27.「信じてください」


「何を言ってるんだ……?今はそんなことやってる場合じゃないだろ?」

「会ったばかりで言葉で信じろと言っても仕方が無い。だが、信じてくれないとここから出られないだろう?」

「だから、ラルはここに置いて行けば……」

「誰も望んでいない。だから来てくれ。俺を信じさせてみせる」


剣を向けたまま、アルフはゆっくりと語る。ナタリアナは無言で女性とともに部屋の隅……のうち、糞尿の無いところに寄っていく。


「あなた何を……」

「良いから。大丈夫です。私からもお願いします。信じてください。信じさせるためのチャンスを私達にください」


外の敵を一掃してなお全員を守れるような、そんな力を示せば良い。ここまで来たのだ、罠やそれに類するものは解っているだろうし、道に迷うこともない。それさえ何とかすれば後は武力で押すことができる。

話しても無駄だと悟ったのか、それとも話を理解したのか、バズは仲間の死体を少し避け、床から剣を拾い、抜いて構えた。お互い刃のある剣を交えても、何も起きないだろう、とナタリアナには感じている。もちろん、もしかしたら、恐らく我流であろう冒険者と素人のぶつかり合いで何が起きるかは解らない。だが、何か確信めいた嫌な信頼というものがナタリアナにはある。アルフの勝ちだ。何が起こることもなく。


「あなたはどの程度まで回復できますか?」

「え……あんまり深い傷は難しくて……」

「そうですか……お二人とも、くれぐれも怪我だけは無いようにお願いしますね」

「……本気か?」

「本気だ」


何とも無さそうに話すアルフに、バズは構えたまま動かない。それを見て、アルフの方から一歩踏み出す。


「……そうか」


その一言とともに、バズが一度俯いた。顔を上げ、大きく踏み込む。


「はッッッ!!!!」


短い呼気とともに、バズが剣を振り降ろす。難なく弾かれるがすぐに持ち直しさらに一撃、短い彼の剣が細かく方向を変え何度も襲い来る。その全てを確実に受け止めながら、アルフの表情は変わっていない。

部屋に何度も金属音が鳴る。攻撃は全てバズから為されていた。一つ一つ腕を振り、力を込めて薙ぎ、思い切り振り降ろす。どれもアルフに届かない。ナタリアナからすればどちらのそれも、彼女を一刀のもとに叩き斬り伏せるものだが、いかんせん身体能力が違いすぎる。同じ片手でも得物の長さが違う。ほとんど体を動かさず右腕一本で防ぐ彼は、バズがどれだけ打ち込んでも足を開かせることすらできない。棒立ちのまま受け止めるだけで、振り切る剣よりも固く止まる。


「ぐっ、く!」


数合の後攻め手が止み、一息をついて剣が振り降ろされた。大上段から弾みをつけて斬り降ろしたそれも、やはりアルフが適当に差し出したとしか思えない防御の前に止まる。両手で持ち体を押し付け体重をかけても、片手の彼が押し切れない。ナタリアナの隣で女性が目を見開いた。


「ぐ、お、おおおっっっ……!!!」


鍔迫り合いの様相だがそうではない。アルフはただそこに剣を置いているだけ。気合を込めたところで力の差が覆ることは無く、そのままバズの剣ばかりが震えて終わる。ギリギリと引っ搔くような音が響き、剣先を滑るように振り切れた。流石のアルフも剣先が下がり、前に出していた右腕が伸びる。彼は緩慢で構え直さない。だが、バズは地面に剣がつく前に体を回し、裏から遠心力に任せて横に薙いでいた。


「っらアァっ!」

「……っ」


小さな呻きは驚きではなく、バズの速さや流れるような追撃に感心したものか。だが、そうまでしても届かない。高い激突音が鳴る。右手を振り切ったその右から迫る刃にも、アルフの反応は間に合った。地に剣先を突き刺すように置いて受け止める。変に捻られた手首に力が入っているとは思えないが、それでも人間一人の開店を完全に食い止めている。


馬鹿な、と小さくバズが呟いた。逆回転に戻り少し飛び退くと、再び息をつく。数回の深呼吸の後、また剣を構えて姿勢を低くとった。腰だめに持ったそれは、つい数合前とはまた違う。


