第3話 ロード・ハーンとヤード・デ・モロー

「く…くそ…」

 十人近くの兵士たちから銃口を向けられて、ロードは悔しげに呻いた。マーヤ像の首を足元に置いて、両手を挙げる。

「ロード…」

「仕方ねえよ…こうしないと、奴は俺たちを殺す」

「無礼なことを言わんでくれたまえ」

 兵士たちの後ろから、金髪の、見るからに嫌味そうな笑みを浮かべた男が、巨漢の男と共に進み出てきた。金の刺繍の入った白い軍服風の上着に、クリーム色のマントを着けた、貴族のような出で立ちだ。彼は二人の顔を見て、ニヤリと笑った。

「ヤード…」

 ロードはめいっぱいの嫌悪を込めてその男の名を呼んだ。

「やあ、久しぶりだね、ロード君」

 ヤード・デ・モローはそう言って、軽く片手を挙げた。

「何が久しぶりだ。てめえ、また俺たちを尾けていやがったな…!」

「ほう、さすがロード君。よくわかっている」

「いつものことだろ、卑怯者!」

 ロードは声を荒げた。

 この男の狙いはわかっている。ロードが苦労して手に入れた、マーヤの幻石を横取りするつもりなのである。

 ヤード・デ・モローは、銀河系を統治する銀河連合評議会の有力議員であるが、その権力と私設の軍隊を使って、裏ではかなり好きなことをやっている。今回のようにトレジャー・ハンターが見つけた宝を横取りすることも、稀ではない。現にロードに限らず、何人ものトレジャー・ハンターが、幾度も宝を奪われている。

 そのため、ヤードはトレジャー・ハンターたちから嫌われ、また恐れられている。

「口を慎んだほうがいいぜ、ロード」

 ヤードの隣に立つ巨漢が言う。

 ガル・ガラ。ヤードの部下で、兵士たちの指揮役でもある男だ。

「ガルの言う通りだ、ロード君。私の機嫌を損ねると、本当に死ぬことになるぞ」

「ちっ…」

 ロードが舌打ちすると、ガルはフンと鼻を鳴らし、ヤードは口を弓型に曲げた。

「さて、と。私は、君に挨拶をするためにわざわざこんなところまで来たのではない。わかっているだろう」

「わかっているさ。幻石はここだ。さっさと持って行けよ」

「いや、それはできないよ。それではまるで強盗だ。君が自主的に渡してくれなければ」

 つくづく嫌な奴だ、とロードは思った。こんな状況でなければ、あの嫌味ったらしい顔に唾を吐きかけてやりたい、と。

 しかし、十丁近くの熱線銃を向けられていては、それもできない。ロードはどのみち強盗と同じじゃないかと心の中で悪態をつきながら、挙げていた両手を下ろし、足元のマーヤ像の首を拾い上げた。

「さあ、快く渡してくれたまえ」

 ヤードが言う。だが、ロードはマーヤの幻石を見ると、このまま大人しく渡してしまうにはあまりに惜しいと感じた。それがロードに、幻石を渡すことを躊躇わせた。

「どうしたのかね? やはり、手放すには惜しいかね?」

「…」

 ロードは黙したまま、じっと幻石を見つめている。

「何も無理にとは言わないよ。代わりのものを渡してくれればね。マーヤの幻石に値するものといったら…さしあたり、君のパートナーあたりかな?」

 ヤードはそう言って、いやらしい目つきでローラを見た。ローラはビクッと肩を震わせて、ヤードから目を逸らす。

「ローラを渡せだと…?」

「幻石を渡してくれないのならね。彼女はとても魅力的だ。彼女なら、幻石と同じくらいの価値がある」

 冗談じゃない、とロードは思った。

 こんな男の元へ行けば、ローラは何をされるかわからない。ヤードの慰み物になるか、奴隷として高値で売られるかだ。そんなことを許せるはずがない。ローラはロードのパートナーなのだから。

「さあ、選択したまえ、ロード君。マーヤの幻石を渡すか、彼女を渡すかだ」

「く…」

 選択の余地はない。ロードはマーヤ像の首を持って、ヤードのほうに歩いて行った。

「ロード…」

 ローラが背中から声を掛ける。その顔は、悲しげだった。

「そんな顔するなよ。宝石くらいなら、またいつでも手に入れられる。俺はトレジャー・ハンターだぜ」

 ロードはそう言った。しかし胸の内は、悔しさでいっぱいだった。

「ほら、受け取れ」

 ロードが像の首を差し出すと、ガル・ガラがそれを受け取り、ヤードに渡す。

 ヤードは像の額に嵌まっている青い宝石を見て、満足そうに頷いた。

「素晴らしい…聞きしに勝る美しさだ。ありがたく私のコレクションに加えさせてもらうよ、ロード君」

「…なら、さっさと俺の前から消えろよ!」

 ありったけの憎悪を、ロードは声に表した。

 ヤードはわざとらしく肩をすくめてみせた。

「Oh、そんな大声を出さなくてもいいだろう。わかった、わかったよ。頂くものは頂いたし、そろそろ退散するとしよう。また会おう、ロード君。そして、ローラ君もね」

 ヤード・デ・モローはそう言うと、マントを翻して黄金の円盤状の宇宙艇に戻っていった。その後にガル・ガラが、ロードに勝ち誇った笑みを見せながら、兵士たちを引き連れて続いて行った。

