第2話 問①答え フタヒロ視点『ボクの正体』
「そりゃ、キミに決まっているだろう?」
ボクは、ユキの腕をとるとぎゅっと引き寄せて抱きしめた。ユキの長い髪から甘い香りがボクの鼻孔に届く。そして、髪をそっと撫ぜて、ユキの顎をそっと持ち上げ……。
「ぐほっ……」
ボクはいきなり襲ってきた腹部の痛みに耐えきれずしゃがみこんだ。
「貴方、誰?」
ユキが冷たい顔をしてボクを見下ろしている。右手にはスタンガンらしきものが握られていた。あれにやれらたのか。ボクは自分の迂闊さに苦笑いしながら立ち上がった。
「何を言ってんだ? ユキ……」
「気安くユキなんて呼ばないで。もう一度聞くわ。貴方、誰?」
ユキが睨みつけるような目をボクにむける。ゾクゾクっと背中に何かが走る。ボクはしゃがみこんだ時についたズボンの埃を払うと、ゆっくりと立ちあがった。ユキの好きなすこし困ったように眉をさげた笑顔を作ることを忘れずに。
( ふっふっふ )
ユキの戸惑いが手に取るようにわかる。ボクは、ユキに向かって両手をひろげて、一歩足を出す。
「どうしたんだい? ユキ。キミは恋人の顔も忘れたのかい?」
「来ないで」
当惑した顔を浮かべながらユキが手でボクを制する。
「もし、貴方が関川くんならば、『そんなナンセンスな質問に答えても意味がないね。まだ、人工知能は恋をするかと聞かれた方がマシだよ』って言うわ」
「確かに……」
「だから、貴方は関川くんじゃない。誰なの?」
ユキが眉間に皺を寄せて聞く。
( ボクを疑っている? )
ボクは内心驚きを隠せない。ボクはゆっくりと息を吸って、吐ききると胸に手をあてた。そして、幼い子どもをあやすようにゆっくりと口を開いた。
「ボクはボクだよ。関川フタヒロ。君が言う関川二尋は、意識を仮想現実に移植したんだよ。代わりに人工知能であるボクを関川二尋の肉体に移植した。ある意味、彼はキミよりも仕事をとったと言っていい。だけど、ボクはキミを選ぶよ。ここ数日、キミといて、心臓がどきどきすることばかりだったからね。今の君の髪の香りがボクの脳に刺激を送ってきたよ。これを人間は恋っていうんだろ?」
ユキは真っ青な顔をして、ぺたんとその場に座り込んでしまった。ボクの説明が分からなったのだろうか? 難しい理論や数式で説明してもユキにはわからないと思ったのだが、……、それにしても人間の直感というものは興味深い。ボクはますますユキのことが気に入った。
「……、ここ数日の違和感の原因はそこだったんだ……。意識がいれかわっているって……、そんな……」
ユキが小刻みに震えている。そうだろう。今回の入れ替えは、一般人には知られていない極秘プロジェクトなのだから。
―― 人間は仮想現実で生きていけるのか。
超々高齢化社会と呼ばれる現代。国家予算を閉める医療費も馬鹿にならない。そこで、政府は精神を仮想現実に移植することを考えた。関川二尋はそのプロジェクトに参加している大学院生だった。そして、自ら実験台になることを望んだ。
「ユキ、これは国家機密なんだ。もし、キミがボクのことを誰かに喋ったら、命の保証はできない。大好きなユキ、ボクはそんなことは望んでいないんだ」
ボクはユキの望む顔でにっこりと笑うと、ユキに右手を出した。ユキの手からスタンガンが離れてゴトリと床に落ちたのを確認すると、ボクは笑みを深くして、ユキを抱きしめた。
「……だから、ボクは関川フタヒロだし、キミの恋人だよ。いいかい?」
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