」は、大通りから外れた、いわゆる裏通りに面している。珍しい丸太造りの古い店だ。建物も、そんなに大きくない。とは言っても、常連客が多いため、商売は順調である。建物が小さいままなのは、マスターがこの店に愛着を感じているからだ。

 両開きの木のドアを開けて、ロードたちは店の中に入った。

 店の中は薄暗く、あちこちの丸テーブルの上に、オレンジ色の明かりが灯っている。右手にはカウンターがあり、マスターのドイル・シェフィールドがグラスを磨いていた。

「よう! ロードじゃねえか!」

 手前のテーブルについていた、体格の良い男が片手を挙げる。無精髭を生やした、豪快そうな男だ。

「よう、ジョーレスか。しばらくだったな」

「ロードだって?」

 マスターのドイルを含めて、店の中にいた連中が、一斉にロードたちのほうを見る。

「ロード!」

「景気はどうだい、ロード?」

「よう、ローラちゃん。元気だったかい?」

 皆が明るくロードたちを迎えてくれた。外見は様々で、中にはアブノーマルなのもいるが、皆、気心の知れた仲間だ。

 ロードとローラは、しきりに声を掛けてくる客たちに軽く手を挙げながら、カウンターの椅子に座った。ライロックとセレナは、何となく肩をすくめてそれに続く。誰かがセレナを見て、口笛を鳴らした。

「帰って来たか、ロード。何か飲むかい?」

 ドイルが、白髭を生やした笑顔で言った。

「エール酒を頼むよ、マスター」

「わかった。ローラちゃんは、どうだい?」

「レモンウォーターはある?」

「もちろんあるよ。でもね、ローラちゃんのために、取っておいた酒があるんだけどねえ」

 ドイルは身を乗り出してきた。もともと細い目が、いっそう細くなる。

「いっぺんでいいから、ローラちゃんを酔わせてみたいんだなあ」

「ううん、遠慮する。お酒は、ちょっとね」

 ローラは苦笑して、首を左右に振った。

「そんなこと言わないでさ、グラス一杯でいいから」

「マスター、いい年して、やめとけよ」

 しきりにローラに酒を勧めるドイルに、ロードが水を差した。近くのテーブルで飲んでいた男たちも、

「ローラちゃんを酔わせて、変なことしようってんなら、俺たちが許さねえぜ!」

と、冗談混じりに声を飛ばす。ローラはちょっと照れた仕草を見せた。

「ちぇっ。わかった、わかったよ」

 ドイルが残念そうに言うと、店内は笑いに包まれた。

「ゴメンね、マスター」

「いいさ、でも、そのうち飲ませるからね。ところで、そのお二人さんは?」

 ドイルは、ライロックとセレナを指差して尋ねた。

「ああ、ちょっと訳ありでね。しばらく俺たちに同行することになったんだ。てなわけで、この二人にも、何か飲ませてやってくれ」

「わかった。よろしくな、えーと…」

「ライロックです。こちらはセレナ」

「ライロックに、セレナね。OK。何にするね?」

「私は、果汁があれば…」

「もちろん、あるとも。坊や、どこかのお坊ちゃんみたいな物腰だねえ」

 ドイルはクックッ、と喉の奥で笑った。半分からかったような笑い方だ。が、ライロックは別に気にした風もなく、

「こう教育されてきたものですから」

と笑顔で答えた。

「へえ、じゃあ、ホントにお坊ちゃんなのかい?」

「まあ、そんなところです」

「はっはっは! こりゃ、大変なお客様だ」

 ドイルは、大口を開けて笑った。

 ロードは、ライロックが話している間、セレナが不安そうな顔をしているのに気づいていた。おそらく、こんな裏世界の連中に、ライロックが王子だと知られてしまうと危険だと思ったのだろう。裏の社会に生きる連中は、上流階級の人間を毛嫌いするものと相場が決まっているからだ。

 しかし、この店にいる者たちは違う。ロードは、セレナがふとこちらに目を向けた時に、心配はいらないと、目で示した。ここにいる連中は、気のいい奴ばかりだから、ロードの連れというだけで、素性がどうあれ歓迎してくれるのだ。

 セレナは、ロードの目配せで、とりあえず安心したようだった。それに実際、ドイルはライロックが「お坊ちゃん」だと知っても、嫌な顔をしたりはしなかった。

「で、セレナだったね。あんたは?」

「あ、おう…ライロックと同じ物を下さい」

「酒は飲めないのかね?」

「飲めますが、任務中ですので」

 ライロックの護衛が、セレナの任務だ。酒など飲んで、油断するわけにはいかない。

「わかった。しかし、あんた、美人だねえ」

 ドイルが、ニタリと笑う。鼻の下の髭が持ち上がった。

「その格好から察するに、勇ましき女剣士、か。可憐なローラちゃんもいいが、こっちもなかなか…」

 まじまじと顔を見つめられて、セレナは困った表情をした。また始まった、と、ロードはため息をつく。

「マスター、いい加減にして、早く飲み物をくれよ。まったく、いつまで経ってもスケベジジイなんだからな…」

「何を言うか。わしだって男じゃ。いい女子を見て喜んで、何が悪い。なぁ、ローラちゃん?」

「え、ええ…」

 ローラは苦笑した。それからロードと目を合わせて、小さく肩をすくめた。

 程なく、それぞれの頼んだ飲み物が、グラスに注がれた。それを飲みながら、しばらくとりとめのない話をする。先刻入口近くのテーブルにいたジョーレスが、ロードの右隣の席に座り、自分の冒険談を披露した。ローラやセレナは、酔った男たちに言い寄られ困っていた。もちろん、その中にはドイルもいた。

「で、どうだったんだ?」

 ロードの肩に手を掛けて、ジョーレスが言った。

「何のことだ?」

「とぼけるなよ。マスターから聞いたぜ。お前、マーヤの幻石を探しに行ってたんだってな」

「あ…!」

 ローラが、その話はやめて、と言いかけた。ヤード・デ・モローに幻石を奪われたことを、ロードに思い出させたくなかったのだ。

 だが、遅かった。マーヤの幻石と聞いて、あちこちのテーブルから、人が集まってきたのである。その時はすでに、ロードの顔は曇っていた。

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