第7話 黒衣の魔導士
ロードたちは驚いて、部屋の中を見回した。
「な、何だ、今の声…?」
「あの声は…!」
ローラが目を見開いた。覚えのある声だったのである。間違いない。昨夜ローラを眠らせた、あの老人の声だ。
「空耳、じゃねえよな…」
「ええ、私も確かに聞きました。とても低い声でした」
ライロックが、張り詰めた顔で言う。セレナは鋭い視線を周囲に放っていた。
ロードは、声の主は部屋にはいないとみて、廊下に飛び出した。そして、
「な、何だ、てめえは!」
と、驚愕の混じった叫び声を上げた。
「ロード!?」
ローラが、慌てて廊下に出た。セレナとライロックもそれに続く。そしてすぐに、右手のほうに、ロードと、黒いローブを纏った白髪の老人の姿を見た。
「あの人だ…!」
と、ローラ。
紛れもなく、昨夜見た老人だ。青白い顔に浮かんだ不気味な笑みは、記憶にあるままだった。
「こいつか、ローラ…」
ロードの問いに、ローラは頷いた。
「いったい、今までどこに…? 隅々まで探したのに…」
セレナも、信じられないといった様子だ。ロードも、さすがに驚いている。
「ティンク! 何でこいつを見つけられなかった!」
ロードが、廊下の天井付近にある監視カメラに向かって怒鳴った。
『質問の意味がわかりません。こいつとは、どなたのことでしょうか』
「どなたって…この黒い爺さんのことだよ!」
『そのような人物は、確認できませんが』
「何だって…?」
ロードは絶句した。ティンクのカメラには、この老人が映っていないのである。
「この船の機械の目には、私は映らない」
老人は、低く響く声で言った。
「てめえ、何者だ! 何でこの船に乗ってる!」
老人に向き直り、ロードは挑みかかるような口調で言った。
黒いローブの老人は、ニヤリと片方の口角を吊り上げた。
「私は、偉大なる魔導士、ファウスト。五千年の昔より、ウォル星において生きてきた」
「ま…魔導士だと…?」
「ウォル星…ウォル星で乗って来たんだわ…」
「そうか…。俺たちが礼拝堂に行ってる間に、どうやったか知らねえが、ここに忍び込んでやがったのか…」
「私は待っていた…滅び去った星から、宇宙へと逃れる機会を…」
ファウストの言葉は、喜びに満ちていた。
「ウォル星に、まだ人間がいたとは知らなかったな。それも、魔法使いときた。まったく、最近は客が多いぜ」
ロードは、呆れたように肩をすくめた。
「この船の指導者は、お前か?」
ファウストがロードを見て問うた。
「ああ、そうだ。だから、今すぐ宇宙空間に放り出されたくなかったら、俺には謙虚になれよ。とりあえず、どこか近くの星で降ろしてやる。本当なら、不法乗船で今すぐ叩き出してやるところだがな」
「謙虚に? お前にか?」
「そうだ。お前は、ウォル星を出て、どこか人のいる星に行きたいんだろ? お前の態度が良けりゃ、それくらいは引き受けてやる」
ロードは、ファウストと名乗るこの人物は、滅んだはずのウォル星に生き残っていた人間の一人で、人恋しくてウォル星を出たがっていた、哀れな老人だと思った。五千年も生きているなどという話は、信じていないが。
だから、どこか文明のある星に送るくらいなら、構わないと思った。そうしなければローラが怒るだろうことも、もちろん考えて。勝手に船に乗って来たことについては、いささか腹は立っているが、それも許してやることにした。ほとんど人のいない星に一人で生きてきた寂しさは、想像できないでもないからだ。
だが、実際は、ロードの考えは違っていた。
「クックックッ…」
ファウストは、愉快そうに、喉の奥で笑った。
「な、何がおかしい!」
「クックッ…謙虚に、だと? この私が、お前のような愚かしい輩に、謙虚になれと言うのか? クックックッ…」
「お…愚かしい、だと!」
「愚か者め! 謙虚にならねばならぬのは、お前のほうだ! たった今から、私がこの船の指導者なのだからな!」
「な、何だと!」
ロードは、怒りもあらわに声を上げた。
「とぼけたことを言うな! これは、俺の船だ!」
