第16話 フタヒロ視点『研究所見学①』(つなぎのはなし)

<フタヒロは女装して栗本ハルと、ユキは男子高校生の栗本ユキオと名乗ってます>

<深山くんとユキは猿芝居をしています>




******


「ハル姉さま!」

「ハルちゃん!」


 ボクは右の手を深山研究員に、左の手をユキに握られながら歩く。人と手をつなぐという感覚は不思議なものだ。ユキがボクの顔を覗き込みながらぎゅっと力をいれる。ボクもぎゅっと握り返す。


「おいおい。ハルちゃんの彼氏は俺だからね! ユキオはもう少し遠慮して歩いてくれないかい?」

「イヤダ。ハル姉さまはボクの姉さま!!」

「今日、俺は両手に花の予定だったのになぁ……」

「残念でしたー深山先輩の趣味には付き合いきれません。べぇ―」


 ボクをはさんで、深山研究員とユキが笑い声をあげながら喋る。ボクはふわふわとした気分になって、顔が緩んでいく。道行く人がボク達を振り返る。


「よかったぁ。ハルちゃん、俺に会えて嬉しそうだね!」

「嬉しい?」

「ああ。顔がほころんでるじゃないか! よかった。よかった。なぁ、ユキオ!」

「うん! ハル姉さまが嬉しい顔をしてくれるとボクも嬉しいなぁ! ねえ、深山先輩、深山先輩の実験室って、今日は見学できるの?」

「うー。あそこはトップシークレットだからなぁ……」


 深山研究員がちらりと、二尋の精神を移植したスーパーコンピューター那由他がある茶色の目立たない実験室の方に目をやる。深山研究員の視線をたどって実験室を見たユキの顔が一瞬曇り、ボクの手を握るユキの手に力が入る。

 

 すかさず、道端や案内所で冊子を配っている研究員たちに聞こえるように、すこし大きめの声で深山研究員が言う。


「今日は、研究所内を案内してやろう! ユキオは先端医療技術研究所に来たの初めてだろ?」

「うん!」


 見慣れた研究所がプラカードや風船が飾られて華やかだ。大勢の研究員たちが声を張り上げて自分たちの研究室の説明をしている。噴水のある広場には、焼きそばやフランクフルトを売る出店も出ている。


 子ども向けに作られた人体模型のブースを回ったり、脳波を調べるデモンストレーションに参加したり、ボク達は積極的に研究所内を見学して回った。ユキが参加しているのを、ボクと深山研究員で見守るというスタイルはなかなかいい。


「楽しそうだね。ハルちゃん」

「楽しい?」

「ああ。いま、顔がほころんでいただろ? そのいまのハルちゃんの感情は楽しいっていう感情だよ」

「顔がほころぶのは嬉しいではないのか? みや……みぃくん、嬉しいと楽しいの違いってなんだ?」

「うー。難しい質問だね。嬉しいは、例えばユキオと手をつないだという外からの出来事に対しておこるもので、一時的に湧き上がる感情だ。逆に、楽しいは、ユキオが企画に参加しているのを見ていてハルちゃんが自発的に感じ続けている感情だっていえばいいかなぁ」

「じゃあ、今は楽しい」

「そう。今は楽しい」

「ずっと、続くといい」

「そうだね。……、でも、そろそろ、次のミッションだな。俺の話にうまく合わせるか、黙っていろよ。今、お前はハルちゃんだからな」


 深山研究員がボクの耳元でボクだけに聞こえるように囁くと、顎で扉の方を差した。そこには、肥満気味の腹をさすりながら好々爺のような表情をした大河内教授が立っていた。


「これは深山君」


 大河内教授がにこやかな笑顔を振りまきながら、こちらに近づいてきた。ボク達のまわりにいた人たちがぱらぱらっと離れていく。


「何人もの研究員が、息を飲むような美しい女性を深山くんが連れていると聞いてね……。確かに、お美しい女性だ。深山君、紹介してくれるかね?」


 ねちっこい視線がボクの胸、腰、足にまとわりつく。ボクは変装しているのがばれたかと思って、深山研究員の後ろに隠れるように一歩下がった。


「こちらは、栗本ハルさん。ハルちゃん、こちらは大河内教授。この先端研究所の所長で、俺がとても世話になっている教授だ」


 ボクはどうしていいかわからず、軽く会釈をして視線をそらした。


「所長といっても、何の権力もないがね……。それで、二人の関係は?」

「はい。結婚を前提にお付き合いをしております」


 深山研究員がボクの手を握ってボクとの距離を縮めた。大河内教授はわずかに鼻をひくつかせる。


「ほほぉ。いつも研究室に籠っている深山君にお付き合いしている女性がいたとは初耳だ」

「はい。先週、やっと、プロポーズの答えをもらったばかりです」


 そう言って、深山研究員が少し下を向いて頭をかいた。


「これはめでたい。結婚式にはぜひ呼んでもらいたいものだ」

「その時はお知らせします。ぜひ、結婚式には出席してください」


 深山研究員がにこりと笑う。大河内教授は顔を崩して、ボクに笑いかけた。


「ハルさんといったかね。ハルさんはこの深山君のどこに惹かれたのかね?」

「あ……あの……」


 答えを知らないボクは言葉に詰まった。


「教授。こんなところで聞かないでくださいよ。恥ずかしいじゃありませんか」


 すかさず深山研究員が口をはさむ。


「まあ、そうだね。では、教授室でゆっくりと聞こうか」

「教授。今日は遠慮させてください。ハルちゃんの弟が研究所見学をすごく楽しみにしていて、まだまわっていないブースがいくつかあるので……」

「そうか。それは残念だ。まあ、少年の楽しみを奪うわけにはいくまい。ハルさんの弟君も今日の見学を機に、脳科学に興味をもって、未来の優秀な研究員としてここへきてくれるかもしれんしの。では、後日ということで、どうかな?」

「……あ、あの……」

「教授。ハルちゃんは一般人ですから、この研究所にははいれませんよ」


 深山研究員が顔をしかめた。それを大河内教授はにやりと笑って、少し肥満気味のお腹をぽんと軽くたたいた。


「そうじゃった。そうじゃった。ならばここに電話してくれれば、研究所にはいることが出来るようにしよう」


 そういって、大河内教授は自分の名刺を取り出した。


「教授、それは……」

「深山君、そう固いことをいうな。わしはな。ハルさんに君がいかに優秀な研究員か話をしたいのじゃ」

「そういうことでしたら、……、ハルちゃん……」


 深山研究員が目くばせをした。ボクは、「ありがとうございます」と言って、大河内教授から名刺をもらおうと手を伸ばした。


 大河内教授は粘っこく口角をあげてボクの手をぎゅっと握った。さっきユキや深山研究員とつないだ時とは違うぞわっとした感覚が襲う。深山研究員は視線を逸らせてみないふりをしていることをいいことに、大河内教授はボクを引き寄せた。


 「じゃ、会いにきておくれ。待っておるからの」






 踵を返して部屋を出ていこうとする大河内教授のもとに深山研究員が走り寄って、ごにょごにょとしゃべっている。大河内教授少し驚いた顔をして首をふっていたが、最後はうなずいて出て行った。


 



 


 




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