騎士の引き立て役⑥
母は間近に迫った脅威に腰を抜かしてしまったようだった。 ぬらりと光る刃が強盗の眼前で揺れる。 ナイト自身真剣での切り合いは何度も経験があるが、それはあくまで練習や訓練でのこと。
実戦で本物を前にして柄を握る手には汗が滲んでいた。
「ちッ、どうして人が残ってんだよ・・・!」
どうやら強盗は空き巣ができると思っていたようだ。 ナイトは一瞬、強盗が諦めることを期待したが顔を見られたためか顔を怒りに歪め歩みを進めてきた。 年齢で言えば大人と子供。
得物の長さではナイトが勝っているが、強盗は場慣れしているためか勝てると見込んだのだろう。
「・・・ッ!?」
それは強盗の油断だ。 ナイトは瞬時に身を屈めると強盗との距離を一足で縮めた。 その動きに反応できていないとみてナイトは剣の柄を強盗の側頭部へ叩き付ける。 それで終わりだった。
強盗は口から泡を吹いて倒れ、全身を痙攣させている。
―――倒、せた・・・?
―――今のは俺が倒したのか?
あっという間に倒すことができ自分の強さに驚いていた。 母は剣を握る息子を見てより怯えていた。
「母さん、立って! ここは危ない!」
剣をしまって母の腕を掴む。 それでも母は動こうとしない。
「それでもこの家は手放せないの!」
「俺のためにも父さんのためにも、母さんは死なないでくれ!!」
「ッ・・・」
「早くしないとまた強盗が入ってくるから!」
倒した強盗を縛り上げ、それを見て母は渋々理解してくれたようだった。 そのまま一緒に玄関へ向かう。
「ランス・・・」
「避難所まで案内します。 行きましょう」
ランスの姿を見て母は少し安心したようだ。 母を誘導するランスに言う。
「ランスの家族は?」
「もう家にいなかった。 既に避難していると思う」
「分かった」
三人は避難所へと向かった。 避難所にはたくさんの国民が既に避難していて城の騎士が守っていた。 だがザっと見た感じではランスの家族は見つからなかった。
「俺たちはこれ以上行けない。 母さんは行ってきて」
「でも・・・」
新人騎士は自室待機。 母はそれを知らないし、命令違反までしてやってきたというのも何だかバツが悪かった。
「ここなら安全だから。 俺たちは城へ戻らないと」
「じゃあ、もうナイトとは会えないの?」
心配そうに母は見つめてくる。
「・・・また会える時に戻ってくる」
そう答え母を見送った。 二人の会話を聞いていたランスが言う。
「やっぱり母さんのことが心配か?」
「・・・」
ナイトは何も答えず城へ向かって走り出した。 一人残した母親のことが心配ないわけがない。 もっとも強盗が来ていなかったとしても、騎士になった時点で一緒に暮らせないことは決まっていた。
折角騎士になれたというのに、母を守るために命令に違反し資格を剥奪でもされたら元も子もないのだ。
「そう言えば、ランスの志望動機って何だったんだ?」
ランスの質問には答えず、ナイトはふと思ったことを尋ねてみた。
「ん? どうしたんだよ、急に」
「そう言えば肝心なことを聞いていなかったな、って。 合格するまでは剣の稽古に必死だったからさ」
その問いにランスは一瞬視線を伏せる。 そしてこう言った。
「あぁ。 ・・・姫様を攫うためだよ」
「・・・え?」
まさかの理由に驚いた。 そのような答えが返ってくるとは思わず走る足を止めてしまう。 何を言っていいのか分からず、本気かどうかも分からない。
そんなナイトを見てランスは吹っ切れたように言った。
「姫様近衛の騎士になれば狙いたい放題じゃないか」
「言葉の意味は分かるけど、どうして守るはずの騎士が姫様を攫うことに繋がるんだ・・・?」
ランスがどのような意図でそれを言っているのか全く分からなかった。 姫様を攫う、という言葉の響きからポジティブな理由が思い付かない。
ランスは正義感が強くて自分のことも何度も助けてくれたのだ。 一体姫様を攫ってどんないいことがあるのだろうか。
そう考えているとランスは意味深な笑みを浮かべながら、更にナイトを困惑する言葉を呟いた。
「・・・俺の家は貧乏だからさ。 姫様を隣国に売ったら、たくさんの金が手に入ると思ったんだ」
「・・・」
それはどう考えても騎士としてあるまじき行いだ。
「ナイトも俺の状況を理解してくれるだろ? なぁ、応援してくれるよな?」
ランスの家庭の事情は理解しているが、すぐに頷くことはできない。 寧ろ今自分にできることは止めることだ。
「でも流石に、この国を裏切ることになるから止めた方がいいんじゃ・・・」
「それでも俺は真剣なんだ。 ナイトの家系とは違うんだよ」
「ッ・・・」
見つめられる眼差しは確かに真剣そのものだった。 騎士になった今、その給金だけで十分家族を援助できるのではないかと思った。
だがそれはナイトがそう思うだけでランスにとってはそうでないのかもしれない。
「騎士を辞めさせられてもいい。 その覚悟は既にできている」
「・・・でも」
姫様を攫って騎士を辞めさせられるだけで済むとはとても思えなかった。 下手したら死刑になるだろう。
「何を言われようが、俺は自分の目的を見失ったりはしないからな」
「・・・」
本当は今すぐにでも腕を掴んで止めたかった。 お金がほしいだけならいくらでもやり方があるだろうし、どうしても必要なら多少自分が手助けしてもいい。
しかしランスは騎士になった理由としてそう言った。 ナイトをずっと助けてくれていた親友の言葉をナイトは止められなかった。
「・・・分かった。 応援する」
「・・・ありがとな」
ナイトの返事に少し驚くとランスは切なそうに笑った。 もしかしたらランスと対峙する日が来てしまうのかもしれない。
その時は流石に見逃すことはできず、訓練でない本気の斬り合いをすることになるのかもしれない。
―――・・・本当に、これでいいのかな。
―――今のランスの雰囲気はいつもと違った。
―――何だろう、この違和感・・・。
いつの間にかランスがナイトを追い越し先を走っていた。 見失わないように必死に付いていく。 その時突然見知らぬ二人がナイトたちの前に現れた。
「「ッ・・・!」」
相手が誰かも分からない急な登場に足を止めざるを得ない。 見たところ強盗ではなさそうだが友好的とも思えない。
目の前にいる二人を警戒しながら戦闘態勢を取っていると、今度は両サイドから二人を囲むように何人もの人間が現れたのだ。
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