第23話 フタヒロ視点 『ユキの夢』


「ここが、雲上くものうえ図書館!」


 図書館の入り口でユキがほおっとため息をつく。有名建築デザイナーが自然との調和をイメージして作ったというそれは、幾つもの木がよりそって一つの大きな木を作っているかのような錯覚を覚えた。


「世界樹をイメージしているんだって」


 ユキがスマホを眺めながら言う。


 中央に幹をイメージした塔があり、枝分かれするようにスロープが左右に広がり、先端にはこじんまりとした小屋が置かれている。右に二部屋、左に二部屋。まるで、枝に取りつけられたツリーハウスのような構造。


 「紙媒体の蔵書数が100万冊?? すごーい! 今の時代、ほとんどがデジタルコンテンツになってしまって、紙媒体の書籍なんてお目にかかれないのに……。フタヒロくん、あっちのウッドハウスは、滞在ができる宿泊施設になってんだって! 読みたい放題じゃん!」


 ユキが興奮気味に話す。

 

 「まるで神様がいるみたいな幻想的な図書館というよりも、わくわく感とドキドキ感を詰め込んだマジックツリーハウスみたいだね。夜になったら、ライトアップされるから幻想的に見えるのかなあ」


 ユキはそう言って、入り口の扉を押す。ふわっと木の香りが鼻につく。


 中に入ると、まるで森の中にいるようだった。天井からは数えきれないほどの木が垂れ下がり、いたるところに植物が置かれていた。

 小さな子どもが母親らしき人物の膝の上で本を読んでもらっている。階段に座り込んで読んでいる子どもがいる。


 それらは、ボクにとってとても新鮮な光景だった。図書館と言えば、必要な資料を出してもらう場所と思っていたから。今まで暮らしてきた研究所と二尋のマンションとは違って無機質なものが排除されていたから。


「確かに、木の陰や植物の陰にコロボックルがいそうな感じね」

「コロボックル?」

「うん。アイヌの伝承に登場する小人。そこのポトス・ライムの陰に隠れていそうじゃない?」


 ポトス・ライムの葉がカサリと揺れる。


 ―― ユキが言うように、小人がいるのか?


 ボクはユキがさしたポトス・ライムをじっと見る。


「フタヒロくんって、面白いよね。関川くんだったらそんな馬鹿なことはないだろうというのに」

「二尋はそう言うのか?」


 二尋の名前を出されて、ボクは隣を歩くユキの手を反射的に強く握る。


「あっ。ごめん。比べるつもりはなかったの。私、フタヒロくんのそういうところ好きだなぁって言いたかったの……」

「好き?」

「あー。それとってあげるよ!」


 ユキは、ボクの手を振りほどいて、本をとろうとして背伸びをしている子どもの代わりに本を取って渡す。子どもに「ありがと」と言われて、「どういたしまして。その本、お姉さんも読んだけど面白かったわ」と答えている。


 ボクは、ユキに「好き」の理由を聞きたいと思ったけれど、どうしても聞けない。そんなボクの気持ちに気づかないユキは、視線を動かしながら感嘆の声をあげている。


「すごい」

「すごい」

「すごい」


 近くにある絵本を手に取り、頬を緩ませる。

 また少し歩いていくと天井をみて、頬を緩ませる。

 隣を歩くユキは、今までボクが見たことのないユキ。


 どう表現していいかわからないけれど、悪くない。悪くないどころかとてもいい。すごくいい。嬉しい? 楽しい? ボクも自然と口角があがっていく。


「……私ね、……本当は、ここで働きたかったんだ」


 ユキが「ピノッキオの冒険」と書かれた本をぱらぱらとめくりながら、ぽつりと言う。


「?」

「今の大学図書館が嫌とかじゃないの。リファレンスで失敗したなぁと思うことはあるけど、それなりに学生さんからも信頼されているからね! やりがいもあるのよ。でもね……ほら、みて」


 ユキは本を閉じて書架に戻すと、顎で少し離れた場所をさした。そこには、絨毯がひかれたスペースに好き勝手に座っている子どもたち。寝そべったり、膝を抱えたり、秩序があったものではない。でも、みんな、小さな椅子に座っている老婆に視線を向けていた。


「珍しいわ。最近は、映像と音声を自動再生させている図書館が多いというのに、ちゃんと生の声でおはなしをとどけている」

「おはなしをとどける?」

「ストーリテーリングと言ってね、昔話をああやって語ることで、子どもたちの心に直接届けるの」

「心に届ける?」

「そう。子どもたちの心のひだがたくさんにできて、大人になった時根っこのある人間になれるよう、幸せになれるよう、祈ってね、おはなしをするの」


 ユキは眩しそうに老婆を見つめている。頬が緩んでとてもやさしい顔をしている。思わず抱きしめたい衝動に駆られて、ボクは慌てて視線をさまよわせる。


「あ、そうそう」


 ユキが少しだけ口角をあげて、口元で人差し指をたてた。


「私がここで働きたかったというのは、私とフタヒロくんだけの秘密だよ」





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