第4話

 作品制作、レポート課題といった前期試験が終わり、大学は休みに入った。唯一仲のいい友人のマリも早々帰省してしまい、暑さにまみれた静寂さが取り残された。マリは絵画科のクラスメイトであたしと同様、流行やブランド品に興味がない。彼女にだけは江崎や柘植の話を断片的にしていた。

 話し相手が急にいなくなってしまい、ひとりぼっちになった気分になる。九月はじめの学園祭に参加したかったが、あたしも実家に帰ることにした。両親の帰ってこいコールには逆らえなかった。

 実家に帰るや、家族に挨拶をしたきり古い一戸建ての自分の部屋に引きこもった。気が向いたら、一日中ビデオを観たり本を読んだり江崎や柘植のスケッチを描いたりした。家の手伝いもろくにせず好き勝手している娘に両親はとりたてて文句も言わない。一つ歳下の妹は受験の課外授業があり日中は殆ど留守で、夜も夕食をすますと早々に自室に閉じこもってしまう。

 ダラダラとお気楽な一か月を過ごし、夏は終盤に入った。蝉が鳴く最期の声を二階の自分のベッドの上で聞きながら、窓から見える空の色に秋の気配を感じていた。


 江崎に無性に会いたい!


 アトリエでポーズをとる際に触れてくる彼の熱い指先。あたしに無言で近づくと、いきなり右手をつかまれ乳房に押し付けられるシーンを毎夜のように夢想した。

 九月末、東京に戻る日がやってきた。両親は体に気をつけて一生懸命勉学に励みなさいと口をすっぱくして娘に説く。妹は妹で妙なことを口走った。

「志望校は英会話部の先輩がJ大に行ったから、そこに入りたいの。とっても素敵な先輩でね・・優しくって賢くて」

「そんな意中のヒトがいたんだね、実はあたしも憧れの彼がいて、彼の絵のモデルをしているんだ」

「へえ、すごい。チャンスじゃない、イケメンなの?」

「もちろん、百パーセントあたし好み。それより、あんたの彼氏はカッコいいの?」

 しばし間があり、妹は答える。

「とってもよ。ハンサムウーマンっていうのかな」

あたしは、相手はてっきり男性だとばかり思い込んでいたから予想外だった。宝塚スターに憧れるファンの心理に似ているのかもしれない。妹の合格を陰ながら祈り、両親の期待に逆らわず、ともかく家族との交流は無事にすんだ。

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