第3話 フタヒロ視点『ユキの提案』
「……だから、ボクは関川フタヒロだし、キミの恋人だよ。いいかい?」
小刻みに震えているユキをそっと抱きしめる。ユキの目が一瞬大きく見開かれたけれど、抵抗する気力はないらしい。ボクはユキの態度を了承ととらえて、僅かに口角をあげた。ユキの長い髪に指を絡める。するっと髪がほどけていく。
ボクは指をユキの顎にあてて持ち上げると、ほんのりピンク色に艶めいた唇にボクの唇を重ねる。やわらかい感触がボクの唇に伝わる。
しかし、不意に、小さいけれどきっぱりとしたユキの言葉が耳に届く。
「……でも、違うわ」
その言葉に、ボクの軽い混乱を覚える。ボクは目をぱちぱちとまたたかせる。
「……、ボクのどこが間違っていたんだい?」
ボクが首を傾げていると、ユキがボクの上半身を手で押して離れると立ち上がった。片方の手で唇をぬぐうと、もう片方の手でスカートの裾をぱたぱたとはらう。
「姿は関川くんだけど、……、アナタは私の恋人じゃない……」
ユキはボクから視線をそらして呟いた。ぎゅっと握りしめている手がかすかに震えている。ボクはその手を握って、ユキの顔を覗き込む。ユキの黒い瞳は涙で潤み、ボクの顔がぼんやりと映る。
「ボクは関川フタヒロだよ。ボクは関川二尋のデータをもとに作られている。ボクの人工脳は、関川二尋と同じ精神回路網をしていると言っても過言ではない。ねえ、ユキ。人間は欠損部位がある場合、人工物を埋め込むだろう? 例えば、腕がない場合は、義手をつける。それと同じだよ。関川二尋の肉体には脳が欠損している。コンピュータに接続してしまっているからね。だからボクが関川二尋として存在しても間違っていないだろう?」
「そうね。そうかもしれないわ。確かに私を見る時のその顔の角度、声色、仕草、……関川くんそのものだわ。でも、……でも、だめなの……」
ユキは振り絞るような声をだして、うつむく。床にぽたりと涙が落ちる。
「ユキは、ボクの恋人であることをやめるのかい? その場合、情報の秘密保持のため、キミには死しかないけど?」
ポケットに入っていた、睡眠薬の薬液のアンプルが入っている小さな箱を取り出す。心臓がある部分がちりっと痛む。
―― なんの電気信号だろう?
ボクは原因不明の電気信号に首をひねりながら、胸に手をあて、小さな箱とユキを交互に見る。ユキはボクをみると、口角を僅かにあげて首を小さく振った。
―― 肯定と否定。
ボクはユキの行動の理由を考える。相反するユキの行動のようなものに対する学習はなかったから、答えが見つからない。
「そういうとこ、関川くんそっくりね……」
「?」
「……、ねえ、フタヒロくん。もう、関川くんはもどってこないの?」
「九十九パーセント無理だね」
「そう。…………、じゃあ、……、私と恋人ごっこをしない? ……、ほら、義手をつけた人が体になじむようリハビリをするじゃない? あんな感じで、私もアナタもリハビリが必要だわ。すぐに元の恋人生活にもどるのは難しいと思うの」
そう言うと、大きく息をはいて、ボクの顔を見る。確かに、義手をつけた場合、身体になじむまでリハビリが必要だ。恋人ごっこと言うものがどういうものかよくわからないが、ユキのリハビリという提案は理解ができる。ボクは了承するべく手にしていた小さな箱をポケットにしまう。
ユキのさっきまで揺れていた黒い瞳がしっかりとボクを捉えていた。
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