寛政捕物夜話(第十三夜・三人妻ありて)

藤英二

三人妻ありて(その1)

謹厳実直を絵に描いたような安兵衛は、浅草寺裏で古着を商うお大尽だ。

もっとも、初めからお大尽だったわけではない。

甲州の在の水飲み百姓の三男に生まれ、日本橋の呉服屋に丁稚に入り、長年真面目に働いた末に手代に取り立てられた。

働きぶりを見込んだ、呉服屋の仕入れ先の反物屋が出資してくれ、浅草寺裏に間口半間の古着屋の店を持つことができた。

身を粉にして働きづめに働き、ケチに徹して暮らし、古着だけでなく新作の着物も扱うようになり、いつしか使用人も大勢使い、間口も二間の繁盛店となった。

そんな安兵衛が四十を過ぎて独り身なのを案じた反物屋の親爺が、じぶんの店で働く年増の女中を嫁にと紹介した。

この貞という嫁も地味で、くるくるとよく働くので、稼ぎはさらに上がった。

お貞は、姪っ子を郷里の上州から呼び寄せて女中に使っていたが、堅物の安兵衛、どこでどう魔が差したのか、この若い女中に手をつけてしまった。

ふつうは、ここで騒動となるのだが、お貞も気のいい女で、姪っ子のお静を妾にしてはどうかと安兵衛に知恵をつけた。

安兵衛は、ここでも謹厳実直ぶりをいかんなく発揮して、

「妾はよくない」

と言い出し、お貞とお静のふたりを正妻とした。

聖天稲荷近くに同じ大きさの家作を二軒借りて、それぞれに妻を住まわせ、安兵衛は一日おきにそれぞれの家へ帰るなど、二人の妻を全く同等に扱った。

お貞とお静の仲もよく、まわりの口さがない連中の立てる噂もどこ吹く風、安兵衛は幸せだった。


二人妻にかしずかれて十年ほど経った安兵衛の身の回りに、やがて波風が立ちはじめた。

・・・安兵衛は、久々に反物屋の親爺の源五郎を、巣鴨の別宅にたずねた。

正妻を失くしたのを機に、源五郎は倅の源八に商売をゆずって隠居し、若い妾のお好と暮らしていた。

「いやあ、ご隠居、お好さんといつも仲がよさそうで」

お好がお使いに出たスキに、安兵衛がたずねた。

「お前さんのほうこそ、二人妻で幸せじゃねえのか」

うなずいた安兵衛だが、声をひそめて、

「ご隠居、夜のお勤めもばっちりで?」

などと、らしくもないことをたずねる。

「お好は、何せ若い盛りなんでね。おや、そんな話を・・・、お堅いお前さんらしくもないね」

ニヤリと笑った源五郎は、逆に探りを入れる。

「どうにもうまく行かなくて・・・」

「二人の妻の間がかい。それとも、二人妻との間でかい?」

「いえ、二人ともよく尽くしてくれています。ただ、夜のほうが・・・」

「年増のお貞なら分かるが、若い方のお静ともかい?」

「へえ。どうにもシャキッとしなくなって」

「ふ~ん。シャキッとねえ。まだそんな年でもねえだろう」

「それで、ご隠居にうまいやり方でもご教授いただこう、と思い立った次第で」

源五郎は、ニヤつきながら聞いているが、安五郎のほうがえらく真剣なのが、どうにもおかしい。

「若い別嬪の妾でも囲ったらどうだい?それだけの財力もあるだろうに」

「そいつはいけねえ。お貞とお静にすまねえ」

「二人も妻がいるのに、今さら『すまねえ』もねえもんだ。・・・手っ取り早いのは、媚薬だね。ここだけの話、実は俺もこいつの世話になっている」

源五郎は、声をひそめた。

「ああ、あれですね。ですが、あれは服用しすぎると腹上死するという噂だし、それにバカ高くって手が出ねえ」

『こいつ、俺からタダの特効薬を聞き出そうとやって来たのか』

源五郎は、安兵衛のしまり屋ぶりに呆れかえった。

が、あることを思いついた源五郎は、安兵衛に秘策を授けてやった。

この秘策とやらで、後に地獄の三丁目に突き落とされることになるとは、安兵衛には思いもよらぬことだった。

・・・いつだって、後悔は先には立たない。

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