秘密の騎士と、真実

「皆、静まれ!」


ガヤガヤとざわめくホールに一際大きなヘイリーの声が響くと、辺りは一気に静まり返った。

舞台の周りに半円になって遠巻きに見る生徒達をゆっくりと見回すと、最後にその中央に立っているアレクシアへと厳しい視線を向ける。


「アレクシア・ルステンバーグ!

証拠も証人も揃っている以上、身に覚えがございませんでは済まされんぞ!

潔く自らの罪を認め、そしてルイーズぬ謝罪をしろ!

そうすればお前を国外追放するだけに留めてやる!」


その言葉にそれまで黙って聞いていたアレクシアが、プッと吹き出した。

最初はクックッと肩を震わせていただけだったが、次第に高笑いへと変わって行く。

その異様な光景に、周りの生徒だけでなく舞台上のヘイリー、涙を流していたはずのルイーズまで驚愕していた。


「なっ、何がおかしいのだ!」


「おほほほほほほ、申し訳ございません。

ただ……ね?」


手に持った扇子でパタパタと仰ぎながら目尻の涙を拭い小馬鹿にするような視線を送るアレクシアに、ヘイリーの頬にカッと血が昇った。


「きっ貴様ァ!

素直に謝罪するなら国外追放で済ませてやろうと思ったが、このように人を馬鹿にして!」


「まぁまぁ、落ち着いて下さいまし。

今順を追ってご説明いたしますわ。」


憤慨するヘイリーに向かってアレクシアが笑いながら扇子をパタパタと仰ぐと、ンンッ!と喉を鳴らした。


「まずはルイーズさん、あなたにお聞きしますわね。」


「な、なんですかっ!」


「あなた先程わたくしに、言葉は違うかも知れませんが、『陰で悪口を言われている』『お茶会に呼ばれなかった』とおっしゃっていましたが、間違いはなくて?」


にっこりと微笑むアレクシアに、ルイーズがたじろぎながらも返事をした。


「そ、そうです!

アレクシア様が取り巻きの人達に私のことを悪く言っていましたよね!

しかも私のお父様のことまで!

それにお茶会だって、他の子爵家や男爵家の人達は呼んでいるのに、私だけ呼ばなかったじゃないですか!」


その言葉にアレクシアは静かに頷いた。


「そうね、確かにわたくしは#わたくしの周りのお友達__・__#にあなたを悪く言ったことがあります。

あ、取り巻きだなんて下品な呼び方はお辞めになってね?」


「ほら!」


「でもそれは当たり前ではなくて?」


「えっ、な、なんでよ!」


「だってわたくしはヘイリー殿下の婚約者ですのよ?

その婚約者であるわたくしの目の前でわざわざ殿下の腕に腕を絡めて寄り添ったり、時には抱き着いたりしていましたわよね?

それをわたくしは何度も辞めていただくようにお願いしていたはずです。

ルイーズさんのご実家にいらっしゃる子爵様にも不躾ながら直接お手紙を差し上げて、あなたをご注意下さるようにお願いしたこともありますのよ?

それを親子共々無視しておいて、非常識な親子だと言うことは悪口なのかしら?」


アレクシアの言葉に辺りがざわつく。


貴族社会において、ダンスやエスコートなどの必要な場合を除き、婚約者でもない男女が腕を組むなどあってはならないことだ。

ましてや抱き着くなど以ての外。

そのような非常識な行動を窘められても改善しない人間が如何様に言われようが、それは悪口にはならない。


「それにお茶会ですけど、何故わたくしがあなたをお呼びしなくてはならないの?

わたくしの実家である公爵家とあなたのご実家の子爵家でお付き合いがあるならまだしも、全くありませんわよね。

わたくしとあなたはただ学園でたまに擦れ違う程度の間柄ではなくて?

知人ですらない人をどうしてわたくしがお茶会にご招待するの?

