第21話 問⑦&答え 二尋視点 『良い話と悪い話』

問⑦のお題は二尋視点とフタヒロ視点の二人の回答を用意しています。

まずは、二尋から。


*********


「なあ、関川。いつまで怒ってんだよ」

「……」


 いつものように実験室には、チャカチャカと乾いたゲーム音が響く。今回は、いつも現れるハルちゃんの他に、もう一人の女性がスリットが深いスカートをはいて足を組んでいる。太ももが見えてなまめかしい。

 

「なあ、286フタヒロの女装、綺麗に仕上がってただろ?」


 あとから、入り口にいたハルと呼ばれた女性がフタヒロだと聞いて、ひどく腹がたった。自分の体をもてあそばれて、身体的屈辱なんて言葉を言わなけりゃよかったと何度後悔したことか! あんな短いスカートをはいて、あんな化粧をして!!

 ユキが手伝ったという話だが、僕だったら誰に何と言われても女装なんてしない!

 もう、恥ずかしくて顔をあげて歩けないじゃないか! …… そう思ったと同時に、あの体はもう自分のものではないのだという現実を突きつけられ、絶望感が襲ってくる。


 ―― そうだ。もう、あの体は……。


 僕の葛藤をあざけるかのように、薄っぺらで無責任な言葉を深山が口にする。僕は思いっきり顔をしかめた。それを見た深山が、媚びた言い訳をするようににへらと笑う。


「だって、お前が身体的屈辱って言ったじゃん? だから、フタヒロに女装するかしないか選択させたんたぜ? 胸をつけたり、脛毛をそったりして、……かなり恥ずかしいことをさせたんだ。けどさ、あいつに、女装をして恥ずかしいって気持ちがなかったから、全然ダメージはなかった……。あれは、計算外だったわぁ。残念」


 てへへと悪びれもせず、深山が舌をだした。


 ――胸をつけた?

 ――脛毛をそった?


 ますます目の前が真っ赤になる。


「ヨクモソンナコトヲ!!」


 僕は深山を殴ろうと、椅子から立ち上がり、右手をあげた。


 

 しかし……、僕の手が深山に届くことはない……。



 がっくりと肩を落として、僕は椅子に座りなおした。絶望感と虚無感で体が重い。反対に、深山は舌をぺろりと出して、軽薄な態度をとる。


「おーこわ。お前がそんなに怒るとは思わなったぜ。他人の目なんて気にしないと思っていたからな」


 ―― こいつ、僕を怒らせたいのか?


 僕はお腹にぐっと力をいれて、右手を握りしめて怒りを鎮めようと想像を膨らませる。想像は、情報となり、僕を刺激する。


「ま、おかげで、あいつの興味をひいて、ユキさんたちをここに正々堂々と連れてくることができたし、よかったんじゃね?」


「…… 僕ハ ……」といいかけて、「そんなことを望んでいない」というセリフを飲み込んだ。深山は僕のことを気にすることなく話を続けている。


286フタヒロを嘗め回すように見ていた時の顔、お前にも見せたかったぜ」

「……」


 僕はぎりっと唇をかむ。


「美人だと思って部屋に誘ったやつが、実は自分の部下が女装していたと知ったら、どんな顔をするだろうな……」


 深山がにやりと笑う。


「悪趣味ダ」


 深山はあっはっはと笑いながら、ゲーム画面に目を向けて、迷いもなく「三人でホテルに行く」を選択した。画面が切り替わって、ダブルベッドの上に、バスタオルを巻いただけの二人が四つん這いになってこちらを見ている。胸の谷間が否応もなく強調される。ハルという言葉を見るだけで、フタヒロの女装姿がちらついてぞぞぞっとする。


 ―― ぜったい、こいつ、狙ってた!