「……すまない。馬鹿にしていた」

「いや。当然の判断だ。それに、俺だって学ぶことはある」

「後一度だけやらせてくれ……今度は本気で行く」

「よろしく頼む」

「……『ビルドアップ』」


バズが唱えたのは魔法の一つ。身体能力強化の魔法のうち、もっともバランスが良く、精神力消費との釣り合いも良い基礎かつ実用的な魔法だった。魔法を学ぶより鍛えた方が早い剣士としてもなお学ぶ価値のある魔法を、当然彼も使ってくる。一方で、アルフはそれを使う様子は無い。舐めているのか。ともすれば怒りをぶつけられてもおかしくはないが、バズはその様子を見て何も言わなかった。


「…………ふーっ…………」


大きく息を吐いて、そこから、ナタリアナには彼らが何をやっているかが見えなくなった。

これまでのやり取りだって彼女からすれば雲の上の勝負だった。明らかに重い鉄の剣を振り回し、ぶつかっても体勢を崩すことなくやり直すだけの力と技術があった。だが、新たに始まったそれはまた違う。やっていることは同じなのだろう。だが、どこから太刀筋が迫り、どう防いでいるのか、どう体勢を入れ替え捻り攻撃を繰り出しているのか脳の処理が追い付かない。認識より先に二度、サンドと剣戟が先を行く。ただ鳴り響く金属音に怯み、唯一理解が追い付くのは相棒の姿のみ。

棒立ちのままではない。一歩浅く足を広げて、右腕だけがバズの領域に踏み込んでいる。不気味に変わらない表情が、とてつもなく冷静に前だけを見ている。彼には見えているのだ。一瞬だけ溜めなければならない生物としての宿命と、そこから繰り出される閃きを目で追っている。


「ぐっ……」


上から斬りつけ弾かれた、そんな格好でバズが理解に戻ってくる。お互い間違いなく必殺の距離にいながらも、一滴の血も一筋の傷も無い。アルフは攻撃を一切していないから、そのアルフに傷が無いということは、つまり。もう解ってもらえたか、なんて止める前に、噛み締めるような雄たけびともに再び上から斬りつけた。やはり防がれ、また最初のように鍔迫り合いになりつつも同じように流れる。


「んっ?」


そこから、バズはさっきまでの動きをなぞるように回転し、アルフの隙を狙う。そこに隙は無いと解っていて、彼の攻撃は明らかにそこを狙っている。それを知ってか、アルフは先ほどよりも速く、今度こそ文字通り置くように防御の剣を配置している。受け止められ、流れることもなく終わる、その流れを踏襲する前に。


「ッッッルアアッ!!!」


片手に持った剣が、回転より少し遅れている。代わりに回転の勢いを引き継いでアルフに向けられたのは、脛当てを纏ったバズの長い脚だった。回し蹴りがアルフの腹に吸い込まれていく。ズンと深い音がして、ノーガードに攻撃が入った。


「……俺の負けか」

「はっ……馬鹿……言うんじゃねえ……」


しかし、アルフの体は揺れてすらいなかった。当然と言えば当然だった。アルフの身体能力であればその程度の攻撃は通らない。刃物は皮膚を貫通し切り裂いても、打撃では彼にダメージを与える段階まで至らないらしい。回し蹴りの格好のまま止まったバズはゆっくりそれを引っ込め、剣を収めると頭を下げた。合わせて、アルフも同じく腰を折る。


「突然無茶を言ってすまなかった。俺は賢くなくて……これが一番早いと考えてしまった」

「いや、俺こそすまない。アルフの力は十分解った。最初の時点でだ。最後は俺がやりたいだけだった」


ナタリアナ達もそれぞれ仲間のもとへ駆け寄り、それぞれが回復をかける。アルフは息切れすらしていないが、一応。お互いに頭を上げると、バズは右手を差し出して凛々しいその目をアルフに向けた。


「頼む。ラルをちゃんと葬ってやりたい。その方法はアンタに任せるから……どうか俺達を助けてくれ」


アルフもその手を取り、珍しく少し表情を緩めて見返す。


「任せてくれ。この力に誓って四人とも俺が守る。二人は……食料を持ってる。飯でも食いながら後ろから着いてきてくれればそれでいいぞ」

「ふっ……ああ、そうだな……じゃあ心強い仲間に任せてそうさせてもらうよ。安心したら腹が減ってきた」



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「で、そこから右に二度、左に一回曲がる。ここまで罠はしっかり感知してきたから大丈夫だとは思う」

