第15話 問⑤答え フタヒロ視点 『嬉しい』

「似合う! 似合うよ、すっごくすてきフタヒロくん!!」


 ユキが絶対に似合うと言いながらボクに着せた服。

 それは、ぴちっとしたレザーの短いタイトスカート、ライダースジャケット。脛の毛は綺麗に脱毛され、白いソックスをはかされた。髪にはウィッグなるものをつけられている。


「ねえ、ちょっと胸を寄せてポーズをとってくれる?」

「こ、こうか?」

「そうそう! あ、もうちょっと胸が必要か。なら、やっぱ、これ使うか……」


 そういって、ユキが取り出したのは、シリコンバストなるもの。


「これをつけてからシャツを着てみて!」

「あ、ああ……。でも、これどうつけるのだ?」


 ユキは、「今のシリコンバストって触り心地も本物みたいなのね。妬けるわ」と言いながら、手際よくボクのシャツを脱がせると、シリコンバストをつけた。ユキがボクの首に回してシリコンバストのひもを縛る。ユキの匂いがボクの鼻に届いた。もっと嗅いでいたくて、思わず、ユキに手をのばしそうになる。ボクはあわてて手を握りしめた。


「ねえ、もう一回ポーズをとってくれない?」

「こ、こうか?」

「そうそう! 今度は完璧ね。もともと関川くんってなで肩で中性的な体つきをしていたから、めっちゃ似合うじゃん!」


 鏡の前で、言われるがままにポーズをとってみるボク。


「これ着て、一緒に先端医療技術研究所の一般公開に、お出かけしようねっ!」

「ユキ、本当にこれでいいのか?」


 何度鏡を見ても、何度考えてみても、間違っているという答えがでる。でも、ユキがとても満面の笑みを浮かべているから、言い出せない。


「だって、今日は、私の好きなことに付き合うって約束したじゃない! 一度やってみたかったんだ。関川くんの女装!!」

「二尋はしないのか?」

「するはずないじゃん。馬鹿々々しいの一言で終わりよ」


  不意に、鏡に映ったボクの顔がちょっとほころんだ。


 ―― なぜ 顔がほころんだ?


  ボクが考えていると、ユキがカバンの中からポーチをいくつかだした。


「あとは、メイクね!」

「化粧をするのか?」

「その格好で化粧をしない方がおかしいわよ。私に任せて! ちゃんと可愛くするから安心して! さ、姿見の前に座って頂戴」


 ボクは首をかしげながら、ユキに言われるまま、椅子に座った。


「二尋に化粧したことはあるのか?」

「あるはずないじゃん。日焼け止めだって、リップだって嫌がるわよ。でも、どうしてそんなに関川くんのことを気にするの?」

「わからない」


 ボクが首をふると、ユキがボクの顎を抑えて自分の方にむけた。どくんとボクの心臓がはねる。


「ちょっと、動かないで! そして、目をつぶって!」


 ユキが器用に目元にアイラインを入れる。


「さっき、二尋は女装をしないと知って、ボクの顔がほころんだ。何故だ?」

「顔がほころんだのは嬉しかったのよ」

「嬉しかった?」

「そう。フタヒロくんの心が嬉しいって思ったのよ」

「心が?」

「そ。心が! ……、リップは私のだけどいい? ちょっと口を開けて頂戴。ちゃっちゃとしあげないと、深山くんとの待ち合わせに間に合わなくなっちゃう!」


 ボクはユキのなすがままに任せるしかなかった。





 先端医療技術研究所の正門はいつもとは違っていた。「一般公開日」という大きな看板が立てかけてある門には色とりどりの風船。が門をくぐる子どもたちにパンフレットを渡すライオンの着ぐるみ。軽快な音楽に場内アナウンス。青い空が一層青く見える。ボクとユキはそれらを眺めながら深山研究員を待っていた。 


 たまに、知っている顔が通り過ぎるが、ボクだと気がつかないのか、素通りしていく。たまに、ボクの顔をみて、全身を嘗めまわすようにみて、顔を赤くするものもいた。


「で、なんで、ユキが男子高校生の制服を着ているんだい?」

「そりゃ。私が女の子のままだったら、不公平だからよ」

「いつもより、背が高いような気がするけど、それは?」

「シークレットブーツっていう靴を履いたの。足が長く見えて、かっこいいでしょ? 」


 ほどなくして、深山研究員がやってきた。守衛室で訪問者用のIDカードを二枚受け取ると、それをひらひらさせながらこちらにむかってきた。


「ユキさんはリクエストを聞いてくれなかったのかい?」

「泣きボクロのあるアンニュイでセクシーな女性なんて無理よ。無理!! だいたい、あんなパンツが見えそうな短いスカート、はけるわけないじゃない! 胸だってつくなきゃだし……」

「でも、286フタヒロにははかせた」

「当然よ。こんな機会、のがしてなるものですか!」

「嫌がらなかったのかい? その、胸とか、脛毛そりとか」

「さぁ」


 深山研究員とユキが二人でこそこそと話をしている。なんだか心臓のあたりがもやもやする。ボクは、ぎゅっと深山研究員の腕を引っ張った。深山研究員の顔が目の前に迫る。僕は訳も分からず、おもいっきり顔をしかめてしまった。ごまかすように咳ばらいをすると、ショルダーバックに手をかけた。


「……、深山研究員、ボクはちゃんとIDカード持っているけど?」

「今日は、俺の恋人のハルちゃんということで申請しているからね。みんなに気づかれないようにしなきゃだから、こっちのIDカード使って! それから、俺のことはみぃくんって呼んでね」

「……みぃ……くん?」

「私は、ハルちゃんの弟のユキオ! だから、ハル姉さま!って呼ぶね!」


 ユキがボクの腕に手を絡ませた。やわらかい感触が腕に伝わる。ボクは自分の顔をほころんでいくのがわかった。


―― ああ……。これが嬉しいっていうことなんだ。



 



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