「なあ、関川、良い話と悪い話があるんだけどさ」


 次に、深山の口から出てきたのは、そんなセリフ。マウスを持っていた手が離れて、指先でマウスをトントンと小刻みに叩いている。左足もわずかにゆすっている。何気なさを装っているけれど、どこか深山にしては迷いがある感じだった。


「?」


 一呼吸置いてから、深山は静かに続ける。


「……どっちから聞きたい?」


 ―― 良い話と悪い話。

 

「良イ話モ 悪イ話モ 主観的ナ考エニ基ヅイテ 区別シタダケ ノ コトダ。僕ニトッテ利益ガアルカ 深山ニ利益ガアルカ ハ 異ナル。ツマリ、ソノ話ハ、オ前ニトッテ良イ話ト話スベキダ」

「けちつけずに選べよ」


 深山が少しむうっとした顔をして、自分のスマホ画面に、『良い話? or 悪い話?』と書いて、僕に見せた。

 僕は画面に文章作成ソフトを立ち上げる。深山はゲーム画面に食い入っているかのような姿勢ー机にべたっと体を預けているような姿勢をとる。

 僕の文章作成ソフト画面を小さくして、深山しか見えない大きさにする。実験室には、二人の女性の喘ぎ声とチャカチャカした音楽がさっきより少し大きく響きだした。


 『悪い話』

 「お前の海馬にわずかだが萎縮が見られる」

 『そうか』

 「まだ、薬でなんとかなる」

 『そうか』

 「まあ。想定内だ。最近、あの親父、脳内で生じる活動電位を測定する実験を始めたからその影響だと思う」

 『脳内トレースか……』

 「ああ。脳内で起こる電気量をかすめ取って、本体のコンピュータの動力にしようだなんて、考えているらしい」

 『ばかな……。それでは、脳は成長できず退化する』

 「いいんだとよ。相手は老人だ。あまり、長生きしてもらっては困るだそうだ。この前、廊下でちらりとそんなことを言っていたのを聞いた」


 これ以上聞いても無意味だと判断した僕は話題を変える。


『そうか……。で、良い話とは?』

286フタヒロがお前に体を返したがっている。お前も元に戻れるぞ」

『フタヒロが何か悩んでいると思っていたが、僕に体を返すだって? あいつらしくもないことを悩んでいるものだ。それもこれも、お前がここに連れてきたからだろう? フタヒロに悲しみを学習させるためにユキと僕とのやりとりを見せつけた。そして、僕に現実に戻りたいと思わせたかった』

「ばれてたか。だけど、それだけじゃない。俺はお前にユキさんを会わせたかったし、ユキさんもお前に会いたいと俺に相談してきたし……」

『ふん。とってつけたようなことを言っても無駄だ。お前は、フタヒロに負荷をかけるといっていたじゃないか。喜び、楽しみ、とくれば、悲しみと怒りを学習させようとするだろう?』

「……まあな」


 深山が歯切れ悪く答える。


『そして、僕には体がないという現実を突きつけ、取り戻したいと切望させたかった』

「……」

『しかし、もう、人工知能チップは取り込まれて体の一部になっているはずだ。脳を傷つけずに取り出す手術は大河内教授しかできない。僕とフタヒロが言っても、大河内教授が了承するとは思えない』

「あいつ、その腕だけはいいからなぁ……。それ以外はエロエロなのに……」


 深山がとても嫌そうな顔をする。


『それで、良い話は終わりか?』

「その大河内教授のパソコンにアクセスするためのヒントを手に入れた。お前なら解析することができるだろう?」


 深山が、一枚の名刺をポケットから取り出すと僕に見せた。大河内教授個人の電話番号が書かれている。


『不可能ではない』

「じゃあ、それをネタにあいつを脅せばいい」

『何故だ? お前の中で、僕とフタヒロをもとに戻す必要がどこにある?』

「関川もユキさんも友達だからだよ。あんなに悩んでいるユキさんをみているのもつらいし、人工知能を人間に埋め込むのは間違っている。もとに戻すべきだ」

『……、いや、違うな。フタヒロのように心が育ちつつある人工知能は恰好の実験対象だ。僕たち研究者はそういうものだ。だから、お前の言動に違和感を覚える。……深山、お前の本当の目的はなんだ?』


 長い沈黙の後、ふぅっと深山が息を吐いた。顔を持ち上げて、僕の顔をじっと見た。


「やっぱ、お前を誤魔化すのはできなかったのか。結構、うまく立ち回ってきたつもりなのにな。……なら、俺がちゃんと話せば、お前は手伝ってくれるのか?」

『話による』


 深山はじっと自分の手を見て、考えている。どのくらいたったのか。深山がスマホに文字を入力して、僕に見せた。そこには、次のように書かれていた。


 『……私怨だ。俺はあいつを抹殺することを望んでいる』


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る