「罠感知はバズが?」

「いや、うちのもう一人、先に脱出したのが魔法使いだった。信頼していい。ここまで治世の高い魔物は見られていないし、新しく増えることもないだろう」

「ナタリアナ。罠感知はどの程度までできるんだ」

「基本的には道を把握している限り有効です。視界を飛ばすイメージですので、通る道順が完全に把握できていれば一度に感知できます」

「解った。バズ、頼む」

「了解」


部屋を出る前に最低限のすり合わせだけは済ませ、荷物は分担してナタリアナと回復魔法使いマムが、ラルはバズが背負い準備を整える。一枚魔導書を燃やし罠感知をし、何も無いことを確認して、まずはアルフだけが出ることに。閂を外し、ゆっくりと扉を開く。音を立てないように、慎重に。開け放したまま敵感知を行い、それから三人も出る。ナタリアナを先頭に、最後尾のアルフが魔法を構えながら進んでいく。


「だ、大丈夫ですか、私が前の方が」

「い、いえ、大丈夫、大丈夫よ……こっちの方が良いって、ちゃんと納得してるもの……」


敵感知は欠かさないが、それでも背後からの不意打ちは警戒しなければならない。しかし戦力としてアルフが落ちてはならないのは事実。残酷だが背中に盾のあるバズを最後尾に、その前をアルフが進む。ナタリアナとマムのどちらが先頭を進むか、あるいは二人で横に並ぶか……もちろん、いざというときの回復能力が高いナタリアナには肉盾があるべきである。


「……悪いな、無茶を言って」

「いや良い。マムも言っているだろ?俺が役に立てない以上これが最善だ。マムにはラルは背負えないし……まあ、いつもは挟まれる立場だったわけだからな」


震えるマムの背中をさすりながらさらに進む。命からがら逃げ込んだにしては不気味なほどに魔物はいない。いても小さく脅威にはならないようなものを、アルフが後ろから魔法で一掃して終わっている。


「……いるな。魔物の反応だ。打合せ通り一定のペースで進んでくれ。大丈夫だ。俺が何とかする」


だがしばらく歩くと、ふとアルフがそう言った。出口まではまだ少しある。彼の言葉に先頭のマムは少し体を竦めたが、それでも大きく呼吸を続けながら進む。下手に止まったり、横によけたりすると後ろからの魔法が上手くいかなくなってしまう。少しずつ喚くような声が聞こえてきた。マムの脳裏に、仲間を殺した魔物たちが思い浮かんでくる。知能は低く、部屋に閉じこもった程度でしばらくすれば追うのを止めるような奴ら。獣の姿を持ち、牙と涎を見せつけながら飛び掛かってくる奴ら。武器を持ち、その体の大きさに任せて突っ込んでくる奴ら。

思い返すとさらに体が震える。前から来る奴らは、まずマムのことを見るのだ。最初に犠牲になるのも彼女なのだ。ナタリアナがどんなに腕のいい回復魔法使いでも、死んだらそれで終わってしまう。


だが、彼女の肩をナタリアナが掴み、優しく抱き着くように耳元に寄った。耳元で囁くように、安らぎを感じるような優しい声が聞こえてくる。


「大丈夫です……私もアルフさんと二人でいました。何回も依頼をこなしましたが、一度も傷なんて負っていません」

「……うん」

「変な人です。でも、強い人です。私が、回復魔法使いが、この人と二人でやっていけると思ったことを信じてください」


八割嘘、二割の真実をマムに吹き込み、同時に自分も落ち着こうとする。これまでのようにナタリアナだけを守ればいいのではない。守る対象が多く、アルフの戦い方が下手である以上は……前衛として戦うと被害が出る可能性もある。多少危険ではあるがそれでも、先制して魔法で押し潰す方が事故は少なくなるのだ。魔物と自分の間にアルフがいない、それだけでも不安はある。


それでも、彼はやってくれる。他の何を納得していなくても、力は信頼している。少なくとも攻撃するに関して、アルフ以上の存在はいないと断言できる。


少し前の曲がり角から魔物達が飛び出してきた。決して目を瞑ることなく、ペースを守るため二人で数を数え始める。ほんの少しだけ、マムの震えは収まっていた。



――――そして、後ろからすべてを押し潰す風の音がした。

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