第22話 問⑦&答え フタヒロ視点『良い話と悪い話』

深山くんの私怨の話はとりあえず置いといて、話をすすめます。謎のままにはしませんからご安心ください。



*******




「これは?」

「玉ねぎ」

「それは見ればボクでもわかる」


 ユキが持ってきたお盆には、三つに切られた輪切りの玉ねぎと白いご飯が乗っていた。


「私が作ったの!」


 得意げにユキが笑う。


「それもわかる。この家に来て、ユキは台所に直行して焼き始めたから」


 いつもなら靴をそろえて「おじゃましまーす」と言いながらはいってくるのに、今日は、「フタヒロくん!いるんでしょ!!」と大声で叫びながら自分で鍵をあけて、口をへの字にして入ってきた。そして、ボクに声をかけるなとばかりにフライパンを睨みつけて、ユキは理由も言わず玉ねぎを焼き始めたのだ。


 気にならないわけがない。


 それが、出来上がってテーブルに持ってきたときには、今度はにこやかに笑っている。ボクはユキの行動の理由がわからず、ユキと皿の上の玉ねぎを交互に見る。


「美味しいよ?」

「ボクに食べろというのかい?」

「そうよ。私が自信をもって作れる数少ない料理の一つ。この前、激マズ料理を作ったお詫び」


 ユキが片目をつぶる。


「切った玉ねぎを焼くのが料理なのかい?」

「そうよ。でも、これはユキ特製タレに二日漬けたスペシャル玉ねぎステーキよ!」


 そういって、ユキは頬を少し膨らませた。


「でも、どうして急に来たんだい? ユキが来るのはいつも日曜日のお昼だろ? それに、連絡もせずにやってきて……」

「来ちゃダメだったの? 理由は、玉ねぎが上手に漬かったから! 自分でもうまくできたなぁと思ったら、フタヒロくんに食べさせてあげたくなったの! 悪い?」

「いや、全然……」


 ボクは口ごもってしまった。嬉しいって言いたいけれど、その言葉が的確かどうかわからなかったからだ。


「いただきまーす」


 ユキが満面の笑みを浮かべて、玉ねぎを食べ始めた。ボクもユキの真似をして「いただきます」と言うと、玉ねぎを口に入れた。


「ねー。美味しいでしょ?」

「どうしてそう思うんだい?」

「だって、フタヒロくん、唇が少し上がったよ。悪くないって思ったんでしょ?」


 ユキがそういうなら、悪くないのだろう。醤油といくつかの調味料がしみ込んだ焼いただけの玉ねぎ。


 「二尋は……」と言いかけてボクは黙る。二尋は玉ねぎが嫌いだ。こんな見た目的にも味的にも玉ねぎであることを主張するものを口にするはずがない。ユキがそれを知らないはずがない。ボクは自分の頬が緩むのを自覚しながら、シャリシャリと食感のいい玉ねぎを咀嚼し続けた。


「ねえ。フタヒロくん……」


 ユキが最後の玉ねぎを口に含んで、少し口ごもった。


「……良い話と悪い話があるんだけどさ」


出てきたのはそんなセリフ。


「?」


 もちろんボクはその唐突さにかなり困惑していた。

 それでも表情には出なかったと思う。


 一呼吸置いてから、箸をおくとユキはまっすぐに僕を見た。


「……どっちから聞きたい?」


 ――良い話と悪い話。


 いったいなんだろう?

 ボクには予想がつかない。

 ユキの言葉を反芻し、考える。そして玉ねぎを飲み込むと、箸をテーブルに置いて、ユキを見た。


「良い話も悪い話も、主観的な考えに基づいて 区別しただけのこと。ボクに利益があるか、ユキに利益があるかは違うことだろ? それなのに、よい話と悪い話のどちらかを選択しろというのは選択できない」

「……そうね。そうだったわ。じゃあ、いいかえるわ。私にとっていい話と私にとって悪い話、どちらから聞きたい?」


 正直どちらでも構わなかった。どちらから聞きたい?とユキは言ったのだから、最終的にはどちらも話すつもりなのだろう。この場合、どちらを選んでも不正解にはならない。


「ユキにとって悪い話からで頼む」

「……大河内教授のところに行くことになったわ。来月の17日の木曜日。私も行くつもり」

「なぜ、大河内教授のところにボクとユキも行かなくてはいけない? 理由を説明してほしい」

「大河内教授が来年度ポストドクター(大学院の博士課程を修了したあと、大学や研究機関で任期付きの職に就いている研究員)に内定が決まった学生達の彼女たちと交流を持ちたいんだって。一昨日、深山くんからメールが転送されてきた。なんでも、学生たちが日々優秀な成果を出せるのは、陰になり日向になり学生を支えているパートナーのおかげだからってさ」

「?」

「まあ、理由はどうでもいいのよ。とにかく、集まりがあるから行こうと思って!」

「集まりがあることは知ってる。ユキを誘えと大河内教授から言われたが断った案件だ。だから、ボクはボクとユキが行く理由を聞いてる」

「ああ。深山くんの彼女のハルさんはぜひ来てほしいんだって。私は、大河内教授に関川くんのことを直接相談しようと思っているから、相談できるいい機会だと思って。ハルちゃんも一緒だったら心強いしぃ?」


 ―― ああ。 やはりユキは二尋をもとに戻したいんだ。


 不意に、ボクの頭の中にその言葉が浮かんだ。そうか。だから悪い話だと言いたかったんだ。ボクはもうそれ以上ユキに聞くことが出来ず、話題を変えることにした。


「そうか。わかった。また女装をして大河内教授に会いに行けばいいんだね。了承した。……で、良い話とは?」


 ユキがふふふっと笑うと、椅子に掛けてあったバックの中から一枚のパンフレットを取り出した。


「ジャジャジャジャーン! 今週末、ここ、雲上くものうえ図書館に行ってみない?」

雲上くものうえ図書館?」


 ボクはユキからパンフレットを受け取りしげしげと眺める。そこには、飛行機と宿泊がセットになっている旅行プランが書かれている。月読つきよみ高原といえば、日向ひゅうが地方にある高原で日帰りできる距離ではない。


「うん。月読つきよみ高原にある雲上くものうえ図書館。まるで神様がいるみたいな幻想的な図書館なんだって。この前、勤めている図書館で話題になって、どうしても行きたくなって! でも、一泊二日の旅行になってしまうから、フタヒロくんも一緒にどうかな?って……」


 少し首をかしげて、ユキが目を大きくしている。両手を胸のあたりで組んでいる。

いわゆるおねだりポーズだ。


「……週末は、予定はないから、一緒に行っても構わない……」


 ユキが両手を合わせてポンと音を立てた。


「やったぁ! じゃ、いろいろ手配しておくね! あ、それから、この近くにあるサナトリウムにも行きたいの」

「?」

「植物状態の後輩が療養しているの。この前、彼女に赤ちゃんが生まれたって、彼女のお母さんから連絡があってね。会いに行きたいんだ……」



 

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