確かに他の子爵家や男爵家のご令嬢をお招きしたことはありますけど、そのご令嬢達はわたくしが委員会で親しくなった方々です。

お友達同士なのだからご招待することがあるのは当たり前じゃない。

しかもあなたは先程にも申し上げた通り、人の婚約者にまとわりついているような非常識な方なのよ?

とてもじゃないけど、わたくしのお茶会にお呼びするなんて恥ずかしくて無理だわ。」


クスリと笑ったアレクシアに、周りからもクスクスと静かな嘲笑が起こる。

ルイーズの顔がカッと赤くなった。


「な、何だその物言いは!

ルイーズに失礼だろうが!」


「あら、全て事実じゃございませんか。

殿下が節制もせずにルイーズさんをご寵愛なさった結果と、その寵愛を振りかざして自分勝手に振舞った結果がこれなのだから、わたくしに言われても存じ上げませんことよ。」


アレクシアの言葉に彼女の取り巻きもといお友達はうんうんと頷いていた。


「で、本題に入りますわね。」


ぱんっと手を打ったアレクシアの言葉に、緩みかけていた空気が一気に引き締まる。

それを確認したアレクシアは、壇上を扇子で差した。


「そこのあなた。

キャスリーンさんとおっしゃったかしら?」


「はっ、はい!」


「あなたに二・三確認したいことがございますので、前に出てきてくださる?」


キャスリーンの肩がビクリと跳ね上がり、一気に衆目が集まった。

名指しされた以上逃げられないキャスリーンは、おずおずと舞台の中央、ルイーズの隣辺りまで歩み出た。


「まずは破かれたノートについて。

あなたがわたくしを目撃したのは、初めてのダンスの練習日だったとおっしゃっていましたが、それに間違いはなくって?」


「は、はい。」


その言葉ににんまりと笑ったアレクシアは、パンパンと手を叩く。

するとどこからともなく現れた侍女が、サッと分厚い紙の束を差し出した。


「お、おい。それはなんなんだ?」


怪訝な顔で紙の束を指差すヘイリーに、アレクシアはにっこりと微笑み返した。


「こちらはわたくしの護衛の記録にございます。」


「は?お、お前に護衛なんか……」


「ついていたんですよ、密かにですけどね。

ご存知の通り、わたくしは公爵令嬢であり、我が国の第一王子の婚約者でもあります。

その身を狙われることは数多あり、されど一貴族の令嬢でしかないわたくしに、殿下のように堂々と護衛を付けるのは不可能。

学園の規定でも生徒が連れて良いのは寮で身の回りの世話をする侍女もしくは侍従一人となっておりますし、学園内に専属の警護兵がいる以上、大っぴらに護衛は連れ込めません。

建前とはいえ全ての生徒は平等と謳っている手前、特別扱いはできないのです。」


「それなら……」


「だから、秘密裏に付けられるのですよ、護衛がね。

あ、別にわたくしだけが特別扱いされているわけではありませんよ?

皇族の婚約者が王立学園に通う間は、本人の学園生活を阻害しないようにしつつ安全を確保するため、秘密裏に護衛を付けるのが慣例なのです。」


言いながらぺらぺらと紙の束を捲るアレクシアは、ある一箇所で手を止めた。


「これですわね。

と、その前に少し補足させていただきます。

まずこのわたくしに秘密裏に付けられた護衛は、公爵家の護衛ではございません。

わたくしが学園に入学する際にヘイリー殿下のお父上である、現国王陛下がお付けになった護衛です。

そしてその護衛はわたくしの全ての行動を記録して陛下に御報告しております。

ここに宰相であらせられるセドリック様のお父上と、国王陛下であらせられるヘイリー殿下のお父上のサインがございます。

お二人にはご確認いただいてもよろしくて?」


壇上に歩み寄ったアレクシアが舞台上から屈んで見下ろすヘイリーとセドリックにサインの箇所を確認させると、二人はしっかりと頷いた。


「確認は取れましたわね。

では本題に入りましょう。

三学期に入ってから始まったダンスの練習日、三年生であるルイーズさんとキャスリーンさん達の初めての練習日は一月十七日の三時間目と記憶しておりますが、間違いはございませんでしょうか?」