「それが私のものになるのだよ。この船も、お前たちも、今この瞬間からな!」
「ふざけるな!」
ロードは、腰に差したヒート・ソードに手を掛けた。
それを見て、ファウストは右手をロードに向かって突き出し、短く呟いた。
「呪縛の手となれ」
その瞬間。
「ぐっ!」
ロードの首から下が、突然動かなくなった。何か、目に見えない力に押さえつけられているような感じだった。
「ロード!」
ローラが叫んで、ロードに走り寄る。するとファウストはもう一度何事かを呟き、ローラの身体の自由も奪った。
「あっ!」
「ロードさん! ローラさん!」
セレナはヒート・ソードを抜くが、二人に何が起こっているのか、咄嗟に理解できない。ために、斬り込めずにいた。
「ぐ…くそっ…」
ロードは何とかこの呪縛から抜け出そうと力んだ。しかし身体はヒート・ソードに手を掛けた姿勢のまま、まったく動かない。まるで、首から下をコンクリート詰めにされたかのようだ。ローラも隣で、静止したままだ。
「どうだ。我が魔力、思い知ったか。この力があれば、何者も私に逆らうことはできぬ。私は、この偉大な魔力をもって、全宇宙を支配するのだ!」
ファウストは、勝ち誇ったように笑った。
「お前たちは、私の下僕となり、私のために働くのだ。光栄に思うがいい」
「けっ、冗談じゃねえ。俺は、他人に命令されるのが大嫌いなんだ。てめえの下僕なんざ、まっぴらゴメンだね」
ロードが、唾をペッと吐いた。
「それに、たった一人で宇宙を支配できるわけねえだろ。寝言は寝て言え、アホウが」
ファウストの眉が、ぴくっと上がった。不敵な笑みが消える。
「私の魔力に敵う者などいない!」
「そう思ってるのは、てめえ一人だ」
「私を侮辱することは許さん!」
ファウストは左手をローラに向け、また何事かを唱えた。
すると、ローラの身体は宙に浮き、天井に平行になった。
「キャアッ!」
「ローラ!」
「ローラさん!」
ローラは、見えない力に両手両足を広げられ、強烈な力で四方に引っ張られた。激痛がローラを襲う。
「ああーっ!」
耐え切れないほどの痛みに、ローラは悲鳴を上げた。今にも、身体が引き裂かれそうだった。
「ローラァ!」
「さあ、前言を撤回し、私に忠誠を誓え! さもなくば、娘の命はない!」
「き、汚ねえぞ!」
ロードは必死に首を動かした。だが、身体はピクリとも動かない。
「ち、ちくしょう! ローラ!」
「いやあああァ!」
ローラが悲痛の叫びを上げる。その目から涙が散った。
「早くしろ。娘の身体が四つに分かれるぞ」
ファウストが嗜虐的な笑みを浮かべた。ロードは悔しさに唇を噛み締める。
と、その時、ヒート・ソードを構えたセレナがファウストに突進してきた。
「はあああッ!」
セレナが剣を振り上げる。
だが、まさにファウストに斬りつけようとしたその瞬間、ファウストは右手をわずかに動かしてセレナに向けると、何事かを口走った。直後、セレナは見えない力に殴りつけられたかのように後方に吹き飛んだ。
「あうっ!」
「セレナ!」
ロードが首だけ後ろに向けると、壁に背中を打ちつけたのか、セレナは前屈みになって咳き込んでいた。と、ライロックの姿がないのに気づいた。ロードはライロックが逃げ出したのだと思い、
「あのガキ…」
と、吐き捨てるように呟いた。
「あああああーッ!」
またも、ローラの悲鳴。いや、悲鳴というより、絶叫に近い。
ロードははっとして向き直った。
「やめろ! ローラを降ろせ!」
「ならば、私に忠誠を誓え! 私はあなたの下僕ですと、お前が言うのだ!」
「くっ…」
ロードは、躊躇っていた。勝手にこの船に乗って来た奴に、いや、そうでなくても、誰かの奴隷になるなど、ロードには耐えられなかった。
ロードは、銀河中を自由に旅するトレジャー・ハンターである。時代錯誤の魔法使いの、果たせるはずのない野望の手伝いをするなどというのは、本業ではない。
だが、このまま拒否し続ければ、ローラが殺されてしまう。ローラを見殺しにすることはできない。ローラの絶叫は、ロードには何よりも苦痛だった。
(せめて、この身体が動いてくれれば…!)
