第53話 ポレットの聖女日記・29

 最近は書庫で幽霊に会うことがない。

 ポレットは書庫の中で呼びかけることはしないが、何処かにいるのではないかと首を巡らせる。


 エメリーヌは非常事態時であったが話をしたという。

 自分はいつ、何をしたら会えるのだろうかと不安になる。

 あの絵を見せてくれたのは幽霊だったはずだ。何か意味があったのではないか、自分はそれに応えられているか、浮かんでは消える答えのない問いが胸を締め付ける。


 レインニールの部屋で聞いたセラフィンの噴火。

 その書類をテーブルに広げ、ため息を吐く。

 当時の状況や被害の様子、犠牲者の数を見て、レインニールがわずかに見せた動揺に納得する。


 住人よりも兵士の数が多い。

 それでも特別犠牲者が多数になっているわけではない。

 噴火の状況から見てもあくまでも数字上のことだが人数が抑えられている印象がある。

 つまり、前もって危険が告げられ住人の避難が進んでいた証拠だ。


 最終確認か撤退作業中に亡くなった兵士もいるようである。

 聖域で過ごしたことのあるレインニールの知り合いがいたのかもしれない。

 現地に赴いたときに親しくなった者がいたのかもしれない。

 やり切れない思いを想像し、ポレットは俯く。


 これから同じようなことが自分の身にも起こるかもしれない。

 けれども聖女王になれば立ち止まることは許されない。よりよい世界へ導いていかなくてはいけない。


 その覚悟を、自分は持っているだろうか?

 自問しても答えはまだなかった。



 コルネイルは同席しているレインニールの様子を伺う。

 彼が見る限り、至って普通である。

 その隣に座るフロランは相変わらず、笑顔でかいがいしくレインニールの世話を焼いている。


 揃えたジュースとスープでかなりの水分量になるだろう。そこにサンドイッチなど胃に入れようものなら破裂しかねない。

 そっと心配そうにのぞき込むのだが、今のところ異状は見られない。


「なあに?コルネイルも欲しいの?」

 カフェテリアの一画、たまたまコルネイルとフロラン、レインニールは廊下で居合わせ、そのままやってきた。

 正直に言えば、フロランに流された。


「違う」

 人のものを欲しがるほど飢えてはいない。

 コルネイル自身、食にそこまで執着はない。

「レインニール、あんまり無理すんな」

「ご心配をおかけしているようで申し訳ございません」


 真面目に返され対応に困り、おう、などと意味の分からない言葉が漏れる。

 しかし、居心地の悪さは変わらない。


 カフェテリアに誘ったのはフロランだが、ほぼレインニールにかかりきりである。いや、コルネイルは相手をして欲しいなどみじんも思ってはいない。ただ、席を別にすべきだったと後悔しているのだ。


 ふとコルネイルは思い出してレインニールに問いかける。

「お前、聖女王候補と俺らの前じゃ性格が違うんじゃねぇか」

 突然の問いに、フロランが可愛らしく首を傾げる。

「当然じゃない?彼女たちとの付き合いも浅いし、親密になるより先にすることあるでしょ?」

「そうだけどな、最近、ポレットとエメリーヌの様子が…」

 上手く言葉に出来ず、口籠る。


 フロランも思い当たることがあるらしく、肩を落とす。

「レインニール、あの子たちと何かあったの?」

 心配そうに覗き込む。

 レインニールは平然と食事と続ける。

「特に大きな問題はありません。最終選考の最中ですので、彼女たちも目の前の事に必死になっているのでしょう」


 大きなため息を吐いたフロランは落ち込んだ表情を見せる。

「最近の二人の頑張りは凄いわ。感心してる。でも、私、自分が自惚れていたんだって思い知ったわ」

 今度はレインニールが首を傾げる。

「ポレットに言われたの。レインニールを眠らせないって。私だって言ったことないのに」


 ぎょっとした顔でコルネイルはフロランを見る。

 言葉の意味をどう捉えるべきか、判断するのが躊躇われて一人おろおろと視線をさ迷わせる。

「安心してください。彼女たちの期待に応えるために多少の犠牲は必要です」

「犠牲とか言わないでよ…」

 フロランが言葉を漏らす。


「確かに書庫に遅くまで残っているし、話をすれば質問攻めにあうし、付き合うほうも大変…」

 コルネイルは昨日も遅くまで候補たちと書庫にいた。

 それを思い出していると二人の視線を感じて口を閉じる。

「なんだよ」

「ううん。仲が良いようで良かったなって」


 意味ありげな表情のフロランから顔を逸らす。

「そんなんじゃねぇよ」

 気を紛らわせるかのように水を飲む。

 その向こうでフロランとレインニールがお互いに頷いた。

 慌てて水を飲み込み、やや大げさに咳払いをする。

 平常心が保てているか心配になるが、無理やり気にしないことにした。

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