アレクシアの問いかけに、壁際に並んでいた教師の一人が手を上げて前に出た。


「わたくしはダンス講師のフィリッツと申します。

第三学年の初めてのダンスの練習日はその日のその時間で間違いありません。

学校に提出しているホールの使用記録等もありますので、ご心配でしたら後程記録をお見せいたします。」


「ありがとうございます。

殿下も、よろしいですね?」


「あ、ああ……」


「ではその日のわたくしの一日の記録を読み上げます。

午前八時二十六分に登校後、クラスのホームルームに参加し、そのまま一限目を受講。

そして二限目は移動教室で、東棟にある化学室で実験の授業を行いました。

問題はこの後です。

その日は授業の後片付けの最中、十時四十五分頃に薬品により致傷事故が起こり、日直であったわたくしは怪我をした女子生徒に付き合い、中央棟一階にある保健室に向かいました。

その後保健室での治療に付き合い、私とその女子生徒は三限目始まってから十分後に教室に到着いたしました。」


アレクシアの言葉に気付いた生徒達がざわめき始める。


「ルイーズさんのノートが破られた現場をキャスリーンさんが目撃した時間、三限目のダンスの授業が始まる直前の休み時間にわたくしは保健室におりましたので、ルイーズさんのノートを破くことは不可能です!」


その言葉に辺りがどよめき立った。

壇上のキャスリーンは顔を真っ青にし、口元に手を当てながらあわあわと震えていた。


「あ……あの……私…………っ!」


「キャスリーン!どういうことだ!?」


詰め寄るヘイリーにキャスリーンが後ずさるが、ドンッとニコラスにぶつかる。

真顔で見下ろすニコラスに、キャスリーンの口から小さく悲鳴が漏れた。


「待ってください、ヘイリー様!

そもそもあれが本当の記録かどうかわからないのではないですか!?」


絶対的な窮地に立たされたキャスリーンを庇うように割って入ったのはルイーズだ。


「だ、だが確かにサインは宰相や父上のものだったぞ?」


「それですよ!

私達はサインが宰相様や国王陛下の物だから、あの記録も全て真実だと信じてしまいましたよね?

でもそもそもの記録が偽物だったら?

いくら国王陛下が遣わされた護衛とはいえ、それをアレクシア様が買収している可能性もあります!

だって護衛がついていることをアレクシア様は知っていて、それが国王陛下達に報告させることも知ってるんですよね!?

だったらバカ正直に自分の悪巧みを報告させるわけないじゃない!

公爵家の権威を笠に着て護衛を脅したか、お金で買収したに決まってるわ!」


どうだ!とばかりに腰に手を当てアレクシアを指差すルイーズに、アレクシアは鋭い目で睨み付けた。


「畏れ多くも我らが敬愛すべき国王陛下が直々にお選びになった護衛達が、主人の命令を無視して我が公爵家に#阿__おもね__#ったと?