今では、それもかなわない。
「フ…どうやら死を目の当たりにせんと、決心がつかぬようだな」
ファウストは、ローラに向けている左手に、さらに力を込めた。ローラの手足を引く力が、さらに強くなる。
「あああああーッ!」
「や、やめろォ!」
ロードが叫んだ、その時。
赤い閃光が迸り、光線がファウストの右肩を貫いた。
「ぬうッ!」
ファウストが痛みに顔を歪ませ、右肩を左手で押さえた。直後、ローラは糸の切れた人形のように床に落ちた。
再び閃光が走る。ファウストは右手でこれを受け止めようとしたが、熱線はその右手をも貫通した。鮮血が散り、ファウストはよろめく。すると、ロードの身体も自由を取り戻した。
「今です、ロードさん!」
振り向くと、熱線銃を構えたライロックの姿があった。ライロックはロードの部屋に行き、銃を取って来たのである。
「あいつ…」
ロードは思わず笑んだ。
「ロードさん!」
「おう!」
ロードは素早くヒート・ソードを抜くと、まだ苦しんでいるファウストに向かって突進した。
ファウストは再び呪縛の魔法を使おうとするが、激痛のためか動きが遅い。魔法が完成するより先に、ロードの剣がファウストの身体を貫いていた。勢いがついていたため、剣はファウストの胸を貫通し、切っ先が背中から飛び出した。
「ぐおおおッ!」
ファウストの叫びに、ロードはニヤリと笑う。
「ふ…不覚だったな…あのような武器があったとは…」
「今じゃ、ポピュラーな武器さ」
「なるほど…」
ファウストはそう言うと、力なく首を垂れた。次の瞬間、ファウストの身体は、まるで蒸発するように、ジュッという音を立てて消えた。ロードはその尋常でない最期に驚いたが、ファウストは死んだと確信した。
「はあっ、はあっ…」
ロードは膝を折って、荒い息を吐いた。
「ロードさん、大丈夫ですか?」
ライロックが駆け寄ってくる。
「俺は平気だ。それより、ローラは?」
ロードは、後ろを振り返った。そこには、ローラを抱き起しているセレナがいた。
セレナはホッと息をついて、
「心配ありません。気を失っているだけです」
と言った。
「そうか…」
ロードも安堵の息をついた。
「とりあえず、ローラを部屋に運んで、ベッドに寝かせよう」
ロードは立ち上がって、ヒート・ソードを腰に戻し、ローラとセレナのところに歩み寄った。そして、セレナに離れるよう促してから、ローラを抱き上げた。
「まったく…とんだ客だったな…」
気を失ったままのローラの顔を、ロードは覗き込んだ。顔色が正常なのを確認してホッとする。
「あの、私たちにできることは…」
セレナがそう言った。
「いや、特にないよ。ローラは俺が運んで行くから、お前たちは休憩室でコーヒーでも飲んでいてくれ」
「そうですか…では」
セレナとライロックは、お節介を焼いても仕方ないと思ったのだろう。ロードに深く頭を下げて、背中を向けた。その背中に、ロードが、
「ライロック」
と声を掛けた。
「はい?」
ライロックが振り返った。ロードは少し照れながら、笑顔を見せた。
「ありがとよ。助かったぜ」
「いえ、大したことは」
ライロックは微笑んで、セレナとともに休憩室に入って行った。
ロードはローラを抱えて歩き出した。ふと、つい先刻までファウストの立っていた場所を振り向いたが、そこには、白い壁の廊下があるだけだった。
シュルクルーズに、再び静寂が訪れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます