第2話 森を駆ける

「ハアッ、ハアッ…」

 洞窟を出たところで、ロードは両膝と両手を地面について、乱れた息が戻るのを待っていた。その隣でローラも座り込み、荒い息をしている。

「ハアッ…や、やったぜ…」

 ロードが、目の前に置いたマーヤ像の首を見て言った。深い青の宝石が、陽の光を受けて神秘的に輝いている。

「マーヤの幻石だ…苦労したぜ…」

 ロードの顔は、汗まみれではあったが輝いていた。ローラがそれを見て苦笑する。

「ほんと、ロードったら無茶するんだから。下手をしたら死んでいたかもよ…?」

「けど、結果的には手に入れたんだから、いいじゃねえか」

「そりゃ、そうだけど」

「それよりほら、見ろよ、今日の収穫を」

 ロードがマーヤ像の首をローラのほうに転がす。思わずローラは小さな悲鳴を上げた。リアルに彫られたマーヤ像の顔は、お世辞にも気味がいいとは言えない。それが首だけで転がってくるのだから、ローラが悲鳴を上げるのも無理はない。

 しかし、それも一瞬のことで、青く輝くマーヤの幻石を見た途端、ローラはその美しさに息を呑んだ。

「どうだ、あれぐらいの危険を冒す価値はあるだろ?」

 ロードは上体を起こし、誇らしげに言った。

「金に換えりゃ、十年は遊んで暮らせる。どこかの星に豪邸でも建てて、のんびり贅沢に暮らすか」

「のんびり?」

 ローラがプッと吹き出した。

「のんびり生きるつもりなんかないくせに。これを換金したら、またすぐに新しいネタを仕入れて、宝探しに行くんでしょ?」

 そう言って、ローラはロードに悪戯っぽく微笑みかけた。

「ロードは、根っからのトレジャー・ハンターなんだから」

「ハハッ」

 ロードは、参ったというふうに頭に手を当てた。

「やられたな。よーくわかってるじゃないか」

「当然よ。ロードのパートナーになって、もう一年になるのよ」

「そうか…もう、そんなになるか」

「そうよ。だからロードの性格は、よーくわかってるつもり」

「そっか…」

 ロードは、顔を上に向けた。ローラも少しの間マーヤの幻石を見つめた後、ロードに倣った。

 遥かに高い崖の麓であるこの場所は、樹海がいったん途切れているので、比較的青空がよく見える。

 二人は先刻の冒険で疲れた身体を休めながら、抜けるように青い空と、ゆっくりと流れてゆく綿雲を見つめていた。

「さて、と」

 しはらくして、ロードは腰を上げた。

「そろそろ行こうか」

「幻石を換金しに?」

「そうさ」

 ロードは足下のマーヤ像の首を持ち上げた。

「それと、新しいお宝のネタを仕入れにな」

「やっぱりね」

 クスリと笑って、ローラも立ち上がった。



 ウォル星の密林の中を、黒いプロテクターを着けた男が歩いている。その手に熱線銃を持って。それも一人や二人ではない。草を掻き分けて進む音が、あちこちから聞こえてくる。

 彼らは獲物を探すハンターのように、周囲に目を光らせながら進んでいた。

「ロード…あれって…」

 押し殺した声で、ローラが言った。二人は草叢の中にしゃがみ込み、草と草の間から彼らの動きをうかがっていた。

「くそっ…」

 吐き捨てるようにロードは呟いた。

「奴の部下どもだ…。あの野郎、また俺たちの獲物を横取りしようって魂胆か…」

 ロードの目つきが変わっていた。厳しく、憎しみのこもった目に。

「やっぱり…」

 ローラは、深いため息をついた。

 まただ。またあの男が、二人を追ってきたのだ。

「ヤード・デ・モロー…」

 ロードが、憎悪のこもった口調で、その名を口にした。

「ちくしょう…」

「どうするの、ロード?」

「決まってんだろ。奴らに見つからないようにシュルクルーズに戻って、とっととずらかるんだよ」

 シュルクルーズというのは、ロードとローラの乗ってきた宇宙艇の名である。この先、密林が開けた場所に着陸させてあるのだ。

「苦労して手に入れたんだ。あんな奴に渡してたまるか。行くぞ」

 そう言ってロードが立ち上がろうとした時たった。

 小さな音が耳元でした。背後に人の気配。

「動くな」

 灰色の防護服に黒いプロテクターの男が、熱線銃をロードのこめかみに当てていた。

「ロード・ハーンだな?」

「…だったらどうだってんだ?」

「閣下がお待ちだ。一緒に来てもらおう」

 男はそう言うと、二人の正面に回り、熱線銃で立つように促した。

「ロード…」

「大人しく言うことを聞くしかないみたいだぜ」

 ロードはそう言って、マーヤ像の首を持って立ち上がった。ローラも少し遅れてそれに倣う。

「こいつは、俺が持っていていいのかい?」

 ロードはマーヤ像の首を弄びながら聞いた。

 男はマーヤ像の額に幻石が嵌まっているのを見ると、渡すように熱線銃で示した。それを見てロードが一瞬ニヤリと笑ったのを、ローラは見た。

「ほらよ」

 ロードはマーヤ像の首を男のほうに放り投げた。男はそれを受け止めようとするが、マーヤ像の首は予想以上に重い。その重さに、男は思わず二、三歩よろけた。

 ──しまった!

