第13話  二尋視点『クラゲに心はあるのか?』

「なあ、関川。お前、ユキさんに会いたくないか?」


 深山がスーパーコンピューター那由他にアクセスして、那由他の中にいる僕に話しかけた。もちろん、深山は、片手間に手前のサブモニターを使って、『らぶらぶ恋のチューチュークエスチョン♡』というゲームをしている。僕はもう少しましなゲームを選べばいいと思うのだが、このくらいくだらないほうが他の研究員も馬鹿馬鹿しいと思って近づかないぜというのが深山の論だ。確かに、深山は少し大きめの音を出しているから、この研究室から外に漏れる音は、甘ったるい女性の甘えた声と音楽だ。おかげで、この部屋の風紀が悪くなっている。


「ナイ」

「本当に?」

「ナイ」

「嘘だな。脳波p300が表れている」

「ウルサイ」


 深山はちらりと脳波計をながめると、つまらなそうに、『ポリスのコスプレ』を選択する。画面の中のハルと呼ばれる女の子が、嬉しそうに『にあう?』と言って笑った。ぴちっとしたレザーの短いタイトスカート、ライダースジャケット。白い生脚がやけに色っぽい。画面いっぱいにハルの顔が映し出されて、『かわいすぎて心配だよ/似合っているよ』の選択画面がでる。深山はすかさず、『似合っているよ』を選択する。

 


「そういえば、来月の七日の日曜日は、研究所の一般公開日だと知っていたか?」

「学生ガ喋ッテイタ」

「測定値をとりに来る奴らか?」

「僕ガ見テイル トハ 知ラナイ。那由他 ニ 接続サレタ 実験サンプル ダカラナ。…… 昨日ハ 乳繰リ合ッテイタ」

「馬鹿だな」

「馬鹿ダ」

「……!」


 深山がにやりと笑った。


「少し脅すか。測定値を大河内教授のパソコンに送るために、アクセス権をもっているはずだ。録画しとけよ」

「了解シタ」


 画面が切り替わり、ハルとは違う一人の女性がこちらにむかってきた。

ゆるくウェーブのかかった長い髪が肩に無造作にかかっていて、かきあげ前髪スタイル。目の下の涙ぼくろが色気を増している。胸の谷間をやけに強調するような肩を露出したブラウスを着ている。


「お! アキちゃん!」


 椅子の背に体重を預けるように座っていた深山が少しだけ乗り出した。『ハルと食事に行く/アキと食事に行く/三人で食事に行く』の選択がでる。深山は『三人で食事に行く』を選択する。

 

「そういえば、286フタヒロが、クラゲには心があるのか?って聞いてきた」

「ハ?」

「ユキさんとゲートウェイにある水族館でクラゲを見てきたんだって」

「……ソウカ」


 ゲートウェイにある水族館。あそこには高さ五メートルの巨大な水槽に八千匹以上のミズクラゲが泳いでいる。ユキと初めて出かけたのは、付き合いだしてすぐだったような気がする。それから、何度も訪れた思い出の場所。あの時のユキの服装、あの時のユキの表情、言葉を思い出そうとして違和感を覚える。


 ―― 神経細胞を行き来する活動電位をサンプリングしているからか?

 ―― それとも外的刺激がないからか?

 ―― 計算や論理思考は精度をあげているのに何故だ?


「……やはりな。うまく思い出せないんだろ?」


 深山が別の画面に映し出されている僕の脳波を睨む。ゲームをしていた時とは違って眉が寄っている。片方の指をかみ、もう片方の指で小刻みに机をたたいている。深山が真剣に考えている時の癖だ。


「……」

「まだ、海馬の萎縮も見られない。まあ、……まだ、なんとかなるだろ」

「僕ハドウナル?」

「わからない」

「他ノ検体結果ハ?」

「……」

「自死シタノカ?」

「……お前は、仮想現実に完全に移植できた特例だ。他の検体は、会話さえままならない。このプロジェクトは失敗だ。それなのに、あのくそ野郎、保健省の奴らと……」


 深山がどんと机を叩いた。ぎりっという唇をかむ音さえ聞こえてきそうだった。


「深山……」

「すまない。関川。……、記憶を失わないためにも、今以上に記憶を呼び戻す作業をしてくれ。そうすれば、海馬の萎縮も抑えられるし、大脳皮質に沈んでいる神経伝達物質も動くはずだ……」

「……了解シタ」


 気まずい雰囲気の研究室の中をゲームの軽い効果音が、チャカチャカと軽薄な音をたてて流れる。

 「あーあ」と、重苦しい空気を払うように、深山が両手を頭の後ろにあてて、大きく伸びをした。


「なあ、関川。お前なら、シュークリームとミルクレープ、どっちを選ぶ?」

「ハァ?」


 ゲーム画面には、『シュークリームセットを選ぶ / ミルクレープセットを選ぶ』の二択が現れている。


「ハルちゃんはミルクレープ派、アキちゃんはシュークリーム派。どちらかを選ぶとどちらかの好感度が下がるんだよ」

「……」

「選べないよなぁ。俺としては三人でいちゃこらしたいわけだよ」


 深山が首を左右に倒しながら画面を眺めている。もちろん、片方の手は椅子の背にかけてだらしなくしている。とうとう、足をキーボード台に乗せてきた。


「馬鹿々々シイ。オ前 ノ セイデ コノ部屋 ノ 風紀 ガ 乱レテイル」

「えー。お前の前でいちゃこらしていた学生も俺のせいだっていうのか?」

「ソウダ」

「……、そんなことはあるかもな。ま、俺としては都合いいけどさ。それで、お前はクラゲに心はあると思うか?」

「ナイ」

「本当に?」

「ナイ」

「そこはぶれないな。脳波p300は現れない」


 僕の脳波計の方をちらりとみて、深山がつぶやく。


「ウルサイ」

286フタヒロはあるかもしれないと言っていたぞ」

「ハァ? ソレハ フタヒロ ノ 希望 ダ」

「まあな。希望だろうな。でも、面白いと思わないか? あいつ、心について考えるようになった。ここは、もう少し、負荷実験をしてみたいなぁ。お前、なにがいい?」

「……」

「日頃の鬱憤うっぷんをはらしたがほうがいいぞ?」

「身体的屈辱ヲ伴ウ選択」

「お! それな! 何がいいかなぁ」

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