第32話 問⑩ フタヒロ視点 『サヨナラの時間』
待ち合わせの時間、珈琲店に行くと、もうユキは座っていて、本を読んでいた。
「何読んでいるんだい? ユキ」
「あー! もう、1ページで終わりなの。だから、ラストだけちょっと、読ませて!」
ユキはボクに目を合わせることなく、本を読んでいる。ボクは、大げさに肩をすくめると、注文を待って立っている女性に「珈琲をブラックで」と頼んだ。
ボクの目の前に珈琲が置かれるのと、ユキが本を閉じるのはほぼ同時だった。
「何読んでいたんだい?」
「『恋のハーフ&ハーフ』って、この前ホテルでフタヒロくんが見ていたドラマの原作。なんとなく物語の結末が気になっちゃって、本、買っちゃたんだ。だってね、最終回は見れないから……」
「そうなのか」
「気になる? ネタバレとかしても怒らないタイプ?」
「ネタバレってなんだい? ユキが話したいなら聞くよ」
「えっとね、あんなにラブラブだったのに、彼女、別れを切り出すんだよ」
そう言って、ユキは『恋のハーフ&ハーフ』の最後を語ってくれた。
◇◇(問➉)
とうとうこの時が来てしまったわけだ。
僕はどこかでこの時を覚悟していたような気がする。
「わたしにはわたしの幸せがある。なにが幸せなのか? それを決めるのは〇〇君じゃなくて、わたしなの」
思えば彼女はいつも僕に二択を迫ってきた。
たぶんだけど……僕はそのたびに彼女の望む答えを返していたのだと思う。
だから僕たちは別れることなく同じ道を歩いてこられた。
僕はずっとそう思っていた。彼女も同じ気持ちでいると思っていた。
だが人生はそんな単純なものじゃないらしい。
「勘違いしないで欲しいんだけど、嫌いになったわけじゃないの。だから今しかないの……サヨナラするのは」
彼女はそっと右手を差し出した。
「今までありがとう〇〇君、とっても楽しかった」
そう言って、彼女は穏やかに微笑んだ。
もう彼女の答えは出ているようだった。
最後の最後まで理由も言わないままに。
僕は差し出された彼女の手を見つめる。
その手を掴めばサヨナラだ。
掴まなければ……
それが彼女の問いかけた最後の二択だった。
(問➉ ここまで)
僕は彼女の手をとった。
「じゃあ、サヨナラね」
彼女が一瞬僕から目をそらして、……、しばらくして、鼻をくしゃりとさせた。声にならないため息が彼女から漏れる。
「……ああ」
僕はまだ迷っていた。このまま彼女を抱きしめて、僕だけを見てほしいと懇願するのは、僕のわがままなのだろうか。
それに、彼女もいまため息をついた。ということは、彼女もまだ迷っているんじゃないかって都合のいい考えが僕の頭の中を駆けていく。
僕は彼女を握る手に力をいれた。
彼女が、すこし痛そうに肩をひく。
「痛いわ……〇〇くん……」
「……ごめん。やっぱり、僕はこの手を離せない」
僕は彼女を引き寄せて、自分の腕の中に閉じ込めた。
「〇〇くん、わたしは、あなたの望むような女にはなれない。こうやって、檻の中に閉じ込められたら息ができなくなってしまうわ」
「じゃあ、僕がもっと手を広げよう。君が自由に飛び回れるよう、檻の扉をあけて君を待とう。僕は待つのは不得意じゃない」
「でも、それじゃあ……」
「僕が望むんだ。君が罪悪感を抱く必要はないさ」
僕は、そっと、手をほどく。彼女は自由なのに、動かない。
「ずるいわ。〇〇くんっていつもそう。いつだって、わたしのわがままを聞いてくれる」
「僕はもう君を離せないんだ。だから、君が離れないように努力するのはあたりまえだろ?」
そっと彼女の唇に唇を重ねる。ちいさな軽い小鳥のようなキス。お互いの首の傾きをかえて、ついばむようにキスを繰り返す。僕は、彼女の涙にもキスを落とす。
どのくらい続けていただろう。彼女の涙が止まって、僕はキスをするのをやめた。
風がふいて銀木犀の花がちらりちらりとこの香りと一緒に僕たちにふってくる。
僕たちはしばらくの間、黙って銀木犀を眺めていた。
「じゃあ、行くね!」
彼女が明るい声を出す。その顔は、さっきと違って明るい。僕も手をあげて、小さく手をふる。
「ああ。行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます!!」
彼女は明るく言うと、踵を返して歩き出す。僕はいつまでも、その後姿を見ていた。
◇◇
「……ということで、別れちゃうのよ」
「そうなんだ……」
僕は珈琲のはいったカップに口をつけながら、あいまいに相槌をうつ。
「ねえ、フタヒロくん、外を散歩してみない? さっき、ちょっとだけ寄った公園、銀木犀の花が満開だったの……。」
「銀木犀?」
「えー。 フタヒロくん、私の話、聞いていなかったの? さっき言っていた『恋のハーフ&ハーフ』のラスト、銀木犀の中で別れを告げるって言ったじゃない。……、私も、そろそろ、踏み出さなくっちゃ……」
ユキはそういうと、バックを肩にかけて立ち上がった。
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