それはなんともまぁ、酷い侮辱ですわね。

彼らは、陛下がお選びになった勇敢なる騎士達は、如何なる権力にも、如何なる誘惑にも屈することはありません。

ただひたすらに主への忠誠を旨に、命を賭して任務を全うするのです。

そんな彼らを侮辱するなど……恥を知りなさい!」


それまでとは打って変わって表情を変えたアレクシアに、ルイーズはおろか、ヘイリーまで顔を青くした。


「でででででもこの報告が正しいかなんてっ、保証はないじゃない!」


「まだ言うか!」


「ヒッやァァァァ!」


尻込みしながらも食いつくルイーズに、アレクシアは般若のように怒りを顕にした。

その恐怖に慄いたルイーズが尻餅を着いた時だった。


「そ、その報告を裏付けする証拠をお持ちしました!」


バンッと開け放たれた後ろの大扉から一人の中年女性が息を切らせて入ってくる。

学園の養護教諭を勤める、アリソンだ。


「こ、ここに一月の治療記録があります!」


アリソンの言葉にニコラスがサッと壇上から飛び降りると、軽い足取りで彼女の元へと向かう。

保健室まで猛ダッシュをしてきたお陰で息が上がってしまったアリソンからそれを受け取ると、再び舞台の前まで戻る。

と、横から現れた事務長のヘイワーズがニコラスの方に手を差し出した。


「そちらには個人のプライベートなことも記載されている。

流石に生徒である君達が閲覧するのは憚られるから、該当日の確認は私がしよう。」


ニコラスがヘイワーズに治療記録を手渡すと、彼は首からぶら下げていた眼鏡をかけ、ぺらぺらと捲って該当箇所を探し出した。


「確かに、アレクシア君の言う通りだ。

一月十七日の二限目に化学の授業で怪我をした四年生の女子生徒が治療を受けに来ているな。

付き添い人も……うん、アレクシア・ルステンバーグとなっている。

ジュリエッタ・ストーンズ君はいるかね?」


「は、はい。わたくしはここにおります。」


ヘイワーズの言葉に一人の生徒が人並みを抜けて前に出てくる。

美しいプラチナブロンドをハーフアップにした可愛らしい女性に、衆目が集まった。


「記録によれば、治療を受けたのは君となっているが、間違いないかね?」


「は、はい。間違いございません。

アレクシアさん、先程は名乗り出なくてごめんなさいね。

あの時助けていただいたのに、わたくしったら怖気付いてしまって……」


「大丈夫ですわ。このような場に出るのはなかなか度胸がいりますもの。」


申し訳なさそうに眉尻を下げるジュリエッタに、アレクシアが優しく微笑んだ。

そうしてヘイリーに向き直ると、


「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。

伯爵家のジュリエッタ・ストーンズと申します。

殿下におかれましては、どうか発言することをお許しください。」


と言ってカーテシーをしてみせた。

その美しい姿に、思わずヘイリーが頬を染める。


「ゆ、許す。」


「ありがとう存じます。

わたくしはその日、化学の授業の片付けの最中に謝って薬品の瓶を落としてしまい、飛び散った薬品でふくらはぎを火傷してしまいました。

幸いにも火傷自体は大したこと無かったのですが、驚いたわたくしは慌てて転んで足を捻ってしまいました。

それでその日の当番だったアレクシア様が、保健室まで付き添って下さいました。

本来なら保健室に着いた時点で付き添いは教室に戻るのですが、足を怪我していては教室に帰るのが大変だろうとアレクシア様が残ってくださったのです。

化学室から教室に戻るまでの時間、アレクシア様はずっとわたくしの傍にいて心配してくださいました。

その時間、一度たりともわたくしの前からいなくなった時間はございません。」


「なるほど、やはりアレクシア君がその時間にルイーズ君のノートを破くのは物理的に無理なようですな。

となると、キャスリーン君の発言は偽証であったことになるが……」


ヘイワーズが白髪混じりの顎髭を撫でると、ジュリエッタは一礼して後ろに下がった。

再び視線はキャスリーンへと集まる。

もう青を通り越して白くなった顔色のキャスリーンは、座り込んでガタガタと震えていた。


「キャスリーンさん、何か仰りたいことがあるんじゃなくて?

……と、言いたいところですが、この状況で晒し上げにするのは可哀想ね。

ヘイワーズ事務長、彼女をお任せしてもよろしいかしら?」


「よろしい、私が責任を持って彼女から話を聞きましょう。」


この場で問い質しても良かったのだが、これ以上吊るし上げても良いことはない。

キャスリーンについてはヘイワーズに任せることにした。


先程保健室まで全力疾走してくれたアリソンが舞台上に上がり、座り込んでしまったキャスリーンを支えながら立たせる。

ボロボロと涙を零して泣きじゃくるキャスリーンを見送ったアレクシアは、くるりとルイーズに向き直った。

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