第19話 問⑥ ユキ視点【一度だけのわがまま】
問⑥のお題はユキ視点なので、問題文と逆設定です。文体を男性から女性に変えています。問題文中の関川くんが遠くに行く彼女、選択するのが関川くんではなくてユキになります。(ややこしくて、すみません) 大幅に設定をかえてしまい、関係者の皆様、ごめんなさい。
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関川くんが優秀だってのは分かっていた。
だってずっとそばで見てきたんだから。
「予想はしてたんだけど、遠いところに行くことになった」
関川くんがそう言ったとき、やっぱり、とそう思った。
「それってどこ?」
「遠いところ。たぶんココには戻らないと思う」
私が関川くんに惹かれた理由はいくらでも思いつく。
だけど関川くんが私のどこに惹かれたのかは、私にとっていまだに謎。
ただこれだけはハッキリ理解している。
ここで関川くんの手を離してしまったら、私たちの縁はそれまでだということ。
「そっか……遠距離恋愛ってことなのかな? でも連絡手段はいくらでもあるし。私はここで待ってる。ここでずっと関川くんを待ってる」
と、関川くんがここで大きく息を吐いた。
「それはユキのためにも、僕のためにもならない」
「待つのもダメなの?」
「僕はユキに一緒に来て欲しい。でもユキにもここでの生活や仕事があることも分かってる」
私はすぐに返答できない。
失うものは少なくない。
「ねぇ、一度だけわがままを言う。ここでの全部を捨てて、僕と一緒に来てほしい」
関川くんは私を見つめ、それからゆっくりと手を伸ばしてくる。
私は……
そこで、私は目が覚めた。ああ、この前、関川くんに会ったからだ。
思い出すだけでも顔がほてってくる。自分からキスしてだなんて、大胆なことをお願いしたものだ。
関川くんの声を聞いたら自分を止められなかった。
小さなころからずっと一緒にいて、付き合いだしたのは私が大学四年、関川くんが院一年の時。
インターンシップのために大学図書館で働いていた私の前で、関川くんの後輩が関川くんの腕に手を絡めているのを見つけた。関川くんって、背もそこそこ高いし、奥二重の切れ目、整った鼻筋、薄い唇、端正な顔立ちをしているいわゆるイケメン。でも、氷のように冷たい性格をしているから、女子からみて観賞用にしかならない……と思っていた。それが、後輩に手を絡まれて、にこやかに笑っていた。私には、ハンマーで殴られたような衝撃だった。
あれから四年。
―― 順風満帆の恋だったはずなのに……。
―― 関川くん。
ふと、関川くんの「ユキ」とささやく声が耳元でしたような気がする。もうそれだけで、私の体も心も関川くんを探してしまう。体全体で、関川くんの手の感触、息遣い、重みを思い出そうとする。
さみしい。
ふれあいたい。
かんじたい。
満たされない思いが子宮に澱のように溜まっていく。関川くんがいつもしていたように、ひとさし指で自分の上唇をなぞる。
「関川くん……」
そのまま顎を触り、肩を抱きしめ……。
ジリジリジリ。ジリジリジリ。
テーブルの上に置いてある目覚ましが、私を非難するように鳴り始めた。
「なにやってんだか……」
私は自嘲するような声をあげて、一つ大きく伸びをした。
―― こんな時は美味しいものを作ろう。
私は起き上がると、軽くシャワーを浴びて手早く髪をふく。キャミソール、短パン姿でキッチンに立つと、冷蔵庫からお醤油に漬けておいた玉ねぎを出す。
―― 関川くんが嫌いでフタヒロくんが好きな玉ねぎ。
輪切りにした玉ねぎを、バターで炒める。じゅわーとバターの焦げる匂いが食欲をそそる。料理が不得意な私でも作ることが出来る数少ないレシピ。
―― 前に作ったビーフシチューは激マズの最悪だったから、今度フタヒロくんに作ってあげようかな。フタヒロくん、絶対、『美味しい』の言葉の意味を間違えてるし!
私は、それをお皿にもると、白いご飯も並べる。私は携帯食よりも手作りの料理の方が好きだ。少しばかり手間とお金がかかっても、ご飯は見た目と味と触感など五感で味わうことが大事だと私は思っている。
関川くんもフタヒロくんも、基本、パーフェクトフードしか食べないから、もっと料理ができるようになりたいと切実に思う。
「いただきまーす」
私は無心に口の中に放り込んだ。そして、朝のニュースを見ながら、夢の続きを考えた。
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