第6話
あたしは江崎省吾にのぼせている。ニヒルでそっけない外見も、たぐいまれな才能も、全部ひっくるめて、もはや心を鷲づかみにされているみたい。
でも彼は、あたしのことどう思っているんだろう・・
「だから、思い切ってはっきり聞いちゃえばいいのよ」
「え~そんなこと、できない。どうせ振られるにきまってるもん」
「言ってみなきゃ、わからないじゃない。タロットでこんど恋占いしてあげようか、わたし霊感あるから当たるよ」
かれんさんの特技はタロット占いで、的中率の高いエピソードを幾つも聞いていた。
「常人じゃないよね、かれんさんは。特殊な才能があるよ、でも怖いから次にする」
そういう会話を何度繰り返したことか。かれんさんに介抱してもらった日以来、仲良くなり互いにいい隣人になっていた。
そのぶんマリとは疎遠になっていた。以心伝心、互いに感じとるものがあるのだろう。
おそらく江崎への共通の恋心を。
あたしは恋の病に冒され続けていた。希望とあきらめに交互に襲われ、かれんさんの部屋に駆け込むこともしばしばだ。今日もそうだけれど、かれんさんはいつも笑顔で、あたしを歓迎してくれた。
「九月の学園祭やっぱり行けば良かった。でっかい神輿みたいなオブジェもあって盛況だったみたい、エザキハーレムとツゲハーレムの女子も着物きて出店やったんだって」
「へええ、噂のイケメンたちもいたの?」
「美術部も作品の展示するから、絶対来てたよ。あたしも会いたかった」
「一度でいいからご尊顔拝ませていただきたいわあ」
かれんさんは大きなため息をついた。炬燵で真向いに座っている、あたしの顔にまで息がかかった。
「来年一緒に行く?」冗談ではなかった。
「・・私と?」
「そう、かれんさんと」
かれんさんは少し考えてから答えた。
「やっぱり遠慮しとくわ、あんたに迷惑かけても悪いからさ。しょせん私は日陰に咲く徒花、裏街道で生きてく定め」
演歌の歌詞のような臭いセリフ。
「それよりさ、春お花見に行かない?上野公園でおかま、おなべ、ニューハーフが勢ぞろいして飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ」
「うわあ、行きた~い」
「じゃあ約束、場所取りも手伝ってね」
「ラジャー!」この件は成立。
「そうだ、もうすぐクリスマスじゃない」
番茶をすすり、揚げ餅をかじりながら、彼女は出し抜けに大声で叫んだ。
「告白するチャンスよ、ビッグチャンス!」
「でも・・二人きりじゃないし・・」
あたしは、むせそうになりながら答えた。
「ああ、あのツゲなんとかいうイケメン、彼がお邪魔虫なのね」
「柘植尚人!」
「そう、そう、そう。ツゲナオト君。やっぱり一度会いたいわあ。すごく美しいんでしょう?」
かれんさんは夢見るように遠い目をした。化粧をしていない素顔は、老けた童女のようだ・・
「学祭に来たら、たぶん会えるよ」
「ううん、やっぱり遠慮しとくわ。ステディな方々とお天道様の下では会いたくないわ」
あたしの誘いを彼女は執拗に固辞する。もしかしたらトラウマでもあるのかも。
「あんたはいいわよ、正真正銘の女なんだから。私よりずっと有利、というか条件いいんだから」
愚痴りながらまた大きなため息をつき、煙草に火をつける。それから、ふうと口をすぼめて、紫煙をくゆらす。かすかに揺れている鼻毛が気になる。太い指にメンソールの極細煙草はアンバランスだと、いつも思うのだけれど。
「もしかして、かれんさんも好きな人いたりして」
あたしは、おどけて言った。
「もちろん、いますよ。店のバーテンなんだけどね、これがまたいい男なんだわ」
「ふうん」初耳だった。
「一度店においでよ、楽しいよお。あ、その時はぜひ同伴でお願いします」
かれんさんは片目をつむって笑う。ソファの脇のバカでかい熊のぬいぐるみと、そっくりな顔だ。
「クリスマスか・・」
「それっていいかも」
「でしょう?」彼女は得意げに鼻を鳴らし、それから、急にしんみりとして言った。
「私も告白しちゃおうかなあ」
「しよう、しょう」ついノリでけしかける。
「よししよう、女は度胸だ」二人でガッツポーズをする。
あたしたちは、その日、クリスマスに告白することを誓った。
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