第20話 問⑥答え ユキ視点 『一緒にいたい』


 夢の答えは決まっている。YESだ。


 深山くん曰く、関川くんは那由他というスーパーコンピューターが作り出した仮想現実の中にいる。実際、目で見るまで信じられなかったけれど、この前、那由他というスーパーコンピューターに映し出された関川くんをみて、そして、帰り際、部屋にあった剥き出しの脳をみて、納得した。


 今朝のニュースの特集は、伊邪那美イザナミ島に五年後に完成を目指している国立の終身型大規模老人介護施設『グラズヘイム』だ。

 

『入居者は、精神をスーパーコンピューターに接続することで、肉体的な痛みや苦痛から解放され、若いころのように身体的自由を仮想現実の中で謳歌できます』


 開発担当の保健省の役人が説明している。


 施設内の設備については、国家機密の部分もあるので、原則立ち入り禁止だが、一時期前に流行ったフルダイブ型のゲーム技術の応用であると説明していた。


「嘘つき……」


 私はテレビに向かってつぶやいた。


 フルダイブ型のゲーム技術は、ヘッドギアを頭に装着して、仮想現実に接続する。だから、現実の世界にちゃんと戻ってこれる保証がある。でも、今回の技術は、肉体から脳を取り出し、それに電極をつけて仮想現実の中に接続する。つまり、精神を接続した人間は脳だけの存在になってしまう。そのことについては何も触れられていない。

 

『入居料は3000万円で、それさえ払えばあとの経費は国が負担いたします』

 

 それは、今までの老人介護施設とは決定的に違う料金設定。だって、ふつうは入居料以外にも維持費は食費、オムツ代、医療費と死ぬまで払い続けなければいけない。介護される側にとっても、要介護者を抱える家族にとっても、すごく魅力的な申し出。


「現代版うば捨て山じゃない……」


 政府は、一か所に大規模な老人介護施設を作り運営することで、今までかかっていた何兆円にものぼる医療費を見直せると言っている。


「それはそうよ! だって、存在するのは脳だけじゃない!」


 脳だけなら、動かなくなった体を動かすためのリハビリテーション施設なんていらない。医師だって、看護婦だっていらない。オムツも食事もいらない。培養液の中で脳を維持するだけでいい。

 

 でも、政府はそんなことは言わない。国民が喜びそうなことしか口にしない。報道も同じだ。この大規模老人介護施設を考えた政府高官のアイデアをほめるばかりだ。

 

 深山くんは、大河内教授は、脳を取り除いた体を使って何か企んでいるという情報を掴んだって言っていた。フタヒロくんはその実験の一つらしいし、他にもいろいろあるのだとか。


 「絶対に間違っている!」


 私はテレビに向かって、怒りをぶつける。関川くんから脳を取り出して、コンピューターに接続してしまうなんて! 空になった頭部に人工知能を取り付けて関川くんとして生かすなんて!


 『これはまだプロトタイプなんですけどね』


 役人が小さなモニターに仮想現実を映し出す。今の世界とほとんど変わらない世界が現れる。

 私はモニター越しに関川くんとキスをしようとしたことを思い出す。


  決して触ることのできないもどかしさ。

  触りたい。

  触ってほしい。


 満たされない気持ちが私をとらえて離さない。


 もし、また関川くんと手をつなぎ、その手を感じ、心をつなぐことが出来るのなら、私も被験者になってもいい。


 それが今の正直な私の思いだ。


 大学図書館のリファレンスの仕事もやっと面白くなってきたところだけど、まあ、たいしたことない。もう、永遠にお母さんに会えなくても、関川くんに会えないことに比べたら、我慢できる。美味しいものを食べるのは好きだけど、そんなことは関川くんと一緒に入れるということに比べたら些細なことにすぎない。


 ただ、心に引っかかるのは、フタヒロくん。


 関川くんの体に移植された人工知能。関川くんにとてもよく似ているけれど、関川くんとは違う人格。


 関川くんは、関川くんのお母さんのことがあって、人の心というものに無関心になってしまった人。本当はとても寂しがり屋で優しいのに、傷つきたくなくて、心の扉を閉じてしまった人。私がそばにいて手をつないでいないと、どこかに消えてしまいそうなそんな危うげな人。


 でも、フタヒロくんは違う。 


 フタヒロくんの心は生まれたての赤ちゃんだ。自分の中に現れた感情の意味も分からない。自分しか見えていないから、他人からどう思われているかとか他人を意識することもない。私がいなきゃって思ってしまう。






 それに、関川くんの手が、声が、私を心を惑わす。

 そう……。

 フタヒロくんと手をつなぐたび、フタヒロくんのぎこちなく笑う笑顔を見るたび、フタヒロくんが『ユキ』と呼ぶたび、心がときめいてしまう自分がいることをまだ認めたくない……。

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