 ロードは低い声で、

「てめえには、もう二度と会いたくねえよ」

 と吐き捨てた。

 それから少しして、黄金の宇宙艇は周囲の木々の葉を散らせて、空高く上昇していった。衛星軌道上には、巨大な母船が待っているのである。

 ロードは厳しい表情で、急速に小さくなってゆく金色の点を見上げていた。

「…くそったれが…!」

 ローラが悲しげな瞳を、そんなロードに向けていた。



 それから、しばらくして。

 ロードとローラは、シュルクルーズの側の芝生に腰を下ろしていた。

 二人とも、黙ったまま。気まずい沈黙が流れていた。

 ロードはうつむいて、握りしめた拳をじっと見つめている。悔しさと怒りの入り混じった表情で。

 ローラは、ロードの気持ちがわかっていながら、かける言葉を見つけられずにいた。

 ロードは、幻石を失ったことを悔やんでいるのではない。ヤード・デ・モローの脅しに屈してしまったことが悔しいのである。

 それはわかっている。わかっているのだが、ロードに何を言ったらいいのかがわからない。

 でも、何か言わなければ。

 ローラはそう思って、言葉を探していた。

 涼しい風が、木々の葉擦れの音と共に二人の間を吹き抜けてゆく。だが、ローラはそれを、心地好いと感じることはできなかった。

「ね、ねえ、ロード…」

 思い切って、ローラは口を開いた。

「あの、元気出して。さっき、ロード、言ってたじゃない。宝石くらいなら、またいつでも見つけられるって。だから…」

「わかってる」

 下を向いたまま、ロードが言った。

「わかってるよ、そんなこと…」

 しかし、ロードの顔は曇ったままだった。悔しさが、まだ尾を引いている。ロードはトレジャー・ハンターの中でもかなり名の知れたほうだから、獲物を脅されて横取りされたことに対する悔しさも人一倍だろう。

 ローラもそのことは充分承知していたが、いつまでもふてくされていられてはたまらない。

 ローラは意を決したようにすっくと立ち上がると、ロードの正面に回り込み、両膝をついた。

「な、何だよ…?」

 ロードが驚いて顔を上げる。その目と鼻の先に、ローラの真剣な顔があった。美しいエメラルド色の瞳が、ロードを見つめている。

 と、ローラの顔が近づいた。そして、小さな桜色の唇が、ロードの左頬にそっと押しつけられる。柔らかな感触が、頬を伝う。

「…?」

 ロードが呆気に取られた顔で、唇を離したローラを見る。

「何だよ、いきなり…?」

「お礼」

 ローラはにっこりと笑った。

「お礼…?」

「そう。あの時、幻石よりもあたしを選んでくれたことのお礼よ」

 ローラの頬が、うっすらと朱に染まる。

「嬉しかった」

「ばっ…!」

 ロードは動揺した。彼の顔にも赤みが差す。

「馬鹿。お前がいなくなると…その、困るんだよ」

「困るって?」

 ローラが問う。何かを期待しているような目だ。

「その…なんだ」

「うん」

「お前がいなくなると…そう、お前の料理が食えなくなっちまうからな」

「え…」

 ローラが拍子抜けしたような顔になる。ロードは火照った顔を、ローラから背けた。

「な…何? じゃあ、ロードはあたしじゃなくて、あたしの料理を選んだわけ?」

「ま、まあ、そんなとこだ。お前の料理は、自動調理器よりも美味いからな」

「そ、そう。わかったわ。もう、ロードなんて、知らない!」

 ローラはそう言って、プイとロードに背を向けた。

 直後。

「プッ…」

と、ロードが吹き出した。それはすぐに、大きな笑いに変わる。

「あーっはっはっはっ…!」

「な、何よ!」

「ハハハッ…ローラ、礼を言わなきゃならないのは俺のほうだな。ローラのおかげで苛ついた気持ちが吹っ飛んじまった。サンキュ、ローラ」

「何よ。あたし、本当に怒ってるのよ。キスまでしたのに…!」

 しかし、言葉とは裏腹に、ローラは微笑をたたえていた。ロードが元気を取り戻したことが、何より嬉しかったのである。

「さーてと。すっきりしたところで、出発しましょうか」

 ロードが立ち上がって、気持ち良さそうに背伸びをする。

「出発って…どこに?」

「決まってるだろ? ウォーレルへ、次のネタを探しに行くんだよ」

 ウォーレルとは、小惑星を改造して造られた、巨大都市のことである。そこには、銀河中のトレジャー・ハンターや盗賊、流れ者の傭兵や闇商人たちが集まってくる。また、情報屋も数多くいて、様々な情報を売り買いしている。

 ロードたちトレジャー・ハンターは、ウォーレルで情報を得て、宝探しに出発することが多かった。

「さあ、気を取り直して、行くぞ」

「ええ」

 立ち直ってくれてよかった。ローラはロードと並んでシュルクルーズのタラップを上りながら、そう心の中で呟いた。

 ちらとロードを見る。彼の瞳は輝きを取り戻していた。次の冒険がどんなものになるのか、それを考えて早くも心躍らせているのだろう。そんなロードの表情が、ローラは好きだった。

 数分後、滑らかなラインの白い宇宙艇・シュルクルーズは、ウォル星の原始の森を飛び立った。

 高く、高く。星々の輝く宇宙へと。

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