 男はこの瞬間、そう思っただろう。しかし、思った時にはもう遅い。素早く繰り出されたロードの拳が男の腹を捉え、男はマーヤ像の首を落とし、腹を押さえてうずくまった。

「ぐ…貴様…」

 男の言葉が終わらないうちに、首筋に手刀を打ち込む。男は低く呻いて、そのまま気を失った。

「ふうっ…」

 ロードは息を吐いて、マーヤ像の首を拾い上げた。

「ここにいちゃ、ヤバそうだ。急ごう、ローラ」

「ええ」

 二人は急いでシュルクルーズに戻ろうと、足を進めた。

 だが、その時。

「おい!」

 後方から声がした。はっとして振り向くと、黒いプロテクターを着けた男の姿が目に入った。ヤード・デ・モローの手下だ。

「急げ!」

 言うと同時にロードはローラの手を引いて走り出した。

 それを見たプロテクターの男は、二人を追いながら熱線銃を上へ向けて撃った。

 広い森の中、銃声が何度もこだまする。ロードはそれが自分たちを発見したという合図なのだと、すぐに理解した。まもなく、この辺りにヤードの手下共が集まってくるだろう。その前に何としてもシュルクルーズに乗り込んで、この星を出なければならない。

 ロードとローラは、草木の生い茂った密林の中を、全速力で走った。

 後ろの敵が、熱線銃を撃ってきた。赤い光線は二人のすぐ横を通り過ぎ、立ち並ぶ樹木の幹に穴を開けた。

「くそっ!」

 ロードは悪態をついて、振り向きざま熱線銃を放った。赤い閃光が迸る。だが光線はプロテクターに弾かれた。男は一瞬体勢を崩したものの、すぐに立て直して撃ってくる。

 と、突然、目の前を右から左へと光線が走った。見ると右のほうにも二人、ヤードの手下がいて、ロードらのほうに駆けてくる。

 これで、追手は三人になった。彼らは銃を撃ちながら、二人を追ってくる。走りながらの射撃は簡単には当たらないものだが、それでも二人は銃声がする度、肝が冷える思いだった。

 少し走ると、今度は真正面にプロテクターの兵士が見えた。ロードはローラにマーヤ像の首を渡すと──もちろんこの時ローラが一瞬よろけたのは言うまでもない──、腰の鞘からヒート・ソードを抜き放った。

「と、止まれ!」

 正面の男は熱線銃を構えた。しかしロードは怯まず、剣を真横に構えて突進してゆく。

「ロード!」

「心配するな、撃てやしねえ! まっすぐ走れ!」

 ロードの言葉は正しかった。実際、その男は撃てなかった。万が一ロードたちに当たらなければ、光線は後ろの味方に当たる。それを恐れたのである。

「はあっ!」

 ロードはすれ違いざま、剣を一閃した。男は声を上げる間もなく倒れ込んだ。

「…殺したの?」

 ローラが顔色を変えて尋ねる。

「いや、峰打ちだ。気絶しただけさ。そんなことより、急ぐんだ」

 ロードはちらと後ろを向いて、走る速度を上げた。

 そう、正面の敵を倒したからといって、安心してはいられない。後ろの三人は未だ、二人を追い続けている。

 赤い光線が後ろから飛んでくる。木の幹に穴が開き、枝が吹き飛んだ。

 ロードとローラは身を低くしながら必死に走った。草が衣服にまとわりつき、木の枝に引っ掛かって袖が破れた。息が荒くなり、足が重くなる。マーヤ像の首を抱えていたローラはなおさらのことで、だんだんと速度が落ちてきた。ロードはそれに気づくと、ローラから像の首をひったくり、彼女の手を引いた。

 そんな必死の逃亡だったから、木々の間に白い船影が見えた時、二人の顔はパッと輝いた。

「シュルクルーズだ!」

 思わず、ロードが叫ぶ。

 助かったと、二人は思った。

 だが──。

「なっ…!?」

「そんな…!」

 二人は慌てて足を止めた。

 二人とシュルクルーズとの間に、十人近くの兵士たちが立ちはだかっていたのである。黒いプロテクターに黒いヘルメット。皆、ヤード・デ・モローの手下共だ。そしてシュルクルーズの向こうには、円盤形の小型宇宙艇が着陸している。

 すでに、シュルクルーズは発見されていたのだった。

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